第29話 その三

「ワイバーン⁉」


 忍者姿の一人が叫ぶ。

 ユグドラシルでは飛竜騎士の相棒として存在するワイバーン。この山地一帯には野生のワイバーンが生息している。羽を広げたら五メートル程にもなる大型の肉食獣だ。「飛竜」と言われることもあるのでドラゴンの仲間と思われがちだが、ワイバーンとドラゴンは様々な部分が異なる全く別の種である。普段は山奥から出てくることはないのだが、餌の少ない冬場には街道沿い出没し、時より旅人を襲う。

 冬はまだ先であるこの時期に、ワイバーンが人目に出て来ることは滅多にない……ということは、何か獲物を追い掛けてきたか、血の匂いに誘われたか……

 ユウタは周りを見回す。すると、道の隅に大蜘蛛の死骸が放置してあるのに気付いた。

「あれかぁ⁉ 誰だ大蜘蛛を放置していった奴らは⁉」

 ユウタは声を荒らげる――退治した大蜘蛛は他の野獣やモンスターが寄り付かないように、街道から離れた場所まで移動するか、穴に埋めて処理する規則がある。その規則を無視して退治した大蜘蛛をそのまま放置していった冒険者がいるのであろう――放置された大蜘蛛の匂いをワイバーンが嗅ぎ付けたようだ。

「畜生! 帰ったら冒険者ギルドに言い付けてやる!」

 あともう少しで交渉成立――かなり、脅迫に近いが――だったのに!

「話は一旦中止だ! みんな森へ逃げろ!」

 ユウタが叫ぶと、ラミィはフィンとシルを連れて森の茂みへと飛び込む。

 ユウタも金髪の少女の腕を離し、森へ飛び込もうとしたが、少女はその場から動かない。

「あの馬車には掴まえた人さらいの一味がいるんだろ? 奴らは私達が殺す」

 いやいや、今はそんなことを言っている場合じゃないから…… 

 この状況でも恨みを優先する心意気は称賛するが、ここは逃げる方が正しい。

 ワイバーンは見た目以上に頑丈だ。そして何より空を飛ぶ。飛び道具がなければ攻撃も出来ない。見たところ金髪の少女の一味には弓など飛び道具を使う者は居ないようだ。

 ワイバーンの攻略法は、遠距離攻撃が当たる位置まで誘き寄せ、一斉攻撃で飛べないほどのダメージを与える。もし、そこまでのダメージを与えられないと鋭い爪で攻撃されるか、逃げられるかの何れかだ。

 つまり、どれだけ飛び道具を準備しているかで、ワイバーン討伐の成功率が決まる。飛び道具が不足すると、反撃に合い、最後は逃げられるという最悪のこともあり得るのだ。

 ただし、ワイバーンは足の爪と牙、そして尾っぽを振り回してくる以外に攻撃の手段はない。炎を吐くワイバーンは物語の中だけだ。離れた敵を攻撃できないのはワイバーンも同じである。

 それにその図体から、森の中では行動できない。ワイバーンは知能もそれなりに高いので、森に逃げ込めば追って来ることはない。

ワイバーン討伐が目的でないのであれば、森に逃げ込み、居なくなるまで待つのが最良の手段だ。

「そう……なんだけど、なあ……」

 ユウタは独り言のように呟き、目の前の――まるで魔王に立ち向かう勇者のように、堂々とした立ち姿の――金髪の少女を見る。

(さて、どうしたものか……)

 こんなことなら、ラミィにもっと詳しくワイバーンの習性を聞いておけば良かった――と、後悔する。目的でないワイバーンは、見掛けたら逃げるか隠れる……というのが今回の基本路線だったのだ。

 それを、今さら「討伐」に路線変更しろと言われても、準備不足は否めない……

 顧客へのプレゼン直前に、上司が「ライバル社が一つ上の商品を薦めてきたから、ウチも同格の商品に変更だ」と無茶ぶりされたようなものだ……

 

 いろいろと言いたいことはあるが、まずは戦力を再確認。

 ユウタが使える飛び道具は一切なし……ナイフ投げくらいは覚えておくべくだった……

 こちら側の飛び道具はシルの衝撃波の魔法とラミィの弓矢だけ……しかし、頑丈なワイバーン相手に通用するとは思えない……そういえばフィンも魔法が使えたが、威力はおそらくシルと同じかそれ以下だろう……

 こちらの戦力となる飛び道具をすべて使っても、ワイバーンを打ち落とすのはとても無理だ――となると、飛び道具以外でワイバーンに通用する武器はないか?

