幕間
第23話
都市国家連合のベバードとチトを結ぶ街道は、その行程全てが山間部にある。
アゼルリシア山脈のような高山ではないが、絶壁の岩肌や剣山のような起伏の激しい地形が人間の往来を拒んだ。そのためカルサナスの大樹海は長らく亜人だけが住む領域だったのだが、二百年前、航路で現在のベバードに辿り着いた人間は、山を越え、大樹海まで歩みを進めた。それがこの街道の始まりである。
その後、大樹海を制圧するため人間の大軍がこの街道を往来するようになり、人間が撤退した後は、大樹海の豊かな特産品を輸送するために整備され、今に至る。
ベバードからチトまでは荷馬車で三日の行程になるが、整備された今でも難所がいくつもある。
ただし、それは地形の問題というより、モンスターや山賊の出没が多い場所という意味での難所だ。
前者はワイバーンや大蜘蛛による被害が多い。山賊はゴブリンや大鬼などの亜人が主なのだが、今では人間の盗賊も現れるようになり、どちらかというと人間の盗賊団の方が厄介で、被害も大きい。
そのため、ベバードを中心とした都市連合で、掃討作戦を繰り広げているのだが、なかなか成果が上がらない。
結局、荷を運ぶ商人が自前で用心棒を雇って対応している。その人件費も売値に盛り込まれるため、物価が上がる。物価が上がるので、奪った荷物を横流しして儲ける盗賊が増える。そういう悪循環に陥っていた。
しかし、そういった盗賊団が増えてくると、今度は盗賊同士の縄張り争いも始まってくる。
小さな盗賊団は駆逐され、大きな盗賊団が残る。規模が大きくなると、それだけ縄張り争いも熾烈を極めてくるものだ。
今日も奪った積み荷を別の盗賊団に横取りされる事件が起きた。当然、奪われた側の盗賊は黙っていない。奪った側のアジトを見付け出し、壊滅させるべく、奇襲を仕掛ける準備をしていた。
オレンジ色の髪の少女が、敵アジトの見える位置に陣取って、様子を窺っている。
長い髪を緑のバンダナで縛っており、全身には動きやすそうなライトアーマーを密着するように着込んでいる。
敵アジトの出入り口には男が二人。夜も
少女の横に音もなく、妙な服装の男が上から舞い降りた。黒い装束で、下半身はダボダボのズボンを履いている。動きやすそうだが、上下のバランスが悪い。
「お
黒装束の男は、敵アジトの別の出入り口を見に行っていたのだが、状況を説明し終わる前に、少女の拳が男の後頭部を殴り付ける。
「何度言ったらわかるんだ! 私のことは副頭と呼べと!」
「す、すみません……つい長年の癖で……」
ド突き漫才のような会話だが、表情はいたって真剣だ。二人はそのまま敵の様子を伺っている。
「それじゃ、まずこちらから動く。いいな?」
「いつでもいいですぜ!」
二人は岩肌の上を、音もなく跳び跳ねると、見張りの男達のすぐ横にある岩影に隠れる。見張りは二人に全く気付いていない。
少女が目で合図すると、黒装束の男が小さく頷く。
刹那。
二人が同時に飛び上がり、それぞれ見張りの男の背後に降り立つと、シンクロした動作で短剣を男達の首に刺す。
「うっ!」
殺られた男達は声を上げようとするが、口を塞がれてそのまま絶命する。
見張りの男達がその場に崩れ落ちるのを確認すると、少女は出入り口を灯していた松明を一つだけ手に持ち、高々と上げ、一、二度軽く円を描いた。
暗がりではオレンジ色に見えた少女の髪の色は、松明に照らされて、綺麗な金色だと気付く。
瞬く間に五人の男が現れる。彼らも黒い装束を纏っていた。仲間が揃ったことを確認すると、少女を先頭に敵アジトの中に侵入する。
「誰だ⁉」
中にいたのは三十人ほど。酒を飲み、皆赤い顔をしている。真ん中には捕まえてきた若い女が裸にされ、男達から好きなようにされていた。
それを見た金色の髪の少女は、襲い掛かる敵をかわして、若い女に抱き付いていた男達の首を次々と切り裂く。
「あーあ、副頭に火を付けちゃったよ」
仲間が互いを見て、やれやれという顔をする。
「それじゃ、俺たちもやりますか?」
襲い掛かってくる敵をいとも簡単に避けながら、逆に致命傷を与えていく。
あっという間に、三十人いた敵が全員地べたに横たわっていた。
