第19話 その二

 二階の客室。


 帝国のアダマンタイト級冒険者「銀糸鳥」のメンバーはそれぞれの格好でくつろいでいた。

「バタバタとうるさいぜ。こそ泥一匹に何やってんだ?」

 丸刈りで小柄、小さい瞳のケイラ・ノ・セーデシュテーンがベットの上に寝そべりながら、室外の喧騒を気にする。

「リーダー。こんな奴らと連んで大丈夫なのかい? 足手まといになるのは御免被りたいぜ」

「そう言わないでほしいな『暗雲』よ。侵入者はかなりの強者のようだ。手こずるのも仕方ない」

 妙な輝きのチェインシャツを着た優男、フレイヴァルツがセーデを宥める。彼は周りの騒ぎを気にしないかのごとく、リラックスした表情でリュートを奏でていた。

「だから、『暗雲』と呼ぶのはやめてくれ」

 セーデはあからさまに嫌な顔をするのだが、フレイヴァルツはそれを明らかに楽しんでいた。

 すると、扉を叩く音がする。

 フレイヴァルツが入るように促すと、若い男が一人、部屋に入ってくる。

「客人、屋敷に侵入者が入ってまして、その……捕まえるのに、手を貸してもらえないでしょうか?」

「おいおい、こそ泥ごときに俺たちが出しゃばれって言うのかい? カンベンしてくれよ。第一、俺たちゃまだ契約前ですぜ」

 セーデが睨みを利かすと、若い男がおののき後退りする。

「私が行こう」

 フレイヴァルツがリュートを床に置き、立ち上がる。

「リーダーよ、何もこんな奴らに肩入れする必要はないだろ?」

「なあに、ちょっと体を動かそうと思っただけですよ。それに、その侵入者に興味があってね」

「そうかい……俺はやらないからな」

 セーデはベットの上から動こうとしない。

 すると、それまでソファーで黙って座っていたもう一人が、すくっと立ち上がる。南方の地で仏神の信仰者が着る袈裟という衣装を纏っている。その迫力ある立ち姿に若い男がまた畏怖する。

「何だよウンケイ、お前も行くのか?」

「リーダーが行くのに拙僧が行かないわけにはなるまい」

 そう言って、近くに立て掛けていた錫杖を手にする。

「ちぇ! 勝手にしな!」

 セーデは寝返りを打って、そっぽを向く。


 ******


 カニージャは、暴れるラミィのもう片方の足も掴む。

「こらぁ! 放せ!」

 両足の自由を失ったラミィは、今度は両腕で、カニージャの足元を叩く。

 本当はこの娘のことなど放っておいて、ユウタを追い掛けたいのだが、ラミィが暴れるので、それが出来ない。

「うるさい! 静かにしろ!」

 そう言っても、黙ろうとしないので、ラミィの腹部を膝蹴りにする。

「うっ!」

 ラミィは短い擬音を残して気を失う。

 すると、前から四人やって来るのが見えた。

「カニージャ様! 捕まえましたか?」

 あとから来た四人は、ラミィだけが侵入者だと思ったようだ――ということは、ユウタは途中でうまくやり過ごされたか、別の廊下通ったのだろう。

(ちっ……挟み撃ちにできなかったか……)

 カニージャは気を失ったラミィを四人のうちの一人に預け、体を縛っておくように指示する。

「あと一人、侵入者がいる! 残りは俺に付いて来い」

 そう言って、ユウタを追いかけようとした瞬間、人影が進路を塞いでいるのに気付いた。

「誰だ⁉」

 ユウタではない。今度はいったいなんだ? カニージャは三人目の侵入者に息を飲む。

 それは全身が黒装束で覆われ、顔を隠している。薄暗い周囲に溶け込み、輪郭が定まらない。

南方の地にいるアサシンが、この様な装束を身に纏っていると聞いたことあるが、実際に見たのがこれが初めてだ。いったい、どこからやってきて、いつからそこにいたのか?

「すまないが、その娘を返していただこう」

 重厚な男の声だ。腕組みしたまま、微動だにせず、ただ要求だけを突き付ける。

「なんだ? 変な格好して、娘を返せ? いったい何様だ?」

 三人の男が、黒装束を囲む。

「よせ! そいつは……」

 カニージャが三人を制止しようとしたが、その前に一人が黒装束に殴り掛かる。

 男のこぶしが黒装束の頬に命中した。男は笑みを浮かべるが、次の瞬間、恐怖の表情に変わる。

 彼はミスリル級のモンクだ。中型のモンスターなら、拳だけで倒せる。当然、人間がまともに食らえば、立っていることはまず不可能。命があっても顎の粉砕骨折は免れない……の、筈が……