(武器? あれ? なんか忘れているような……)

 ユウタはもう一度考え直す。何か飛び道具になりそうな武器があった筈……

「あっ!」

 ユウタは慌ててリュックを下ろし、中から短剣を取り出す。鞘から抜くと剣先が青白く光る。

 大盗賊の魔剣――

 対人訓練では余りにも強力過ぎて、訓練にならないと仕舞ったまま、しばらくその存在を忘れていた――が、この魔剣には「風」の追加ダメージが付与されている。

 「風」ダメージは遠距離攻撃が可能な筈だ。ユグドラシル最終日、レッドブル相手に使えていた。この世界に来てから遠距離攻撃が必要な場面に遭遇することがなかったのですっかり忘れていたが、今こそ試してみる場面だ。

 ユウタはその青く光る短剣を構え、悠然と空を舞うワイバーンを見やる。

 ユグドラシルの時から威力に変わりがなければ、この魔剣の「風」ダメージならかなりのダメージを与えられる筈だ。さすがに一発で打ち落とすのは無理だろうが……

 欠点は、スピードだろう……

 決して遅いというわけではないが、弓矢や魔法より、幾分遅かった覚えがある。

 気付かれると避けられてしまう可能性があるため、不意討ちを狙うべきだ。

 幸い? 金髪の少女がワイバーンの気を引いてくれているので、難なく不意討ちはできそうだ。あとはどれだけ近くまで引き付けられるかというところだが……

 そこまで策を考えていたユウタだったが、金髪の少女が取った行動により全ての思考が停止した。


「爆炎陣!」


 いきなりの大技だ。

 ワイバーンはあっという間に巨大な炎で包み込まれる。


 ユウタはユグドラシルに忍者の知り合いがいた。本来、忍者という職業は隠密の筈だが、彼は派手好きで、オーバーアクションと派手なエフェクトの技を多用する男だった。

その忍者がよく使っていた技が「爆炎陣」だ。

 つまり、忍術の中でトップクラスに派手な大技だ。

 確かに強力な技で火属性でない敵にはかなり効果がある。この世界のワイバーンが何の属性かわからないが、あわよくば、それで戦闘不能、もしくは戦意喪失に持ち込めばいいのだが……

 ワイバーンは炎に包まれ術は成功したかに思われた――が……

 ワイバーンが身を固くしたかと思うと今度は激しく振るわした。その振動で炎がばっと消えてしまう。

「⁉」

 金髪の少女は驚きのあまり言葉を失うが、驚いてばかりはいられない。狂乱の形相でワイバーンが襲い掛かって来たのだ。

 あれだけの大技を仕掛けたのだから、ワイバーンの怒りは絶頂の筈だ。

「金剛盾の術!」

 巨大で鋭い脚の爪を防ぐべく、少女は最大限の防御壁を前面に展開する。

 これもユグドラシルで見た技だ。物理攻撃はほぼ完全に防ぐことができる。何故、彼女がユグドラシルの技を知っているのか? それはあとで確認するとして、今は彼女がワイバーンの攻撃を持ちこたえている間に、大盗賊の魔剣に付与された風の追加ダメージをワイバーンに当てる必要がある。

 しかし、激しく動き回る目標に確実に当てるのは至難の技だ!

 打ち込むタイミングを計っていたところに、別の影が頭上を覆った。

 その場にいた誰もが顔を上げ、そして絶句する……


 新たなワイバーン。しかも三体!


 合わせて四体のワイバーンが空を覆い尽くす――

 そういえば、ワイバーンは群れで行動することが多いとラミィが言っていた。一個体が現れた時点で他の個体がいる可能性を考えるべきだった……

 しかし、こうなれば手段は一つしかない。ワイバーンの苦手な森の中に逃げ込むだけだ!

「皆! 森に逃げ込め!」

 さすがに、金髪の少女でもこの状況なら指示に従うだろう……

 ユウタも森に逃げ込むべく、体を反転したとき、先に森に逃げ込んでいた筈のラミィ達が物凄い勢いでこちらに向かって来た。

(えーっ⁉ 何故⁉ 今度はラミィ達が指示に従わない⁉)


「森はダメーーっ‼」

(……へっ?)

 ラミィの悲鳴に似た叫びに、ユウタの思考が追い付かない……

「おっきい大蜘蛛!」

 珍しくシルも興奮ぎみだ。大蜘蛛が大きいのは当然だが、あえて「おっきい」を前置きするのは……?

「あれは雌です! 通常の倍……いや、四倍以上の大きさです!」

 いつも冷静なフィンも慌てている。

 雌? 通常の四倍? 通常の大蜘蛛が一メートルくらいなので、単純計算で四メートル?