味方は七人。相手は酔っていたとはいえ、あまりにも個々のレベルが違いすぎる。
すると別の入り口から少女達の仲間、七人がやってきた――が、既に敵はいない……
「待たせた……て、なんだよ! 戦う相手、残してくれなかったのかよ!」
遅れてきた七人は、呆れた顔でこの惨状を見渡す。
「あれだよ、あれ」
男の目線の先には、金色の髪の少女が、髪を束ねていた緑のバンダナをほどいて裸の女性にを纏わせていた。少女の綺麗な髪がフワッと広がる。
「あ、そういうことね」
納得の表情を浮かべて、頭を二、三度縦に振る。
「おいおい……なんてことしてくれるんだ⁉」
奥から、別の男達が十人ほど、薄ら笑いを浮かべながら現れた。皆、長剣を手にしている。地べたに横たわっている三十人とは違い、明らかに戦い慣れた輩だ。装備も段違いに良いものを纏っている。
その中で、真ん中の男は裸の女を
「うぐっ!」
金色の髪の少女が唸り声を上げるが、今度は簡単に踏み込めない。さっきとはレベルが違う。
「ザコでも、これだけ集めるのは大変だったんだぜ! ちょっと落とし前付けてもらわないといかんなあ」
真ん中にいた男が、抱いている女の胸を掴みながら、汚い笑みを浮かべて言い寄ってくる。どうやら、この男が敵の首領なのだろう。
「ちょっと、相手してやるか?」
そういうと、女を放し、剣を構える。女はそのまま地面に横たわる――既に失神していた。
構えた剣は禍々しい輝きを放っている。どうやら魔剣らしい。
「お前……許さない……」
金色の髪の少女は、声を震わせるほど怒りを露にする。
「ほう? どんなふうに許さないのかな? 今度はお嬢ちゃんが裸になってくれるのかな?」
「てめえ!お頭に対して、よくもそんなことを!」
「副頭だ‼」
この状況でも突っ込みを入れる少女は、その勢いのまま、男に切りつけようとする。
そのスピードに驚いた男は避けきれないと判断すると、剣を体の前に立てた。
目眩ましのつもりか? 金色の少女はそう思い、構わずそのまま突っ込む。
すると、剣から野獣のような顔が飛び出し、金色の髪の少女に向かってくる。
「⁉」
少女は慌てて避けようとするが、野獣の顔を持っていた剣で弾き飛ばすのが精一杯で、そのまま尻餅を付いてしまう。
「お頭‼」
周りの仲間が一斉に、少女を助けようと駆け寄るが、相手の仲間が首領の男を中心に陣計を取るので近付けない……
「うっ……」
さすがに今度は突っ込みを入れる余裕がなかったようで、唸り声だけを上げる少女。それから、体を捻り体勢を整える。金髪が宙を美しく舞った。
「驚いたかい? この剣は『ソウルイーター』と言ってね――そんな名のアンデットもいるそうだが――こいつは食らった魔獣の魂を剣に宿せる。そして、魂の魔獣と同じだけの攻撃力を持つことになる」
「なっ⁉」
「そして、この剣が宿している魂は――グリフォン」
「⁉」
グリフォンは南の砂漠に住むとされる魔獣で、何か遺跡のようなものを守っていると言われる……
「馬鹿な……超級のモンスターじゃないか……」
伝説に近い魔獣の名を聞き、黒装束を着た男達がたじろぐ。
「狼狽えるな! 所詮、魂だけだ! 肉体はない!」
金髪の娘が、仲間を鼓舞するように言い放つ。
「さて……それはどうかな?」
薄ら笑いをする敵首領の男が、また剣を立てると、再びグリフォンが飛び出し、金色の髪の少女に再び向かってくる。少女はそれをかわすと、敵首領に向かって行く。
「まだだぁ!」
敵首領が叫ぶと、またグリフォンが剣から飛び出してくる。今度は避けきれず、まともにグリフォンの牙が少女の首もとに刺さる。
「お頭‼」
悲鳴に近い叫びが黒装束の男らから発せられた。
しかし、少女の体だと思われたモノが、グリフォンに咬まれたと同時に砕かれ、四散していく――
その背後から少女が現れ、首領の男に再度突進する。
「身代りの術か⁉」
グリフォンで応戦するには、もう間に合わないと判断すると、剣を振る。しかし、少女には当たらず、相手の懐に入った少女は、短剣を突き刺す。
敵首領は、退けぞるようにかわす――が、それでも浅く剣が突き刺さった。
「畜生‼」
痛みよりも悔しさで叫ぶ男に、金色の髪の少女は攻撃を畳み掛ける。
