第3話 その二
よく見ると人影が二つ、その大きな獣と一緒にこちらに向かってきている。
「ゴメーン! 逃げて~‼」
そう叫びながら、女のコらしき二人がユウタの横をすり抜ける。
「――えっ? えーーーーーーっ‼」
目の前にイノシシらしき大きな獣が、狂乱の形相でユウタに向かってくるので、慌てて二人の後ろを追って逃げ始める。
「ゴメンナサーイ! 香草を――取って――たら、突然――絡まれ――たの――なっ、なんで、ハッ、ハッ――こんなところに――ジャイアント――ボーが――い、いるのーー!」
息切れしながら説明する女のコ。良く見ると猫耳だ。もう一人の女のコもウサギ耳で、二人とも両腕、両足がモフモフの毛で覆われている。亜人はユグドラシルにも存在するので、特に驚きはしないが、何かユグドラシルより毛並みが柔らかく感じる。
――あのモフモフの腕に抱かれたら、さぞ気持ちいいのだろうなあ……などと考えている場合ではない。
背後には正に猪突猛進のモンスターが――今はこの絶体絶命の状況を打開するのが先決だ。
亜人の娘二人は倒木などで足場の悪い地面をピョンピョンと跳ねながらスピードが落ちることなく逃げていく。ユグドラシルでもそうだが亜人の身体能力は高い。大イノシシは何もかも吹き飛ばしながら進むので足場の悪さなど関係ない。となると分が悪いのは人間種族のユウタだ――しだいに二人から離れて、大イノシシに追い付かれる……ハズだが、なぜか二人から離れず追いかけられている。それどころか、しだいに二人に追い付き、完全に並んだ。
(――あれ? 僕って亜人並みの身体能力なのか?)
気が付けば二人の前に出ている。
ユウタが速くなったというより、亜人の娘達の動きが鈍ってきていた。
「もう、ダメーーーーーーっ!」
猫耳の娘が弱音を吐くと、一気にスピードが落ちて、イノシシとの距離が縮まる。すると、ウサギ耳の娘が短剣を手に取り、猫耳とイノシシの間に割り込んだ。
(いや、その剣ではあの分厚そうな皮にさえ刺さらないと思うが……)
後ろを振り向きながら、ユウタは何か手がないか考える。
(剣? そうか!)
自分の剣を抜く。「大盗賊の魔剣」はユグドラシルの時のように、剣先から青白い炎のような光を出し続けている。
(よし――これなら行けるかも!)
ユウタは急ブレーキをかけて、力一杯地面を蹴り、二人のもとへ――
「えっ⁉」
これは、亜人の娘二人から同時に発せられた声だった。
二人より十メートルは先に進んでいたユウタが風のように二人を通り越して大イノシシへ向かって行く。
「えーーーーーーっ⁉」
こちらはユウタの叫び声。確かに力一杯蹴ったが、まさかそのまま、大イノシシ目掛けて自分自身が飛んでいくとは思わなかった。
イノシシはそのまま突進してくる。このままでは衝突して吹っ飛ばされるのは間違いない。
となれば持っている剣で対抗するしかない。
(もし、ユグドラシルの時のような魔剣の力はなく、ただの短剣でしかなかったら?)
そんなことが頭をよぎった。もしそうなら、自分からダンプカーに飛び込んで自爆するようなもの。
だが他の策を考えても、もう遅い。ユウタは魔剣を両手で握り直し、大イノシシの鼻面目掛けて目一杯振った。
手応えはあった――
確かに何かを切り裂く感じはしたが、その反動でバランスを崩して放物線を描きながら地面に背中から落下した。
「フンギィーー‼」
そのまま二転三転、四転五転して木の株に頭を強くぶつけた。
「ンギャ‼」
死んだ……
ユウタは薄れゆく意識の中で、最後にあの亜人の娘たちの腕をモフモフしてみたかった――と、思うのであった。薄れてゆく意識の……薄れて……ない⁉
ユウタは目を見開き、すくっと立ち上がる。両手両足には目立ったキズもなく、あれだけ強く頭を打ち付けたのに、ほとんど痛みはない――これは、一体……
(そうだ――イノシシは⁉)
正面を見ると、二枚におろされた大イノシシが横たわっている。
「僕がやった……のだよね?」
レッドブルの時もそうだったが、自分がとてつもなく強くなっているのを感じた。
七年前、ユグドラシルでプレイしていたときには、こんな大物を仕留めるためにはパーティーを組んで、少しずつ相手のHP を削っていく必要があった。
