第8話 辺境伯邸迷宮


 リリアーナがぬいぐるみとなったアルトバンドゥスを持ち歩いているのは、話し相手が欲しかったというのも理由のひとつではあるが、最たる目的は屋敷の中の道案内を頼みたかったから、というものが大きい。

 施錠されていない範囲と中庭までならば自由に移動することを許されてはいても、四歳児の足に辺境伯の本邸はいささか広すぎた。


 かつて居住していたキヴィランタの城は堅牢な石造りの建物で、その外観を裏切らず内装も古典的かつ豪奢なものだった。

 初めからそこに暮らしていたため他に比較対象を知らずにいたリリアーナだが、数千年にも渡り歴代の魔王が住処とした城なのだ、貧相であるはずがない。

 私室とした尖塔の最上階はそれでも比較的シンプルな内装にまとめさせていたのに対し、勇者と対峙した大広間などは、終焉の舞台に相応しい荘厳な造りをしていた。


 天井を高く取った広大な空間には千年樹もかくやという胴回りの石柱が並び、それに沿うように設えられた数百もの黒曜石の燭台。

 精緻な彫刻が施された石造りのアーチに囲われ、重鉄製の大扉を越えて真紅の絨毯が敷かれた先、石段の上には古代竜を象った巨きな玉座が待ち受ける。

 特に自慢であったのは、極彩色のガラスをはめ込んだ見事なステンドグラスの大窓なのだが、勇者の放った雷撃魔法で木っ端微塵に砕かれたときはさすがに頭に血が上った。

 反撃とばかりに起こした鎌鼬の大竜巻で燭台の半数は一瞬にして砕け散ったのだが、それはそれ。


 ともかく、豪奢な城で暮らしていた過去のあるリリアーナから見ても、辺境伯邸は広大であり、また迷いやすい構造をしているように思えてならなかった。

 どの場所でも似たような廊下が伸びていて、扉を開けば似たような部屋が並んでいる。

 窓の造りも天井の模様もほぼ均一、廊下は目印になるような置物の類も少ない。……これで迷わない方がどうかしている。


 実際、屋敷で働くフェリバに同じことを訊いてみても、「用のあるお部屋と、行き来が許されている範囲しか知らないですよー。迷子になっちゃいますもん」とのことだった。


 インベントリから宝玉を引き出し、ぬいぐるみへ縫い込めて持ち歩くようになり、かれこれ二週間が経つ。

 視覚から得る情報以外に、空間把握能力にも秀でたアルトバンドゥスならば、そろそろ屋敷の内部をあらかた把握した頃合いだろう。


 これでようやく最初に宝玉へ告げた望み通り、厨房への道が拓かれるというもの。

 おやつや食事に関して伝えたい要望はいくつかあるし、日々舌と腹を満足させてもらっている礼も一言告げたい。

 自室でも食堂でも給仕は全て侍女たちが行っているため、未だに厨房長やその他の料理人とは顔を合わせたことがないのだ。



 習い事を終えて午後に自由時間を獲得したリリアーナは、少し昼寝をするからという名目でフェリバたちを下がらせた。

 ティータイムと夕餉の隙間の時間。まだ夜の仕込みを始めるには早いだろうし、今ならば幼いリリアーナが厨房へ行っても仕事の邪魔にはなりにくいはず。

 ようやく訪れた、待ちに待った機会にリリアーナは部屋の真ん中でぬいぐるみを掲げ持った。


「さて、アルトよ。あの日最初に告げた命を忘れてはおるまいな。厨房まで案内してもらうぞ!」


<いや、その……えー、誠に遺憾ながら……>


「どうした、何か問題でもあるのか。お前ならばすでに屋敷の中を全て把握しているだろう?」


<それがですね……、何と言いますか……>


「言いたいことがあるならはっきり言え」


 リリアーナはぬいぐるみを両手で摘んだまま、その中央をふにふにと押した。


<ぁふっ、あふん! あの、宝玉だけでは探知機能が万全ではありませんので、リリアーナ様の行動範囲からは厨房の場所を特定することができませんでした!>


「な、なんだと……」


<おそらく食堂ホールの向こう側のエリア、このお部屋から見て北西側の一階にあるものと推測されますが、これまでの行動圏からは未だ間取りの極一部しか把握できておりませんので>