「爆炎陣!」
少女が両手を合わせ、印を結ぶと男が炎に包まれる。
「うわーぁ!」
男が悲鳴を上げたが、その直後、後方から突風が起き、炎が消え去る。
「な⁉ なんだ⁉」
いったい何が起きたのか? 少女も、黒装束の男達も理解できず、困惑する。
「よ、よくもやりやがったな!」
命拾いをした敵首領が、行き絶え絶えに怒りの声を上げる。
「もう、許せねえ! てめえら全員ズタズタにしてやる!」
「へっ! やれるものならやってみな!」
暴炎陣は――良くわからないが――効果がなかったものの、金色の髪の少女が優勢だとわかると、黒装束の男達が相手を挑発する。
最初は憤激の形相だった相手は、しだいに余裕の表情を見せ始める。
「どうやら、貴様らは俺のことをだだの剣士か何かに思っているようだが、俺は剣士じゃねえ……」
地響きと共に、暗闇の中で何か大きなモノが動いている。少女と黒装束の男達はそれが何なのかを知りたく、凝視する。
「俺は……俺様はビーストテイマーだ!」
男の後ろに大きな体が現れた。緑色の肌をしたトロールだ。
「ど、どうしてトロールが……」
トロールは見掛けに寄らず、知能が高い。それにプライドも高いので、人間は食料とは考えても、決して人間に従おうとは考えない……少なくても常識的にはそうだ。
なのに、このトロールは確かに敵首領に従っている。
「トロール? 違うな、そんなものと俺様の『ズ』を一緒にしてもらっちゃ困る」
男は不敵な笑いをする。すると男の仲間も同じように笑みを浮かべた。
「こいつは……俺様のズはウォー・トロールだ!」
そう敵首領が言い放つと、少女と黒装束の男達は息を飲む……
ウォー・トロール――トロールの中から特に戦闘力が高い個体が「進化」したものだと聞く。その破壊力は、通常のトロールと比べモノにならないほどだ……
なぜ、そのようなものがここに……そして、人間に従っているのか⁉
「さっき、この『ソウルイーター』は魔獣の魂を宿すと言ったがな、これにビーストテイマーの能力が加わると、もう一つの使い方ができるんだ」
自慢気に敵首領は説明し始める。
「この剣で魂を支配してしまえば、残った体は、ビーストテイマーの能力で思い通りに動かせるのさ」
何という卑劣な手段だ。本来、ビーストテイマーと使役する魔獣には信頼関係が存在する。それをこの男は自分の能力を悪用し、本来「従わない魔獣」まで従わせているのだ、相手を魂ごと支配して……
「やれ! ズ! 奴らを人間とわからないぐらいにまで潰して、潰して、潰しまくれ‼」
ウォー・トロールが前に進み、手に持った棍棒を振り降ろす――速い!
金色の髪の少女が間一髪避けると、地響きと共に棍棒が地面にめり込む。速さばかりでなくパワーも桁違いだ。
「お頭、どうします? ちとヤバイですぜ……」
「副頭だ、何度言わせる!」
この場に及んでも、立場を気にする少女は、しかし、この状況はマズイと判断したようだ。
「一旦退く!」
「おーっと! そうはさせないよ」
十人の敵が二つに分かれ、それぞれ出口を塞ぐ。
完全に形勢が逆転された。
「ここは俺があのデカ物の気を引きます。その間に逃げてください」
そう言って、仲間の一人が前に走り出す。
「馬鹿‼ やめろ~‼」
少女の制止を無視して黒装束の男がウォー・トロールの間合いに入る。
トロールはものすごい勢いでまた棍棒を振り回すが、男は棍棒の間合いの内側まで上手く入り込む。
「よし!」
仲間の何人かが叫んだのも束の間、トロールのもう一つの手が男の顔を鷲掴みにする。
「ヘイスケーっ‼」
思わず少女は男の名前を呼んでしまう。ヘイスケは最初、苦悶の声を上げるが、すぐに黙り込み、持っていた刀を落とす。
完全に自分のペースに入ったとわかり、冷静さを取り戻したのだろう。敵首領はつい先程、全滅させるようなことを言っていたのに、今度は違う提案をしてきた。
「そうだなあ、お嬢ちゃん。あんたが素っ裸になってこっちに来てくれるなら、他の仲間を助けてやってもいいよ」
「なっ⁉」
どこまでも卑劣な奴なんだ! そう考えたが、直ぐに応えない。
「副頭、あんな奴の言うこと聞かなくていいですよ」
