第64話 迫る危機
ハンナからジョルバーナの企みのことを聞かされてもアクス大佐の眉はちっとも晴れなかった。当面の目的地がジョルバーナの屋敷ということが決まったものの、ソーントン将軍から聞かされた期限までは2日と半日ぐらいしかない。ハンナ達が楽しくピクニック気分で話をしている間に進めていた作業の進行を急がせる。
まずは寄宿学校の生徒たちを避難させなければならなかった。まだ半人前の魔女たちは祭りの贄にはぴったりだ。新基地の見学と先輩魔女との交流という名目で強引にラスゴー基地まで連れてこさせる。幸いにひよっ子魔女たちも練習機を飛ばす訓練は出来ていた。
ラスゴー基地は飛行隊の魔女以上に騒々しい一団を迎えて狂乱の坩堝となる。そうでなくても広くはないブリーフィングルームに詰め込まれた魔女たちは人いきれで打ち上げられた魚のように口をパクパクさせる。そこへアクス大佐から2日後に起きることが明かされ会場は騒然となった。
ファハールの背信を憤る声、目にもの見せてやるという威勢のいい声に混じって寄宿学校の生徒たちの不安の声があがる。騒ぐだけ騒がした後でアクス大佐がぴしゃりと宣言した。
「我々はロムルスに移住する。そうすれば少なくても私たち全員が老衰で死ぬまでの期間は安泰だ」
そこからがまた大変だった。各人が旅行鞄1つ分の私物のみ持っていくことを許可され、大騒ぎをしながら準備を始める。大多数が食堂に押しかけて好物を詰め込むのに忙殺された。その間に各隊隊長の手によって警備兵が一か所に集められる。手錠をかけたうえで倉庫に監禁された。
慌ただしい準備の中、別れの挨拶が交わされる。ギルクリストじいさんはすまなそうにしていた。
「ワシももう少し若くて体の自由がきけばのう」
「今までお世話になりました」
「達者でな」
「じいさんも長生きしろよ」
別れは惜しかったが時間がなかった。じいさんにも手錠をはめて食堂のおばちゃんたちを閉じ込めている部屋に放り込んだ。恩知らずのようだが、こうでもしておかないと魔女たちが去った後に責任を追及されかねない。準備が整った隊から順に見習い魔女たちを護衛しながらジョルバーナの屋敷を目指す。
最後の機が離陸してしばらくすると基地へと地上部隊が殺到した。なぜか北部方面具ではなく中部方面軍に属する高速装甲獣部隊だった。
「隊長。あの恩知らずどもにちょっとお土産渡してきていいですか?」
「だめよ。シーリア。放っておきなさい」
「でも、どうせ、すぐに追いかけてきますよ。今のうちに少し叩いておいた方がいいんじゃないかなあ」
「これからは補給も満足に受けられるか分からない。振り切れる相手に無駄に弾を使う余裕はない」
「つまんないの。早く追いかけてくればいいのに。そうしたら、一杯お土産降らしてあげるのにな」
文句を言いながらも渋々ついてくるシーリアの様子にハンナは代替案を進言する。
「隊長。この先のレブロ川にかかる橋は落としておいた方がいいんじゃありませんか? 1部隊を壊滅させるよりは多くの部隊を足止めできると思いますけど」
「それはいい考えね。あの橋を破壊するのはちょっともったいないけど。ああ、私達にはもう関係なかったわね。シーリア。川下側から接近して主塔を吹き飛ばしなさい。ケーブル接触には気を付けるのよ」
シーリアは勇躍して旋回行動に入る。吊り橋に対して直交するように進路を定めると向かって右側の主塔に対して大型のロケット弾を2発発射した。静止目標を外すことなどあるわけもなくロケット弾はみるみる近づくと主塔の根元部分を破壊する。次々とロープを断ち切りながら主塔は崩れ落ちて橋桁も崩落した。
その際に跳ね上がったメインロープがシーリアの機体をかすめる。ブンとうなって迫る金属製のロープを辛うじて回避したシーリアの顔は真っ青になった。
「もう。油断してるからよ。ちゃんと警告したでしょう」
「すいません」
「あはは。シーリアもそんな顔をすることがあるのね」
「う、うるさいわね。誰だってびっくりすることぐらいあるわよ」
「ハンナはそんなことなさそうだけど」
「そんなことはないわよ。私だって……」
ハンナの脳裏をかすめるのは、あの小屋の中の凄惨な光景だった。まるで物のように積み上げられた遺体のことは忘れたくても忘れられそうにない。あれを見た瞬間は心臓が飛び上がりそうになったものだ。急に無言になったハンナを気遣ってゲオルグが気づかわしげな視線を向ける。
「大丈夫よ。さあ。もうすぐでジョルバーナ様のお屋敷よ。これだけの機体がいっぺんに集まっちゃったら大混雑に違いないわ。うまく着陸できればいいのだけれど」
ハンナの心配は杞憂だった。屋敷の外に広がる空き地が急増の滑走路になっていた。
「さすがはジョルバーナ様ね。急いで作ったとは思えないほど魔力調整のバランスがいいわ」
ハンナ達が屋敷に入って行くとジョルバーナが出迎える。
「もうあまり時間はないぞ。早くするんじゃ。もうすぐここに敵がやってくる」
「え。でも。まだロムルスが出ていないのに。それじゃ、飛べない」
「うむ。ロムルスが上るまであと半日はかかるじゃろう。じゃが敵はもうそこまで来ておる。なんとか時間を稼がねば」
その声が終わる前にハンナの姿は消えていた。
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