たった一つの剣でこれだけ戦いが変わってしまう。やはり魔剣はすごい。あの頃は高額ガチャなど金の無駄だと思っていたが、それに嵌まってしまう理由が今なら理解できる。それにしても、この剣を出品してくれたプレイヤーに感謝だ。
もう少し感慨に浸っていたかったが、亜人の娘達の安否が気になる。しかし、ここからでは大イノシシの体に遮られて、二人の姿が見えない。
急ぎ、回り込んで見ると、二人が直立不動で固まっていた。
「おい、大丈夫か⁉」
ユウタが声を掛けると二人ともヘナヘナと力が抜けるように膝から崩れ落ち、ペシャンコ座りをする。
「助かった~」
猫耳の娘が天を仰ぎながら叫ぶ。
(ふう……どうやら、怪我はないようだ)
「大丈夫? 立てる?」
ユウタが猫耳の娘に手を差し伸べると「ありがとう」と言って手を取り立ち上がる。
君も――と、ウサギ耳の娘にも手を差し伸べるが、ウサギ耳の娘は手を取らず、一人でスクっと立ち上がった。
「もう、死ぬかと思った――チトの近くでこんな災害級のモンスターが出るなんて、聞いたことなかったのに……」
チトというのは、地名だろうか……
ユウタはまず先に確認しなければならないことを質問する。
「ねえ、ここってユグドラシル?」
亜人の娘達は互いの顔を見て少し首をかしげる。
「違うよ。ここはカルサナスの大樹海。チトの街の近くだよ」
猫耳の娘がそう答える。どうやら、地名と勘違いしたようだ。
しかし、これではっきりした。ここはユグドラシルでも他のゲームでもない。いわゆる異世界と考えるべきだ。
ユウタは動揺したが、彼女たちに悟られてはいけないと考えると、とすーっと不安が遠き、すぐに平常心に戻る。
「そうか――ごめん。このあたりの土地勘がなくて……」
「ユグドラシルという場所は知らないけど、街に行けば知っている人がいるかも」
「いや、いいんだ。別にそこに行きたいわけではないんで……でも、街には行きたいな」
上手く話を合わせることができたと思う。
どうして、異世界にいるのか全くわからない。ただ、自分の装備からして、ユグドラシルと何かしら関係あると考えるべきだろう。
ユウタが覚えている限り、異世界へ転移する話では、街に行って情報を集めるのが常套手段だった。ここはそれに習う。
「それなら、私たちこれからチトに帰るから、一緒にどう?」
「それは助かる!」
「私はラミィ。ほら、これでもアイアンの冒険者だよ」
ラミィと名乗った猫耳の娘が自慢気に首からぶら下げた金属のプレートを見せる。どうやら、この世界にも「冒険者」という身分があるようだ。プレートは冒険者の証で、アイアンというのはランクのようなものか? 「これでも」と前置きを付けているのは、少なくても駆け出しではないようだ。
「そして、このコがフィン」
ウサギ耳の娘が頷く。ユウタを警戒しているのか、まだ声を聞いていない。元々無口なのかもしれない――というよりラミィがよく喋る。
「僕はユウタ。よろしく」
「ねえ! それにしても、君ってすごい強いね‼ 君も冒険者? あの青い剣は何?」
ラミィが矢継ぎ早に質問をしてきたが、ユウタは笑って誤魔化した。
(さすがにゲームで手に入れた剣だと言っても信じてもらえないだろうし……)
「実は、田舎で暮らしていたので、冒険者というのが、よくわからないのだけど……この剣も家に昔からあったモノだし……」
世間知らずだと言い通すのも、異世界モノの常套手段。ラミィは「そうなんだ」と納得したようだが、フィンの方は、疑っているような目をしている。まあ、そうだよなあ。
「でも、冒険者に興味あるなぁ――僕でもなれる?」
「うん。チトに冒険者ギルドがあるから、そこで登録すればなれるよ」
どうやら、ギルドもあるようだ。つくづくユグドラシルに似た世界だ。
「じゃあさ。私たちとパーティー組まない?」
「えっ?」
ラミィの提案に、ユウタとウサギ耳のフィンが同時に声をあげる。
「冒険者になったばかりだとカッパーなので、あんまりお金になる仕事をもらえないの。私たちと組めば、アイアンの仕事がもらえるよ。ユウタは強いから、私たち大歓迎だよ! ね? フィンもそう思うよね?」
「えっ? えー、まあ……ラミィがそれで良いと言うのでしたら……」
フィンが、初めて喋った。複雑な表情だが、ラミィはお構い無しだ。
「それじゃ、決まりね!」
ユウタの返事も聞いていないのに、既に仲間になっている――そんな簡単に見ず知らずの男を仲間に入れてもいいのだろうか?