「つまり……我が、歩き足りないと?」


<ヒェッ……そ、そんなことは決して……>


 ぬいぐるみのフォローも耳を素通りし、リリアーナはソファへ腰を下ろしてがっくりと項垂れる。

 宝玉の能力低下は予想してしかるべき事柄ではあったが、それでも二週間も持ち歩いて中を見せれば、間取りの把握くらいは容易いだろうと高を括っていた。まさかアルトの目から見ても把握困難とは思いもしない。

 キヴィランタの城はもっと起伏があったというか、階層や部屋により特徴がまちまちで、この屋敷より巨大ではあっても歩いていて迷うことはなかった。

 ヒトの国の邸宅は、どこもこんな造りをしているのだろうか。外敵の侵入を防ぎ、惑わせるという目的ならうなずけないでもないが、住人にとって不便では本末転倒ではないか。


 やや開いた足に肘を乗せ、両手を組んだ指にあご元へあてる貫禄あふれかえるポーズで考える。

 できればフェリバや他の侍女を介せず厨房長との面会を果たしたい。

 そのためには自ら厨房へ足を運ぶのが手っ取り早く確実なものであると考えたのだが、その行程を若干修正しよう。


一、誰か他の者へ案内を頼む。

二、厨房以外の場所にいる時に会いに行く。

三、厨房長の方からこちらへ来てもらう。


<あの、ひとつよろしいですかリリアーナ様>


「む、何だ?」


 代案を三つ目まで挙げたところで、アルトから遠慮がちに声が上がる。


<どうして侍女たちには協力を求めたくないのです?>


「それなんだがな。ここで厨房長として働いているアマダという男は、どうやらフェリバの父親らしい」


 二年半ほど前に侍女たちの会話から漏れ聞こえた話だ。まだ幼く言葉を発することは控えていた頃であり、フェリバ自身はリリアーナに知られているという意識はないだろう。

 勤務中は親子であることなど全く話題に出しもしないことから、公私をきっちり分けるべきと考えているようだ。

 年若くともしっかりした娘だと、フェリバへの評価を更に上方修正する。


「娘の前で父親の仕事についての口出しや、直接の労いを聞かれるのはどうもな。居心地が悪いだろうことは想像に難くないし、他の侍女へ頼んでもすぐにフェリバへ伝わるだろう」


<リリアーナ様がそこまで気にされる必要はないかと思うのですが>


「それに、だ」


 生育に必要な量の食事とおやつを提供されているのは理解している。きっと含有する栄養素のバランスなどもしっかり計算されているに違いない。

 その上で、それを承知の上であえて、内容と量についての注文をつけたいと思っているのだ。

 パサついた焼き菓子よりは果物がいい。

 肉も根菜も細かく刻むより元の食感が残っているほうが好ましい。

 だが葉物の根元はくたくたになるまで煮込んでほしい。

 そして何より、もう少しだけ食事とおやつを増量してもらいたい。


 そういった要望を述べるにあたり、普段身の回りの世話をしてくれる者たちに、食い意地の張った幼児だと思われるのがどうにもむず痒くてたまらない。

 だからできるだけフェリバたちを介さずに、直接厨房長のアマダへ伝えたいのだ。

 もちろん、日頃のおいしい食事への礼をしたいという気持ちにだって嘘はない。むしろそちらが本命ですらある。あるのだ。


<なるほど…… なるほどなー……>



 乳児の頃からおむつの処理などしてもらっていたくせに、そんなことが無性に恥ずかしくて迂遠な手を考える元魔王のリリアーナ=イバニェス、もうすぐ五歳になる春のことだった。


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