第20話 五歳記の祝い① 支度


 数日ほど邸内がばたばたとしているのを肌で感じながらも、リリアーナの周囲に限定すれば取り立てて大きな変化もなく。

 いつも通りに授業や散歩などの日課をこなして過ごすうち、とうとう五歳の誕生日当日を迎えた。


 朝目覚めると、まず三人の侍女たちから祝いの言葉をもらった。横並びになって同時に口を開くのを見るに、前々からこっそり練習していたのかもしれない。

 それを聞いて思い出したようにアルトも、<おめでとうございますリリアーナ様!>と威勢よく念話を寄越すため、どこかくすぐったいような思いをしながらそれぞれに礼を述べた。


「さぁて、朝食を終えられたらいよいよ着付けですよー! 仕立てた衣装に合わせて新しいリボンも届いてますから、髪はこれで結いますね!」


「うむ、任せる」


 何かしでかさないかと心配になるくらい張り切るフェリバと、普段通りに見えるトマサとカリナ。だが一見冷静そうなふたりもどこか落ち着きがなく浮ついている。

 それだけ今日という日が特別なのだ。結局他の誕生日と何が違うのかを知る前に当日を迎えてしまったが、祝いの催事なのだからそう悪いことにはならないだろう。

 待ち構えることへの不安よりも、食堂に用意されるご馳走の方がよほど気掛かりなリリアーナだった。



<屋敷中、領地中がリリアーナ様のご生誕祝いに浮かれ踊っている訳ですね、誠に喜ばしいことです!>


 別に踊ってはいないだろう、とは思いながらも人目のある場所では返事をすることもできず、アルトの中心部をふにふにと揉みしだく。


<ふぁぅん!>


 触覚がある訳でもあるまいに、妙な声を寄越す宝玉の部分を狙ってぐりぐりと押す。


<ひゃぃん♡>


 わざわざ思念波でおかしな声音を飛ばしてくる必要性について思いを巡らせていると、視界の中央を金の波が奔った。

 ぱちりと瞬きをひとつする間に、金の光は明瞭な輪郭を持ち、波打つ髪をかき上げながら器用なウィンクまで寄越す。


〘リリィちゃん、お誕生日おめでとう! ホントはこれまでの四回もお祝いしたかったけど、過ぎたことは仕方ないわね。その分まで、これから先をぜーんぶお祝いするから!〙


<わ、私もこれから先のお誕生日、全部お祝いいたしますっ!>


 在ることが当たり前だった生前の方が余程長くを過ごしたというのに、一年ごとに手厚く生誕を祝われる今生は、それよりもずっと『生きている』という実感を与えてくれる。

 それをくれるのは周囲の優しい人々であり、生前から続いて自分を慕ってくれる者たちだ。何とも言えない複雑な思いを胸に、不自然ではない程度にうなずきを返した。


 キヴィランタに誕生祝いという習慣がなかったという事情もあるが、以前は己の誕生した日を数えることをしていなかったし、当然ながら誕生日を祝ったこともない。

 ヒトとしての生を得て喜んでいるのは自身だけではない。祝いの言葉をもらう度にそれを実感して、胸の中心部へわずかな熱が灯る。


 ――おそらく、自分は嬉しいのだろう。

 リリアーナはそれを上手く言葉や表情として表せないのを不甲斐なく思いながらも、生まれたことを祝われる喜びと、周囲への感謝を噛み締めた。




 朝食を済ませ、花や香油を入れた湯で体と髪を拭かれると、いよいよ新しく仕立てた衣装の着付けとなった。

 自分が身に着けるものながら、細く絞られたトルソーに用意されたドレスはあまりに小さく、まるで人形のお仕着せのようだ。

 成人女性のように面倒な手順や重ね着はないようで、造り自体は普段着ているワンピースと大差ないらしい。

 下着や長靴下を身に着けた後、白いキノコのようなフリルを腰につけ、衣装を上から被せられて袖や胸の下辺りでリボンをせっせと結ばれる。


「サイズはばっちりですね。採寸のときよりちょっとだけ丈を長くしたらしいんですが、大正解〜」


「リリアーナお嬢様は成長の早い時期でいらっしゃいますから。カリナ、その細いリボンはこちらへ」


「はい。お嬢様、袖はきつくありませんか?」


「あぁ、うん。大丈夫だ」


 三人がかりであちこちをいじられ、絞られ結ばれ形を整えて、普段着の数倍はかかったが着付けは何とか終了した。

 次は鏡台へ移動して髪を任せる。

 先端から丁寧に梳き、左右から一房ずつ取って光沢のある藍色のリボンで結われていく。

 指と櫛を使って細かな編み込みを施すフェリバの手付きは、危うい針使いで裁縫をしていた時とはまるで別人のようだ。


「針と糸は苦手なのに、髪を結うのはいつも上手いな」


「えー、髪と糸じゃ全然違いますよー」


「そういうものか?」


 まぁ本人が言うならそうなのか、と納得をしかけたが、鏡に映ったトマサとカリナもどこか釈然としない顔をしていた。


 フェリバの手先が器用なのか不器用なのか定かではないが、服に続き髪も普段の倍ほどの時間をかけて仕上げてゆく。

 予め使うリボンや結う形は相談してあったらしく、鏡に映る指先を眺めていてもその手つきに迷いはなかった。

 両サイドから掬った束をそれぞれ編み込まれるが、細かな網目は均一で位置直しをしなくても左右が同じ高さにある。器用なものだ。

 最後にひと撫で、感触を確認するように髪を梳いてフェリバの指が離れていく。


「できました……」


「うん、ご苦労だった」


