第8話 その二

 この世界にも緩やかだが、四季がある。


 ユウタがこの世界に転移した頃は、雨季から夏になる過渡期で、香草の若い芽がほのかに甘く、食欲を誘う香りが森に漂っていた。

 今は、木の実の収穫が真っ盛り。広葉樹の中には紅葉し落葉し初めたのもある。

 街にいると気付かないことだが、森にいると、ちょっとした気候の変化で植物の状態が大きく変化するのを目にするので、いろいろと季節を感じられる。

 三人は今日も大樹海へと繰り出していた。

 ラミィは見かけに寄らず――と、言ったら失礼だが――採集の天才で、どこにどんな植物が生えているか、ほぼ正確に見当てる。

 二人で行動していた頃は、持ち帰れる量が限られていたので、少量で高価に取引されるモノばかりを狙っていたようだが、ユウタのリュックのおかげで、嵩の張るモノでも十分儲けが出るようになった。

 ラミィは母親と子供の頃から森に出て、いろいろなことを教えてもらっていたらしく、植物だけでなく、モンスターや動物を見つける方法や特性について、他にも、危険な地形の見分け方も熟知している。ラミィ達が、一年ほどの短期間でアイアンのクラスに上がれたのも、ライバルの少ない採集のクエストを重点的にこなしてきたからだ。森では何かと心強いラミィなのだが、なぜか方向音痴で、帰る方向をよく間違える。これには、ユウタも首を捻る……


 今年はクルミ――ユウタが前にいた世界のクルミとは殻の形状が異なり、この世界のは殻がトゲドケになっており、他の動物は滅多に食べない。しかし、仁の部分は、こちらの方が濃厚な味がする――が大豊作だったようで、三人で数時間拾っただけで、山盛りになった。クエストで依頼された量を軽く超えていたが、依頼主が全部買い取ると言ってくれた。

 おかげで本日は臨時収入を得ることができ、娘たちは寄り道して甘味を出す店に吸い込まれていった。


 ユウタだけ冒険者ギルドに戻り、完了報告を行うと、ラミィ達が来るまで、そのままギルドハウスでくつろぐことにした。ギルドハウスの一階フロアでは、クエストの斡旋の他に、冒険者向けに軽い食事や飲み物の販売も行っている。依頼主や仲間との待ち合わせや、パーティーメンバー募集の間の時間潰しなどが主な目的だが、中には酒場と勘違いしている輩もいるようだ。


「アイシャさん、ビールいただけます?」

「はーい! ユウタさん。ただいま持ってきますね!」

 アイシャは、ギルドハウスで働く店員だ。

 いわゆるメイド服の姿で、鈴を転がしたような美しい声の女性。ただし背丈は二メートルを超す筋肉隆々の牛頭人。昔はオリハルコン級の冒険者だったらしいが、引退してここで働いている。声ばかりでなく、仕草もカワイイので、ギルドのアイドル的存在だ。

(ギャップ萌えーーとか言うんだっけ?)

 引退したといっても、まだまだ強く、先日もギルドで騒いでた冒険者二人の襟元をひょいっと持ち上げ、そのまま、外に投げ飛ばしていた。

そういう意味では、警備も兼務していると言っていいのだろうか……ちなみに、自分も投げ飛ばされたい、そんなちょっと危ない趣味の冒険者も中にはいるようだが……


 すぐに並々と注がれたジョッキがユウタの前に置かれた。それでごくごくと喉を潤す。まさに至極のひとときだ。


 この世界の酒は、「ビール」と普通に「酒」と呼ばれるものがある。

 実はどちらも同じ液体で、発泡感はあるのだが、かなり酸味が強い。白濁しており、ユウタが前にいた世界のビールとは全くの別物である。

 醸造のいい酒はフルーティーな香りがするので、違いがすぐにわかる。ギルドハウスで出しているモノは、結構良いのを取り寄せているようだ。柑橘系の爽やかな香りがユウタの好物である。

 さて、では「ビール」と「酒」は何が違うのかというと、実は温度だけである。常温で出てくるのが「酒」で、魔法でキンキンに冷やしてあるのが「ビール」になる。

 たったそれだけで、値段は六倍も違うのだが、ビールの方が断然にウマイ!

