第65話 大攻勢

 ハンナは愛機の席に腰を下ろすとすぐに発進準備にかかる。牽引索がないので苦労したが、いつもの倍の距離を滑走することでなんとか機体を空に浮かせることに成功する。10バーグの高さまで達することができればあとは簡単だった。ハンナは鐙を踏みしめると急旋回しながら上昇する。


 首からぶら下がっている水晶体から何かかすかに聞こえてくるので手早く顔の脇にセットした。水晶が震えジョルバーナの怒声が響く。

「ハンナ。お前は何をしておるんじゃ?」

「あ。ジョルバーナ様。さすがですね。牽引索なしでも離陸できましたよ」


「当然じゃ。誰が調整しておるとおもっておる。いや、そんなことはどうでもいい。お前がおらんとヘリオーンを飛ばせないんじゃぞ」

「どうせ、下にいても私にすることはないんだし、この機体は持っていけないんだから、最後に一花咲かせようかなって」


「お前が撃墜されたらどうするんじゃ?」

「そうならないように祈っててください。それと、早く増援を。すごい数で迫ってきてます。それじゃあ、通信終わります」

「これ、待たんか」


 ハンナは顎を押し当てて通信を遮断すると、前方に意識を集中する。物凄い数の装甲獣と歩兵がこちらに迫ってきていた。幸いなことにドミニータの飛行蜥蜴と羽ばたき機の姿は見えない。地理を知悉しているため、迷いなく進撃してきており、ジョルバーナの屋敷に到達するのも時間の問題だった。


 一方で高速装甲獣が先行し過ぎており後続部隊との連携が取れていない。ハンナは即断する。まずはあれからね。西に向かって攻撃すると太陽を正面から見ることになってしまうので一旦北側へ大きく迂回すると高速装甲獣の鼻先をかすめるような進路をとった。


 通り過ぎながらボタンをタイミングよく押す。機体の下から投下されたカプセルはくるくると回転しながら落下し、装甲獣と接触すると火炎が吹き荒れる。苦痛の声を上げながら装甲獣は跳ねまわり、背中に備えた砲塔がかしいだ。重心が崩れたことで片足があがりそのままどうと横倒しになる。


 ハンナは搭載しているすべての兵装を惜しみなく使用した。装甲獣用の魔法が尽きると機首の砲で軽車両を破壊し、ようやく反撃を始めた対空兵器を吹き飛ばす。先頭集団をほぼ壊滅させたが、高度をあげて見えてきた景色にため息をつく。まだまだ後続部隊は列を作って進んできていた。


 すべて弾を打ち尽くしたハンナにはなす術もない。威嚇するように上空を飛んでみせたが、すぐに残弾が無くなったのを見透かされて地上部隊は東へと移動を続ける。そこへようやく増援がやってきた。各隊のミストラルが編隊を組んで地上に対人用の炸裂弾をまき散らす。


 投下されたぶどうの房のような塊は兵士たちの頭上で弾け、ぶどうの一粒一粒が地表から2バーグの位置で破裂し兵士たちをなぎ倒した。衝撃波は兜を貫通して致命傷を負わせ、辛うじて直撃を回避しても人体に有毒な気体を拡散させる。桃色の気体を吸い込むと激しく嘔吐しながら地面に倒れた。


 ソニア達各隊の索敵士は地上の凄惨な様子を見て顔をしかめるが攻撃の手を緩めることはなかった。ここで情けをかけて攻守が逆転したときに彼らが自分たちに慈悲を垂れる保証がない以上は、魔女たちも必死にならざるを得ない。歩兵の密集隊形に対して攻撃を加え終えるとミストラルは高度をあげて哨戒行動に入る。


 基本的には西側だけを警戒しておけばいいはずだったが、辺境とはいえ地方軍の基地が数か所はある。装備や練度の点で空軍の敵ではないが、防戦に手いっぱいの状況ではどのような微小な戦力でも不意を突かれることが致命傷になりかねない。西側を中心に八方に散って地上の様子を伺いはじめた。


 その間に重武装のギガントやハンナ以外の爆撃機が戦場に到着して攻撃を開始する。今まで味方だった時には分からなかった教訓が中央方面軍に加えられた。空からの攻撃には勝ち目がない。その現実に部隊に恐慌が起こる。もともとドミニータと交戦していたので対空兵器の備えが少ないことが魔女側の一方的な攻撃につながった。


 それでも敵の数はあまりに多かった。面で押してくるすべての部隊を撃破しても、その後ろから次の部隊がやってくる。よほど用意周到に準備をしていたのだろう。一度ジョルバーナの屋敷に戻り弾薬を補充したハンナが再度攻撃を加えても、まだ敵の後続部隊の姿が見える。兵器の形式や掲げる旗からドミニータ軍だと知れた。


 さらに北方に偵察に出ていたソニアから緊急の連絡が入る。マーラートに護衛された揚陸部隊が海岸線に陣地を構築し侵攻の準備を整えているという。数は大したことはないが、このままだと2正面作戦を強いられることになりそうだった。再び弾切れを起こし、拳銃で士官を狙い撃ちにしていたハンナの心に焦燥が忍び寄る。もうすぐ夜になる。そうなれば撃ち漏らしが発生する可能性が高い。


 このままでは押し切られるのは確実だった。相手の補充能力はほぼ無尽蔵なのに対してこちらは孤立無援。どこにも友軍の当てがない。ジョルバーナに呼応して他のグランマムが協力してくれればと思うがそれも望み薄だった。

「誰か、どこかに私達の味方はいないの?!」 

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