 黒装束の男は、拳をまともに食らったにも関わらず、体勢を一ミリも崩すことなく、何事もなかったかのように立っている。

 そして、頬に当たったままの男の手首を掴む。

「はっ、放せ!」

 掴まれた腕を振り払おうと、引っ張ったり、左右に振ったりするのだが、がっしりと掴まれ離れない。

「申し訳ないが、こっちも時間が限られているので、手っ取り早く、片付けさせてもらうよ」

 そう言うと、そのまま、男を振り回す。

「うわぁーーーー!」

 振り回された男の体が遠心力で宙を舞う。

「ぎぇーーーー!」

「あぐぁーーーー!」

「ぶぐぅ‼」

周りにいた残りの二人の胴体にぶち当たり、三者三様の悲鳴をあげながら、まとめて後ろに投げ飛ばされる。

 三人は反対側の壁まで吹っ飛び、壁にぶつかった後、動かなくなる。

 五対一の圧倒的有利な状態からあっという間に二対一になり、カニージャは舌打ちをする。

 帝国貴族の私設騎士団長だった頃は、カニージャの命令に誰もが従っていた。だから、成功率は上がり、被害も最小限に押さえられる。しかし、今はどうだ。ミスリルの冒険者と言っても、所詮、ゴロツキの集まり。勝手に動き、自爆して、味方を不利にさせてしまう。

 自分の思い通りにことが運ばないことで、カニージャは苛立ちを感じた。


「ば、バケモノ‼」

 気を失っているラミィを抱き抱えていた男が、悲鳴のように叫ぶ。もはや戦意喪失で、戦力にならない。

 味方をアテにできないのなら、他の方法を考えなければならない。そんなものがあるのか? いや、まだ切り札がある。そう、黒装束は最初に何と言ったか? 「娘を返してもらう」と、確かにそう言った。 

つまり、目的はこの娘。そうとなれば、確実に相手を黙らせる方法があるではないか⁉

卑怯だとは思いつつも、ナイフを取り出し、ラミィの首元に当てる。

「動くな! どうなるかわかるだろう?」

 黒装束の男がピタッと動きを止める。

 効果ありと認識すると、カニージャは気を失ったままのラミィを預かり、替わりにロープを男に手渡した。

「これでそいつを縛れ」

 男は恐る恐る、黒装束の男に近寄る。先ほどみたいに暴れられたら、一瞬であの世行きだ……

 しかし、黒装束の男が抵抗してこないとわかると、少し余裕が出てくる。

「へっ! 脅かしやがって! さっさと手を後ろで組め!」

 言われた通りに、両手を背中に回したのを確認すると、ロープを両手首にぐるぐると巻き上げていく。

「変な気を起こすなよ。こっちには人質がいるんだ」

「……気が変わった」

 黒装束が突然、ロープを巻いていた男を蹴り上げる。男は低い擬音を放って、向こうの壁まで吹っ飛ぶ。

「な!」

 カニージャがその行動に呆気に取られるが、直ぐ様、ナイフを握り直す。

「この娘がどうなってもいいのか⁉」

 そう叫ぶが、黒装束の男は、無言で近付いて来る。

(なぜ、突然強気になった? この娘のことは本当はどうでもいいのか⁉)

 カニージャは混乱した。いっそのこと、この娘の顔に傷を付ければ、こちらの本気を知らしめることができるかもしれない……

 そう考え、ラミィの顔にナイフを押し付けた瞬間。


「形勢逆転ですね」


 今度はカニージャの後ろから女性の声がする。

 カニージャの首には別の短剣が押し当てられていた。

「新手⁉ いつの間に……武技か?」

「ナイフを放しなさい。まあ、このまま殺しても構わないのですが……」

 カニージャは握っていたナイフを離すと両手を上げる。

 カニージャの手を離れ、前に崩れ落ちてくるラミィの体を、黒装束の男が抱きかかえた。

「ありがとう、フィン君。助かったよ」

「それで、この男はどうしますか? 殺します?」

「いや、このロープで縛ろう」

 黒装束の男が手首に巻かれていたローブを差し出す。

 カニージャは観念して潔く縛られると、その場に座り込む。

「ラミィは私が預かる。君はユウタ君を頼む」

「わかりました。ラミィを頼みます……それにしても……その格好は何ですか?」

「これか? 古い友人から頂いたものでな。これでもマジックアイテムなんだ。カッコイイだろう?」

 唯一見えている目元が、とても自慢気な表情なので、「変な……」とは言えず、「ハハハ……」と引きつった笑いをするフィン。


「待ってくれ。お前達はいったい何者なんだ? このデタラメな作戦は何のためだ?」

 確かに、屋敷に侵入してきた四人が四人とも、ほとんど連携らしい連携を取っていない。これだけの戦力があれば、もっと楽な方法はいくらでもある。

 カニージャにはとても納得ができない。個々の能力は高いが、やっていることは素人だ。

 実は、四人とも別々に、しかも行き当たりばったりの行動をしているだけなんて、その時のカニージャは知るよしもない……

 フィンと黒装束の男は、カニージャの質問には答えず、それぞれの方向にサッと消えていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る