オーバーロードが怖いので、ひっそり冒険者生活してます

テツみン

オーバーロードが怖いので、ひっそり冒険者生活してます

第1話 プロローグ

二一三X年X月X日


 今週もナザリック大墳墓攻略戦が始まろうとしている。ただし今回は六つのギルドから参加者を募集し、千人を超えるプレイヤーが集まった。今までとは比べモノにならほどの規模に、今回こそナザリックが陥落すると誰もが考えた。


 ユウタにとって、ナザリック攻略戦は初めての参加になる。   

 ナザリックどころか、このヘルヘイムの世界に入ることもほとんどない。どうも異様な雰囲気が好きになれない。人間種である自分にとっては不利になるこの地にわざわざ出向く必要もない。

 今回、なぜナザリック攻略戦に参加したかというと、自分と同じシーフの仲間から誘われたのが一番の理由だが、レアなマジックアイテムを手に入れ易いと、攻略サイトに書いてあったこともキッカケとなった。

 ナザリックは巨大なダンジョンで、八階層とも、それ以上とも言われている。その至るところにアンデットを中心としたモンスターが配置され、それらがドロップするアイテムが他では考えられないほどのレアモノであり、宝物庫も点在している。それまでの攻略戦でプレイヤーがドロップしたアイテムを、その宝物庫に置いてあるそうで、生還できればかなりの儲けが期待できる。

 もちろんそれ以上のリスク、つまり、戦闘不能になり、自分がアイテムを献上する立場になる可能性もある。ただし、今回は大規模な攻略戦。他のギルドが最前線で戦い、ナザリックの主力を引き付けているうちに、宝物庫からレアなアイテムを持ち逃げできれば、ほとんどノーリスクだ。

 ユウタはそれでも念のため、一万円を注ぎ込み、装備を充実して臨んでいる。念願の「大盗賊の魔剣」は手に入らなかったが、それなりに攻撃力の高いレア短剣を確保できた。多少強いモンスターでも、これで対処できる。

 もちろん、一万円の出費は痛い。何としても、それ以上の成果を出して、元を取る必要がある。

 ユウタは並みならぬ気合いと期待で、この攻略戦に臨んでいた。


 やがてプレイヤーが動き出す。攻略戦が始まったようだ。ユウタ達もそれに合わせて入口になだれ込む。早過ぎれば標的にされるが、遅過ぎれば高価なアイテムを手にする可能性が減っていく。


 順調に進んでいく――時よりポップするアンデット達も、装備を強化したことでそれほど大きな障害にならない。そして第一階層宝物庫のひとつに辿り着く。中に入ると、金貨やアイテムの山だ。

「おおーっ‼」

「――スゲー‼」

 何処からともなく声が上がった。ユウタも叫びたかったが、それよりもアイテムを自分のアイテムボックスに入れるのが先決である。

 クリックできたアイテムを確認することなく急いでアイテムボックスに入れる。ユウタはマジックアイテムである「無限の背負い袋」を持っている。このアイテムを入手する方法はいくつかあるが、シーフだけが受けられるクエストでも作成できる。そのため、この方法で作成したマジックアイテムは通称「シーフのリュック」と呼ばれている。

 これにより、他の職種よりアイテムを持ち出せる。欲しいモノを選んで時間を掛けると、レアほど先に持っていかれるだけなので、とにかくクリックできたものを確保するのだ。

 数分で宝物庫が空になる。まるで年末のバーゲンのように――

 至るところで、歓喜の声が揚がる。中には闇市場価格で数十万円のアイテムを手に入れたと叫ぶ者もいた。ユウタも改めてアイテムボックスを確認すると、結構レアが混ざっている。ざっと見積もっても既に一万円分はありそうだ。

(――すごい‼ ナザリックすごい‼)

 もう高揚感一杯で、自分が敵地に居ることをすっかり忘れてしまっていた。「次行くぞ!」の声に、皆が我先にと宝物庫の出口へ向かった瞬間、事態が一変した。


 宝物庫の扉が閉まったと同時に、派手なエフェクトが現れたのだ。


「モモンガだーーーーーっ‼」


 誰かが叫ぶ。

 ナザリックを本拠地とする異形種のギルド、最悪で最恐のPK集団、アインズ・ウール・ゴウン。そのギルドマスターである、「最悪の中の最悪」が目の前に突然現れたのだ。

 誰もが剣を取り、この勝ち目のない戦いに臨む筈だった――

 しかし、誰も戦うこともなく、モモンガが近くをすれ違っただけでバタバタと倒れていく。まるで、命を吸われていくように……

「なんだ⁉ 何が起きてる――⁉」

 混乱するプレイヤー達に、最恐のアンデットは無表情のまま――表情を作れないのだが――プレイヤーを一瞬で戦闘不能にする。

 ユウタはその時、既に死――実際は戦闘不能だが――を悟った。

(なんだよ、こんなのチートだろ⁉ こんなに一方的で何が楽しい⁉)

 ユウタは蹂躙するモモンガを見つめる。見つめるしかなかった。このバケモノに対抗する方法など思い付くはずもない。そしてモモンガと目が合った。こちらに向かってくる。

 今までボス戦でも味わったことがない「絶望」という恐怖。その時のモモンガの表情は一生忘れることはない――無表情だがどことなく笑みを浮かべているように見える。まるでホラー映画の殺人鬼のように、PKを楽しんでいる――ユウタにはそう見えた。


 そして突然の暗転。


 次に視界が回復したときは、ギルドハウスの中だった――ボックスに納めたレアアイテムはもちろん、装備した、新しい剣や鎧も、ナザリックに残したまま……


 モモンガのあの特殊能力は「絶望のオーラ」というもので、範囲内であれば、すべてが即死するらしい――後日、ユウタが聞いた話である。

 いったい、そんなヤツにどうやって勝つことができるのか? ゲームバランスを全く考えていない運営側に不信感を感じる。

 むしろ、高額ガチャでインフレが起き始めているレアアイテムの回収のため、運営側がナザリックを立ち上げたのでは? と勘繰ってしまう。

(もしかしたら、モモンガは異世界から来た魔王で、ユグドラシルを足掛かりにこの世界の征服を狙っているのだろうか……)

 さすがに、これは突拍子過ぎて、ユウタ自身も笑ってしまった。

(この年で、厨二病でもあるまいし――)

 とにかく、この出来事の後、ユグドラシルへのモチベーションは一気に下がり、ユウタのログイン回数は減っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る