 リリアーナが鏡台の腰掛けから下りて振り向くと、侍女三人はまた横並びになり、どこかぼんやりした目つきで仕上がった令嬢の晴れ姿を見ていた。

 揃って片手を頬につけ、長い息を吐く。


「これは……素晴らしい仕上がりです……」


「本当に……何ということでしょう……」


「素材が素材ですから……リリアーナ様、可愛い!」


 五歳記の衣装に紫ががった濃紺の布地を選んだのは、父親のファラムンドだった。数多くの見本帳からそれを選び取ったセンスに三人は唸る。

 毛羽を作った天鵞絨の生地は光を吸い込むような深みを見せ、それが見事にリリアーナの紫銀に輝く髪を引き立てているのだ。

 一見暗く見えそうな色でありながら、角度によって光沢を放つ細やかな織りは品の上質さがうかがえる。

 一般的な五歳児の祝いの衣装に選ぶ色ではないが、リリアーナの着用においてはその常識が適用されない。幼くありながら生来の気品を纏う少女は、貴婦人ですら見劣りしそうな色彩を完璧に着こなしていた。


「似合っているならよかった。せっかくの祝い事だからな」


「もー、似合ってるどころじゃないですよ、めちゃくちゃ素敵です、さすが旦那様入魂の一着ですね! お帰りも間に合って良かったです!」


「お帰りも? またどこかへ出かけていたのか」


 入魂の一着という言葉も気になったが、ファラムンドはまた仕事で遠出をしていたらしい。なぜか「あちゃー!」と顔をしかめるフェリバに肘を打ち込んだトマサが代わって口を開いた。


「リリアーナお嬢様に余計な心配をさせまいと、出立の伝達は控えておられたのです。必ず五歳記には戻ると仰っておりましたが、遠出を知ればご不安に思われるかもと」


「そうか、いつも忙しそうで大変だな。帰ったばかりならしばらくゆっくりしてもらいたい所だが……この衣装まで、父上が?」


 リリアーナが裾を掴んで呟くと、フェリバたちは首を揃えてうなずいた。


「作ったのは職人さんたちですけど、旦那様が一から細かく指定をお出しになられたんですよ。やっぱり女の子の衣装は力が入りますよね!」


「そうか、父上が……」


 あまり顔を見せることもなく、たまに妙な人形を押し付けていくだけの父ではあるが、親としてそれなりにリリアーナのことは考えてくれているようだ。

 扶養される側という意識以外、特に父への愛情らしきものは生じていないが、ちゃんと気にかけてくれていると思うと妙にこそばゆい。

 交流を持つ機会ならこれから先にもあるだろう。今日顔を合わせたらまずこの衣装の礼を言わねばならないと、リリアーナは少しばかり心躍るような思いを抱いた。



 服飾品は何かと中央で作りたがる他の貴公位たちと違い、ファラムンドは生地から衣装の図案、縫製まで全て自ら指示を出し、自領の中で発注をかけた。

 領主から期待をかけられ、意欲に燃えた職人たちは昼夜を惜しんで製作にあたり、自らの腕と誇りにかけて最高の品を仕上げる。

 衣装の図案を担当した服飾店の職人は数十に及ぶ案を提出し、ファラムンドがその中から生地と併せて選び抜いたのが今日この日の衣装だった。


 全体的に装飾が控えめでありシルエットはすっきりとしているが、無駄を省くことによって布地の持ち味が生かされ、それがリリアーナ自身の類稀な容姿を引き立てる一因にもなっている。

 子どもの晴れ着であればリボンやレースをふんだんに使って飾り立てたくなる親心を鉄の理性と解釈で殴り飛ばしたファラムンドは、娘に一番似合うものをと、年齢よりもずっと大人びたシンプルな図案を選んだ。

 深い濃紺の生地をメインに据えながら、袖口と胸元、スカートの中央部は純白のフリルがあしらわれている。色のコントラストも鮮やかで、動くたびに裾や袖口からのぞくレースは可憐であり花の彩りを添えていた。

 余裕を持たせた縫製の胴体部と二の腕の辺りは同色のリボンで留められ、大きく結われた蝶の結びがシックな中に稚さを醸している。あえて胸元で絞る形にしてあるのもそういった意匠からだろう。

 真っ白な長靴下と艶のある黒い靴も幼子らしいもので、要所に散られた年齢相応のアイテムで危ういバランスを取っていることが見て取れる。


 衣装自体の造りは小さいが、隅々まで手が込んでいることは着用しているリリアーナにもよく分かった。

 採寸をして自分用に仕立て、一度試着を済ませているとはいえ、どこも窮屈な部分がなく布をたっぷりと使っている割に重さも然程感じない。

 服飾についてはよく分からなくても、これがとても気を遣って作られたものだということは明らかだ。

 顔も名前も知らない、たくさんのヒトが関わって、たった一着を仕立てるために手間をかけたのだろう。


 ――貴重な素材、技術、時間。それらを捧げて作られる衣服。そんなものを身に着ける立場にある自分、領主の娘として生を受けたリリアーナ=イバニェスは、それを享受するに足る生き方を示さなければならない。

 地の実りを吸い上げて地へ還元するという循環。民と、民を従える者の違い。そこにはそれぞれの役割と義務が発生する。それは生きながら獲得するものであったり、新たに生じたりもするが、リリアーナの場合は生得のものだ。

 上に立つ者として、相応しい振る舞いと生き様が求められている。


 『魔王』を終えて次に得た役割を、忘れてはならない。


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