「そうですぜ、言う通りにしたって、俺らのことを殺しに来ますぜ!」
仲間が言っていることは間違いない。奴が言う通りに仲間を逃がしてくれるとは、とても考えられない。しかし、その要求を飲めば、時間が稼げる。その間に、隙が生まれるかもしれない……
「副頭! 変な気を起こすんじゃないよ! ここは俺たちが時間を作る。その間に副頭は逃げてください」
「なっ! 何を言ってる!」
「そうですぜ、俺たちは先代に、とっても世話になりやした。先代がいなければ俺たちはとっくに死んでた。ここで副頭を助けることで、先代に恩を返せるってもんですぜ!」
「し、しかし……」
「早くしてくれないか? こいつの力加減は難しいんだ。うっかり、お仲間の頭潰しちゃうよ」
敵首領が、少女の判断を鈍らせようとわざと
少女はこの短い時間で、頭をフル回転して考えた。間違いなく、仲間の言う方が正論だ。自分が生き残ればまだ組織の再建は可能だ。しかし、これから生きていく中で、仲間を犠牲にして生き残った自分を許せるだろうか? いや絶対にゆるせない! ならば言うことは一つだ!
「お前の……」
少女がここまで言いかけたとき、後ろの入り口付近から、男達の呻き声と、バタバタと倒れる音が聞こえた。
少女が振り返ると、新たな人影があった。
「いや~、感動的だねえ~。泣けちゃうよね~。でも、今あんた達がいなくなると身を隠すところが無くなって、困っちゃうんだよね~」
「新しいお頭‼」
黒装束の一人が叫ぶ。
現れた人物も金髪の女性だ。しかし、少女と違い、短くボブカット風に仕上げている。黒いフード付きのマントを羽織り、薄ら笑みを浮かべている。ただ、蝶のような如何わしい仮面をしているため目元はわからない……
「新しいお頭……て、長いよね~。言いづらいし……今度から『姉御』と読んでくれないかなぁ? うん、その方がしっくりくるね。それにまだ、あんたらの頭になるのを認めた訳じゃないしね」
「てめえ! いったい誰だ⁉ こいつらの仲間か⁉」
新しい人物が加わって、敵首領は焦りの声になる。仲間が一瞬で五人も殺られたのだから、焦燥感に駆られるのも当然だが……
「はーん? あんたこそ誰? つまらん芸ばかりで、興ざめ何ですけどぉ」
「お、お前! 俺の能力を馬鹿にするのか‼ 八本指の中で、あの六腕の次の実力者と言われたこの、アイサル・デ・サンチェロ様を」
敵首領が思わず名乗ってしまう。まともな精神状態ではない証拠だ。本来、盗賊団同士の争いで、自分の名を名乗るようなことをしない。自分の素性を相手に教えることは危険な行為だ。
なのにそれをしてしまうということは、相手が自分を上回っていることを無意識に感じ取ってしまい、その差を埋めるべく、自分に箔を付けたいためなのだ。
「へー。そうなんだぁ。すごいねぁ。でもそれって結局、六腕より弱いってことでしょ?」
「貴様~‼」
怒りが頂点に達した敵首領、アイサルはトロールを仮面の女に仕向ける。トロールは握っていたヘイスケを放り投げ、駆け寄っていく。
「お前は負傷者を回収! 残りは入り口の敵の相手をしな!」
仮面の女が的確に指示すると、ロケット弾のように弾け飛び、トロールの首元に短剣を突き刺す。
トロールは雄叫びを上げて苦しむが、直ぐに傷口が塞がれる。
「超回復か……厄介だねぇ」
「そうだ! 俺様のズには傷を負わしても直ぐに回復する! お前が何度刺しても意味はない!」
「そうだねぇ……でも、傷が回復するより早く攻撃を続ければ、やっぱり死んじゃうんじゃないかなぁ?」
仮面の女が、ちょっと戯けるように笑う。
「お、お前……何を言ってやがる……」
そんなことできるわけがない……と、言いたかったが、アイサルは嫌なイメージしか思い付かず、言葉が続かない。
「まあ、リハビリにはちょうどいい相手かもね?」
そう言うと、もう片方の手にも短剣を取り、再び飛び出す。トロールの周りを回って、短剣を至るところに突き刺していく。トロールはハエを追い払うように両手をバタバタと動かすが、仮面の女には当たらない。 段々、動きが鈍くなり、仕舞いには完全に動きが止まり仁王立ちとなる。
しばらくはそのままでいたが、前のめりに倒れる。激しい音と振動が辺りに響く。
