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 まずはイタリアン料理店のオーナー夫婦だ。開幕戦の数日前に紗世は来店し一平から預かっていたサインが書かれてある色紙を渡されていた。その色紙は大事に入り口の会計する場所の後ろの棚に大事に飾られている。オーナー夫婦はキッチンにある小さなラジオで試合の行方を聞いていた。


「紗世ちゃん残念だったなぁ。一平君はスタメンから外れてるぞ〜」

「フフ。そうね。そのうち出番が来るでしょうし楽しみにしてましょ。活躍したら

 紗世ちゃんと来るかもね。結婚を前提に……なんて」


 次に紗世の元カレである栗原健二は今年もドーム球場横のグッズ売り場で接客をしている。紗世が熱中症にかかった時から交際している相手とは今でも続いており充実した学生生活を送っていた。そして大学の親友である君嶋翔子はアルバイト先のデパートで休憩時間を過ごしている。広い休憩室には開幕戦の中継が放送されていた。翔子は一平の存在を知っていてスタメンの名前が出ていないことを知るが特にそこまで想いは無い。しばらく近い歳のアルバイト女の子と会話をして仕事へと戻って行く。この日は無難に終えれそうで口内炎も治っていた。


『さーて、もうひと頑張りして来ますか!』


 今度は郡山球場と一平のいる寮の管理人は食堂でタバコを吸いながら中継を観ている。そこへ三軍の監督がやって来た。


「岸田はスタメンですか?」

「ん〜?残念ながらスタメンには名を連ねてないみたいだぞ〜。まぁ今日から百四十試合もあるしそのうちポジションを勝ち取るだろうよ……」


 一方で紗世と一平の母校では今でも高校の周辺の清掃に挨拶運動は欠かせていない。清掃活動に関しては野球部に限らず毎週土曜日は一限丸々使って全校生徒が清掃活動を始めるようになった。またグラウンドの方では源田監督の厳しい指導のもと、多くの球児たちが練習に励んでいる。そして前川真一が源田監督からノックを受けていた。前川のユニフォームはもう泥まみれだ。監督の打って来たボールを飛び込んで取ろうとするがもう体が動かない。


「全くしょうがねえなぁ……。おーい!そんなもんかー?米田ちょっと治療してやれ」


 マネージャーである米田仁美は野球部に戻っていた。米田は飲み物とスプレー缶式サロンパスを持って前川のところへ駆け寄って行く。もう米田のガセは消えてしまっている。


「もー!無理し過ぎだよーっ。足が痙攣してるじゃない!」

「米田……?」

「ちょっと変な顔で見ないでよ〜っ。ほら、歩ける?ここじゃ練習の邪魔だからっ」


 米田は足の動かない前川を抱えるようにして移動させる。米田の行動に前川は込み上げてくるものがある。そんな前川を気にすることなく米田はマネージャーとしての役割を果たしていた。


「米田……、ホントにサンキュな……」


 最後は去年まで一緒にビール売りをしていた紗世の憧れの存在でもある住田香織は会議室で研修を受けていた。室内にいる新人アナウンサーは上品そうな女性から真面目一筋といっても過言ではないぐらい凛凛しい顔つきをしている男性もいる。一旦十分ほど休憩に入り香織は外へ出てスマートフォンを開いた。その画面にはイタリアン料理店の夫婦に紗世と四人で写った画像。そしてもう一枚はドーム球場内でビール売りの制服を来た紗世とのツーショット。


『紗世ちゃん、今頃頑張ってるんだろうなぁ……』


「研修再開するよー!みんな戻ってー!」


 香織はスマートフォンを閉じて会議室へと戻って行く。もうその後ろ姿には戸惑いはなかった。

 試合は五回に入ろうとした時スタメンで出場していたセカンドの選手が走塁の際に足を痛めるというアクシデントがあり急遽一平が代走に入りそのまま守備にも付くことになった。記念すべき一平のデビュー戦だ。紗世はアナウンスが聞こえて大声で叫んで喜びたい気持ちでいっぱいだった。しかしホームチームが勝っているためか次から次へと紗世へビールを買い求めてくる。するとあっという間に一平の打順に回って来た。アナウンスが流れているが接客している紗世には聞こえていない。


「二百五十円のお返しですねー、ありがとうございます!」


『紗世!』


 誰かに呼ばれたような気がした紗世は辺りを見回す。するとバッターボックスを見ると一平が立っている。


『一平じゃない!ちょ、ちょっと待って!イイ?落ち着いて。冷静にボールを見極めて……』


 紗世は無意識に両手を祈るように握って一平の初打席を観始めた。二球、三球ほど見送った一平は四球目のど真ん中を打った。しかし残念ながら初打席はセカンドゴロに終わった。紗世はガックリしてスタンド内の階段を上って行く。内心はホッとしてもいた。


『アンタの選んだボール、決して間違ってないと思うよ……。なんだかホント期待したくなっちゃった。早くイッパシな選手になってよね!その時は、その時は〜……。ってやっぱ恥ずかしいよ……』


「すみませーん!ビール下さーい!」

「あ、はーいっ!」

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憧れの背番号を夢見て 海貴ヒロヤ @life-off

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