 駆け出しで金も仕事もなく、朝からちびちび飲んでいるような輩は酒を飲むが、少し羽振りが良くなると、大抵はビールを頼む。

 若い冒険者は「ビールを飲める身分になる」というのが、当面の目標なのだ。


 ビールを飲みながら、ユウタはこちらに来てからの状況を振り返る。

 

 冒険者としての生活は、ラミィとフィンのおかげもあり、かなり軌道に乗ってきた。採集系のクエストはコンスタントに受けられ、収入は安定している。生活スタイルが全く違うので、一概に前の世界より良い暮らしができているとは言えないが、不自由はなく、生きがいという観点はこちらの世界に来てからの方がはるかに高い。

 相変わらず、ユグドラシルのプレイヤーに関する情報はないが、この街の知り合いは結構増えた。皆、いい人ばかりで、昔からこの世界で生活をしてきたかのような錯覚さえ最近は感じている。


 この世界の情報もいろいろと知り得た。

 まずこの街だが、都市国家連合という国に属する。四つの大きな都市と、百に及ぶ町や村、集落から成り立っていて、それぞれが自治権を持っている。つまりチト市長であるレグルは、都市国家の元首でもあるのだ。

 チトは四つの都市の中の一つで、昔、人間の巨大な国がこの地を占領するために作った要塞都市なのだそうだ。その名残で、都市を囲む城壁や中央の神殿――今は市庁舎と冒険者ギルドが入っている――が今でも残っている。

 人間の国が衰退し、この地から撤退した後、亜人達がここを占拠し、今に至るらしい。

 以前、フィンが話していたように、ここは大樹海に点在する町や村と、貿易都市であるベバードを結ぶ重要な拠点でもある。町や村から集められた特産品と、交易で得られた物資、それぞれの集積場としての役割も担っている。

 都市国家連合は交易で成り立っている国家で、主食のパンを作るための小麦はすべて他国からの輸入に頼っている。外貨を獲得するため、自国の特産品、とりわけ、モミーの木の樹液を煮詰めて作るシロップは、甘味料があまりないこの世界では、非常に重用されており、都市国家連合の主要輸出品になっていた。


 他の国のことも結構知り得た。この国の隣にはバハルス帝国という人間の国がある。その帝国を挟んで反対側にあるのがリ・エスティーゼ王国。こちらも人間の国だが、この二国は常に敵対の関係であるらしい。しかし、都市国家連合は、この二つの国と友好関係にあり、貿易の大半はこの二国で占めている。そのため、両国の商人や冒険者が頻繁に都市国家連合にやってくるようだ。

 王国から来た冒険者の話では、半年くらい前に、王都で大規模な闇組織の討伐が行われたそうだ。その影響で、王国ルートからこの国に流入していた麻薬が入らなくなり、闇で働く者が盗賊に鞍替えしているとのことで、現在、主要な街道でも頻繁に山賊が出没するようになったらしい。

 おかげでチトの街に入る物資が減り、物価が多少上がっているのだが、山賊狩りや物資輸送の用心棒の仕事が沢山舞い込んで、ギルドハウスだけは連日の大にぎわいだ。


 アルコールが回り、少しいい気分になった頃、隣のテーブルに座った冒険者二人の会話が聞こえてきた。二人とも人間で、どちらもあまり見かけない顔なので、ベバードか他国の冒険者が輸送の用心棒としてこの町までやって来たのだろう。

 このように、ギルドハウスはギルドメンバーの証であるプレートを持っていれば、他国の冒険者でも利用可能なシステムらしい。


「なあ、帝国と王国の戦争の話は聞いたか?」

「ああ、今年も始まったそうだな、また小銭稼ぎに行くか?」

 帝国と王国は、毎年この時期に戦争をしているそうだ。ただし、大きな争いにはならず、死者は多くても数百人で、寒くなると互いに兵を引く。そのような小競り合いが続いているのだが、両国の面子なのか、動員される兵は毎年多く、数十万人に達することもある。自国で不足する場合、他国からも傭兵として掻き集め、格好だけは作っているらしい。


「それがさあ、今年は一日で終わってしまったらしいぞ……何かとんでもない魔法で、王国の兵が十万以上死んだとか……」

「十万⁉」

 話を聞いている側の冒険者がけ反り、驚く。


(十万とはすごいなあ……この世界でも超位魔法を使うマジックキャスターがいるのだろうか……)

 ユウタは素知らぬ顔で、二人の会話に聞き耳を立てる。こういった、ギルド内の会話は、ネットやテレビはもちろん、新聞もないこの世界では貴重な情報源だ。


「やっぱり、フールーダがやったのか⁉」

「いやそれが、アインズ・ウール・ゴウンという……」


(アインズ……ん? なんか聞いたことがあるような……アインズ……ウール……)