「うーん、本調子にはまだまだだねぇ」
仮面の女は、いい運動したとばかりに、背伸びをする。
「ばっ、馬鹿な⁉ 俺のズが、こんな簡単に殺られるなんて……」
状況が悪くなったと悟ったアイサルの仲間達は出口から脱げ出そうとするが、その前に黒装束の男達にことごとく殺られる。既に敵はアイサル一人だ。
「ま、待て! 降参だ! ここに有るものみんなくれてやるから、い、命だけは助けてくれ!」
「なあに、今になって命乞い? いいねえ! そのみっともなさが、実にいいねえ! でも、殺しちゃうけどね」
アイサルは、「ひーっ!」と情けない悲鳴を上げながら後退りする。
「待って! あ、あんたの手下になる。俺ほどのビーストテイマーはこの世界に存在しない。きっと、役に立つ! だからさ! なあ……」
「うーん……確かに貴重だよね……何かと役に立ちそうだけど……」
アイサルが「そうだろ?」と呟く。光明が見えて、少し顔色が良くなった……
「だけどねぇ……」
仮面の女が詰め寄ると、アイサルは再び顔の血の気が引いた――
「もう、遅えんだよ! てめえ! 盗賊家業なめてんのか!」
仮面の女のドスの利いた声に、アイサルは失神寸前になるが、顔面に頭突きを食らい、鼻がへし折られ、その痛みでのた打ち回る。
それから、しばらく、男の断末魔が聞こえた。
******
殲滅された盗賊団のアジトから、結構な量の財宝が見つかった。この盗賊団が現れるようになって、さほど日が経っていないので、短い期間でかなりの荒稼ぎをしていたようだ。
その他、女五人、子供十二人が見つかり保護した。
話を聞くと、捕まってからまだ数日だという。もっと沢山の女、子供が捕まっていたはずだから、おそらく、短い周期で、奴隷商人と接触があり、売り捌いていたのだろう。全員を助けられなかったのは残念だ。
女、子供は街道の宿場町近くで解放し、金目のものは、もちろん自分たちのアジトに持ち帰る。
「ところで、新しいかし……いや、姉御……さん。本当に分け前はそんなものでいいんですかい?」
「いいの、いいの。財宝なんか興味ないから」
仮面の女は、手の持った金属のプレートを親指で弾いて高く飛ばすと、落ちてきたプレートをノールックで掴む。
それはアイサルの名前が書かれたオリハルコンのプレートだった。
どうやら、アイサルは冒険者ギルドに所属したまま、裏の稼業にも手を出していたようだ。
もちろん、ギルド側に知られれば除名されるのだが、そこは上手く立ち回っていたのだろう……
意図したことではないものの、結果的に「冒険者狩り」となった。
しかし、これからも続けるつもりは毛頭ない。彼女は様々な組織から追われる立場で、この地まで逃げ延びてきた。組織の中には魔導国も含まれる。魔導王はおそらくあのアンデットのことだろう。あんなバケモノを知ってしまった以上、下らない遊びをしている暇はない。
(これが最後の戦利品かな?)
この地で、本来の力を取り戻したら、今の仲間から離れるつもりだ。元々、組織に属するのは向いていない性格だと自負している。しかも、リーダーなんてもっての外だ。
なのに、今の仲間は自分を慕っている。そして、それを心地良いと思っている自分もいた。それが許せない――
あのアンデットがこの地にやってくる前に、自分はここを離れなければならない。それが、仲間のためになる。
そう思ったときに、自分でも可笑しくなった。今まで何人もの仲間を裏切ってきた自分が、今さら何を考えているんだ……と……
「まあ、いいやぁ……なんか、考えるのが面倒になってきた……」
誰にも聞こえないように、小さく呟く。
「今日は、帰ったら酒だぁ。えーと……姉御さんも飲むでしょ?」
「そうだねぇ~。 キンキンに冷えたビールが飲みたいねえ」
「そりゃあ、無理だ――ウチには魔導士がいねえ」
全員が大笑いする。
「しかし、『姉御』はなんか変……ここはボスでどうだ?」
金髪の少女が真顔で提案する。
「却下! 却下! いい加減にしろ!」
「それじゃ、鬼ボス」
「わざと言ってるだろ‼」
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