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「なあ、オレなんだか来なければ良かった気がする……」

「だよね……。本来なら体が鈍らないようにここへ来たのにさ……。ここも当時のまんまだと思って私もアンタにとことん怒鳴りつけてやろうって思ってたのに」

「コイツらの中ってさムードメーカー的なヤツがいねえんだよなぁ。でもそんなヤツがいたらまた何かしらの言いがかりをつけられていじめの対象になるんだろうなぁ」


 しばらくして米田がグラウンドへと戻って来てベンチに座っている紗世たちに気づき走って来る。紗世はなんとか笑顔を作ってベンチへ来た米田を隣に座らせた。一平も心配そうに米田を見ている。


「大丈夫?」

「はい。さっきの先輩って凄かったですね!私、もう踏ん切りがつきました。先輩には申し訳なく思ってますけど……」

「え?辞め……ちゃうの?」


 紗世の問いに米田は静かに頷く。一平は鼻でため息吐いて空を見上げていた。紗世も何か言葉をかけてあげたいがどうしても浮かばない。すると米田が明るく紗世へ話し始めた。


「そんな暗い顔しないで下さい。私はここの部員たちは嫌いだけど野球は大好きです!」


 そう話していると監督を含めて呼び出された数人の球児たちがグラウンドへと戻って来た。そしてベンチにいる三人へ監督が手招きをする。紗世と一平は重い腰を上げて渋々彼らのいる所へと向かう。


「まずはこいつらが米田へ謝りたいそうだ……」


 呼び出された球児たちは事の重大さを認識出来たのか表情が憔悴しきっている。しかし謝罪している彼らへ顔を向ける気にもなれない米田はゆっくりと思いを語った。


「どうであれ、もうここの部員たちと一緒にいたくありません……。今日をもって辞めさせて頂きます。監督が私と向き合って悩みを聞いて下さったことは本当に感謝しています。すみません……」


 すると一人の球児が呟くように話し出した。


「辞めないでくれよ……」

「……前川君?」

「オレがオレが悪いんだ……。お前に振り向いてほしくて、オレだけに興味を持ってほしくて……」


 呼び出された球児たちが下を向いている中で前川だけが米田の前に立ち両手を握って熱く語り始めた。


「事の原因はオレなんだよ!コイツらは悪くないんだ。オレがコイツらに米田のことが好きだと相談したら協力してくれて思いついた手段がこうなってしまったんだ!監督、悪いのは自分なんです!彼らとは中学からの友達でもあってケンカしてからずっと自分の言いなりになってたんです!自分の頼みを聞けば断る事の出来ないヤツらなんです!」


 それを聞かされた紗世は驚きを隠せない。しかしよくよく考えると初日の練習後に声をかけて来たのは米田と会話をした後で米田が紗世へ何か前川のことを話したんじゃないのかと不安になって声をかけて来たのだと解釈が出来る。ある意味固い絆ではあるがそれはどうやら違ってた方へと進んでいたようだ。紗世はなんだか遣る瀬無い思いでいたその時、一平が「てめえ!」とグイッと前川の胸ぐらをつかんだ。もう前川は殴られる覚悟も出来ている。仮に殴られても学校へ訴えるつもりは毛頭無い。すると血相を変えて横にいる球児たちがビクビクしながら一平の腕を抑える。


「岸田先輩!やめて下さい。まずは僕たちを殴って下さい!当然殴られたことで米田さんの気が晴れるとは思っていません!全ては僕らが幼稚な考えさえ出さなければこんなことにはならなかったんです!米田さん、本当にごめん……。でも前川の想いは本当なんだ。だから君は辞める必要はない!監督、どうか前川君と米田さんは辞めさせないで下さい!悪いのは僕たちなんです!僕たちが辞めます!それで広まってしまった悪い噂を流した償いをさせて下さい!」


 彼らはどうやって償おうというのか。一度広まってしまった噂なんてすぐに消えるものではない。すると黙って聞いていた紗世が静かに口を開いた。


「ならまず朝練でとことんユニフォームを汚しなさい。そして毎朝校門に立って挨拶するとか。どうしてアンタたちだけがシゴかれてるかと噂がすぐに広まっていくでしょうし……。あとは監督が決めて下さい……」

「どうだ……。前にも言ったが監督の俺からも米田には辞めてほしくはない……」


 米田は怒りをこらえながらも返事が出来ない。勝手な前川の恋の対象にされたために何故こんな目に遭わなきゃいけないのか、好意を持たれるのは嬉しい。複雑な思いと身勝手過ぎる彼らの行動にどこへこの怒りをぶつけたら良いのかと。


「じゃあ俺が決めさせてもらう。まずは野球部員みんな朝の六時から学校周りの掃除だ。そして七時半から俺と校門に立って挨拶運動。少しでも声が小さくなったら俺はお前たちを容赦しないからな!そして米田……。今は気持ちの整理がつかないだろう?落ち着くまで自宅で休養を取ってほしい。それで改めて辞めるかどうか結論を出してくれないか……」


 結局米田は監督へ返事が出来ないまま頭を下げてグラウンドを後にした。前川が「米田!」と呼び止めるが振り向くこともなく足早に去って行く。紗世は大晦日まで地元にいたが米田の姿を見ることは出来なかった。ただ一つだけ変わったのは球児たちがより真剣な表情を見せて練習に励むようになったことだ。あとは監督か一平に電話で聞いていくしかない。

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