 頭の中を整理する間もなく、森の中から巨大な黒い塊が姿を現す。

 大きさは四メートルどころではなさそうだ。背の高さだけでも二メートル。エリアボス位の迫力は充分にある。

 大蜘蛛は雌雄の体格が大きく異なる種族だ。当然大きい分、雌の方がはるかに頑丈で強い。ただし、繁殖期に行動範囲が広がるのは雄だけで、雌は繁殖期になっても自分の縄張りから出ることはない。なので、人里や旅人を襲うのは大抵、雄である。

 それでも、運悪く雌に遭遇した冒険者パーティーが全滅したという話も年に数件は耳にする。

 つまり、エリアボス級のモンスターが突如、ダンジョンでもない場所に現れたようなものだ。

 それも別のエリアボスとリンクして……

 これがユグドラシルなら、魔導士にエスケープを頼んで全員避難――なのだが、さすがにそんな都合の良い魔法はないし、そもそもここはダンジョンでもない……


(なっ⁉ 何なんだあ⁉ この不確定要素だらけの展開は⁉)


 予想していなかったワイバーン四体の襲来に雌の大蜘蛛の乱入で、怪獣大戦争の様相になっていた。

(何か――何か手がないか⁉)

 ユウタは思考をフル回転させる。

 この状況を打開できるような大技はないか⁉ そう、一発でボス級モンスターを仕留めるような大技が……

 そんなものがあれば苦労しないよ――と、自問自答するユウタ。都合が良いときだけチート技が使えればいいのに……と、正に都合の良いことを考えている。


 チート? 一発でボス級を仕留める……?


 なんか、そんな場面があったような……

 ユウタはボス級モンスターをキーワードに脳内検索を始める。

(そうだ! ラミィ達に出会った時、ジャイアントボーをどうやって倒した⁉)

 あの時は転移したばかりで、ゲームのシステムと、この世界の原理や法則がまだ区別できていなかった。だから、どうやってジャイアントボーを倒せたのか? なんて、しっかり考えたことも無かった。

 しかし、よく考えてみろ! いくら「大盗賊の魔剣」が大剣と同じほどの攻撃範囲になるとしても、せいぜい二メートルほど。ジャイアントボーが真っ二つになるほどではない……

 だが、実際には真っ二つになっていた……


 ――と、言うことは……


「フィン! その大蜘蛛の相手、五分……いや、三分だけ持ちこたえてくれないか?」

 ユウタがそう言うということは、何か策を思い付いたのだろう――フィンはそう確信して「わかりました。三分持ちこたえます」と応える。

「ラミィとシルもフィンをサポートして!」

 二人は「おっけい!」、「問題ない」と軽い返事をする。

 これでユウタはひとまずワイバーンに集中することができるが、そう簡単ではない。大蜘蛛をフィン達が持ちこたえている三分で、ワイバーン四体を退治するのだから至難の技だ。

「いったい――どうするつもりだ?」

 忍者の一人が、青い炎のような光を放つ短剣を構えるユウタに問う。信用は出来ないが、今はそんなことを言っている余裕はない。この状況を打破できる策があるのなら、それに乗るしかない――彼らが考えているのは、そんなところだろうか……

「皆さんも『不動金剛盾の術』は使えますか?」

 黒装束の男達は互いの顔を見る。

「当然だ!」

「――なら、できるだけまとまって盾を展開してください! あと出来ればワイバーンの気を引き付けるような技があれば、それもお願いします」

 ユウタがそう頼むと、黒装束の一人が胸元から黒い塊を取り出す。

「ならば、これで――」

 その塊をワイバーンに投げ付けた。

「えっ⁉ マジ⁉」

 ユウタは慌てて身を屈める。


 ドーン‼


 爆弾だった――


 こんな至近距離で爆弾を爆発させるので、鼓膜が破れんばかりの大音響がなり響いた。

 確かに気を引いてくれとは頼んだのは自分だけど……

 しかし、ワイバーンの気を引くのには成功したらしく、四体が集まって金髪の少女と忍者集団を襲い掛かろうとしていた。

(よし‼ 今だ‼)

 ユウタはまだ鼓膜がグワングワン唸っていたが、このタイミングを逃してはならないと、ワイバーンの群れに飛び込む。そして、集まった四体をまとめて真っ二つにするイメージで、魔剣を思いっきり振り下ろした。


 大剣を使っても、巨大なワイバーンを真っ二つにすることは出来ない――しかし、大盗賊の魔剣は五メートル以上もあるワイバーンを真っ二つに断ち、その上、別の一体の右翼を切り裂いた。

 真っ二つにされたワイバーンは当然絶命し、翼を切り裂かれた方も悶絶躄地に苦しんでいる。

 残る二体は仲間が一刀で殺られたことに驚き、逃げ出した。

「逃がすか!」

 金髪の少女が体の前で印を結び何か術を繰り出そうとするので、ユウタと黒装束の男達で慌てて取り押さえた。

「しかし……今の技はなんだ? 武技……なのか?」

 黒装束の男がユウタに訪ねる。青い怪しい光を放つ魔剣だとしても三十センチ程の刃先しかない短剣でワイバーンを両断するのだから、驚くのは当たり前だ。

 説明するのが面倒だなあ……ユウタは質問を無視してフィン達の加勢に向かう。金髪の少女達には、もう一体のワイバーンのとどめを指すように頼みながら……

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