「なっ、なっ、なんだってーーーーーーっ⁉」





 ユウタは立ち上がり、会話している冒険者達の方向を見て、叫ぶ。

 突然大声を出したので、会話している二人だけでなく、ギルド内にいた全員がユウタの方を振り向き静まり返る。

「えっ? あの……」

 誰もが何事かと、ユウタの次の言葉に注目する。当の本人は、顔から火が出そうだ。

「えーっと、なんか寝ぼけちゃった……は、は、は……」

 ユウタは頭を掻きながらへつらう。

 言い訳も恥ずかしいものだが、その情けない態度に、皆、呆れた顔で目を背け、ギルド内は元の様相に戻る。

 ユウタは恥ずかしさから、ここを逃げ出したい気持ちで一杯だが、それよりも話の続きの方が問題だ。なんとか気持ちを押さえ込み、二人の会話の続きを聞こうとする。

 ――アインズ・ウール・ゴウン。そんなふざけた名前、他人の空似ではとてもあり得ない……やっぱり、奴らなのか?

 間違いであってくれ――少しの望みを信じて、そう念じる。


「――どこまで話したっけ? そう、そのアインズ・ウール・ゴウンというマジックキャスター。なんとアンデットらしいぞ……なんか派手な装飾のマントを羽織っていたらしい……」

「アンデットのマジックキャスター? エルダーリッチとかいうやつか? マジで恐ろしいなあ……」




 終わった……




 ユウタは愕然とした……もう、紛れもない……ギルド名を名乗っているが、容姿からして、ギルドマスターのモモンガで間違いないだろう。

 プレイヤーが転移している可能性は考えていたが……よりによって、一番あってはならない奴らが、この世界に転移してきているとは……最悪だ……


 一体、どうする? 逃げる? でも何処へ?


 奴らがその気になれば、この世界全体をあっという間に滅ぼすことも可能だろう。それだけの戦力を間違いなく有している。何処に逃げようが、あまり意味はない。


「ここだけの話だけどな……」

 冒険者二人の会話の声がより小さくなる。

「戦争が始まる少し前に、そのマジックキャスターの住処と思われるトブの森林の遺跡に、帝国のワーカー数十人が調査のためにと侵入したそうだが、誰も帰って来なかったらしい……」

 遺跡というのは、ナザリック地下大墳墓のことだろうか? まさか本拠地まで転移してくるとは……

「マジかよ……怖ぇーなぁ」

「ワーカーの中にはあのヘビーマッシャーや天武もいたらしいぞ……」

「アイツらが⁉ おいおい、それは帝国としても大損失だなあ……」


 どうやら、この世界に来ても、奴らはPKを楽しんでいるようだ。この会話を聞く限り、そうとしか思えない……

 奴らの本質は変わっていないようだ……


 二人の話は続く。

「自分の住処に無断で入ったことに腹を立てたとかで、そのアインズ・ウール・ゴウンが、代償として領地をよこせと帝国に迫ったそうだ。そしたら、あの皇帝は自分の領地を差し出す代わりに、エ・ランテルを占領し、それを引き渡す約束をしたらしいぞ」

「他国の領地を交渉のネタにするとは……噂通り、横暴な皇帝だな。そのマジックキャスターも酷いヤツだが、皇帝も皇帝だ……エ・ランテルはいったいどうなるんだ?」

「さあ……いずれにせよ、王国は領土、戦力、共に大打撃だ。数ヶ月前に起きた王都の事件といい、もう王国はダメかもしれないな……」

「王国との取引が減って、俺たちの仕事にも影響が出なければいいが……」

「ああ、全くだ……」


 どうやらアインズ・ウール・ゴウンは、今のところ、王国側の領地に目を向けているようだ。帝国とは少なくても敵対していないようだから、すぐに帝国を挟んで反対側、つまり、この都市国家連合まで攻めてくることはなさそうだ。しかし、この国が安全かというと、とてもそうは言い切れない……

(いったいどうする? レグル市長に話をするか? しかし、なぜ奴らの情報を持っているのかと、逆に疑われないか?)

「……タ?」

(今のように、冒険者から話を聞いたことにするか? いや、その程度の情報なら既に掴んでいるだろう……それに現時点、奴らに対抗できる手段を持っていない状況では……)

「ユウタ! 聞こえてる?」

「わっ!」

 突然、ラミィの顔が目の前に現れたのでびっくりする。

「なんだ、居たんだ」

「さっきから呼んでいるのに、まるで上の空なんだもの。顔色も悪いし、大丈夫?」

 ラミィが心配した顔で覗き込む。正直、気が遠くなりそうなくらい、気分が悪い……

「そう? うん……なんか疲れちゃったのかな? 悪いけど、今日は帰って、早く寝ることにするよ」

「えーっ⁉ 今日は打ち上げパーティーしようと思っていたのに……」

 さっきまで食べてたのでは? とは言えず「ゴメン」とだけ言って、今日は三人で家まで帰ることにした。

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