しかし、それはユウタにとっても都合がいい。いくらユグドラシルと似てるといっても、知らない世界を一人で生きていくにはリスクが高すぎる。ここは、仲間になって損はない。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「そうと決まれば、早速チトに帰ろう! あ……でも、このジャイアントボー、もったいないなぁ……」
ラミィは横たわるイノシシの巨体見て、「んー」と唸る。
「そうですね……解体ができれば牙だけでも持って帰れるのですけど……」
フィンが説明を付け加えてくれる。どうやら、このモンスター――ジャイアントボーというらしい――の牙は素材としてかなりの価値があるらしい。牙だけでなく、肉も美味とのことだ。ただし、「解体」が上手くできないと、商品としての価値が無くなってしまうらしい。
本来、ジャイアントボー討伐には、十人程度のパーティーで行い、倒した後は、解体のスキルを持ったメンバーが解体し、お金になる素材を馬車に積んで持って帰るのが普通らしい。
「解体ねぇ……」
マグロの解体みたいなものかな? と、前に市場見学で見たマグロの解体ショーを思い出し、想像してみる。すると、頭の中に、イノシシを切り裂くイメージが動画のように現れてきた。
(なんだ? これは、解体のイメージなのか……)
「――どうしたの?」
急に黙ってしまったユウタの顔をラミィが覗き込む。
「――僕、『解体』できるかもしれない……」
ユウタは「大盗賊の魔剣」を手に取り、ジャイアントボーに近づく。そして、頭に浮かんだ通りに、切り込んでいく。その手際の良さに、娘が二人は目を丸くした。
ひと通り解体が済むと、「ふーぅ」と深呼吸をする。
「こんなものかな?」
牙二本、それだけでも三メートルほどの長さがあるが、肉も数トンある感じだ。
「ユウタってスゴイ! 何でもできるのね⁉」
ラミィがユウタに抱きついた。驚いたユウタは顔を赤らめる。
「――でも、これってどうやって持って帰ります? 牙一つなら、なんとか三人で持って帰れることができますが……一度、街に帰って馬車を手配しても、肉は他のモンスターや獣に食べられてしまいます」
フィンがそう問題を提起する。確かに普通なら問題なんだろうが、ユウタには一つ思い当たることがあった。
「ちょっと待って――」
背負っていたリュックを下ろす。それは「シーフのリュック」というマジックアイテム。どんなに大きなモノでも、どれだけでも収まる。先ほど「大盗賊の魔剣」はユグドラシルのときと同じ性能があった。それなら、このリュックも同じ効果があるはずだ。
リュックの口を開き、牙の先を押し込むと、どういう原理かわからないがスルスルと小さくなりながら、リュックの中に吸い込まれる。
「スゴイ! それってマジックアイテム⁉」
ラミィが初めて見たと興奮している。この世界でもマジックアイテムという言葉が存在しているらしい。ということは、魔法も存在しているのだろうか?
価値がありそうなものを納め、リュックを背負い直す。ラミィが物欲しそうにリュックを見ているが、気付かない振りをした。
「それじゃ行こうか」
「――ん、うん。それじゃ、チトの街へ帰ろう!」
ラミィが付いてこいとばかりに、最初に歩き始める。
「ラミィ、街の方向は解っていますか?」
フィンが尋ねると、ラミィの足が止まる。
「えへへ……わかんないや……」
(……大丈夫なのか?)
ユウタは内心、不安になる。
フィンが「ちょっと待ってて」と言って、近くの木に飛び乗り、そのままテッペンまでピョンピョンと登っていく。やはり、亜人の身体能力はスゴイ。
すぐに、タンタンと木の枝を渡って降りてくる。
「あっちです」
フィンが指差した方向にラミィが歩き出す。
「それじゃ、付いてきて!」
まるで、自分が確認したかのように、自信持って進んで行くので、ユウタは苦笑いする。
「ねえ、ユウタの剣って魔剣?」
ラミィが突然質問するので、ユウタはどう答えていいか迷った。
「魔剣だよね?青く光ってたし、ひと振りでジャイアントボーを真っ二つにするし……」
さすがに誤魔化せないと思い、素直に魔剣だと認める。ただし、これは家に伝わる家宝で、決して誰にも見せてはいけないと家族から言われてきた。だから、他の人には話さないで欲しいと頼んだ。
「うん。わかった」
ラミィは即答する……なんか心配だ。
ここは話題を変えることにしよう――
「ところで、街まではどのくらい掛かるの?」
「ん? すぐだよ」
ユウタは数量的な返答を期待していたが、考えてみたら、この世界の、時間の単位を知らないので、数値で教えてもらっても意味がないことに気付いた。
まあ、「すぐ」だと言うことなので、多目に見積もって二、三十分というところだろうか……
(そんな近くに街があったのか……)
ラミィ達に出会うまで、一時間以上歩いたのだが、街どころか人工物らしいモノを見つけられなかった。それって、よっぽど運がなかったのだろうか……
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