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 午前中の練習が終わり昼休みに入ろうかというところ米田は源田監督から呼ばれ校舎の方へと入って行った。監督は厳しい表情のままで米田は少し怯えているようにも見えて二人には緊張感が走っている。紗世も付いていきたい思いでいっぱいだった。しかし紗世から見る米田の朝の表情には覚悟を決めているような目つきでもう何も言えなかった。監督と米田は冬休みで誰もいない廊下を歩きながら職員室へと向かって行く。米田は意を決して話すつもりでいたが、いざその時が来ると緊張が高まり目から涙が出そうになって必死に堪えている。そして誰もいない職員室へ入り源田監督は自分の机の椅子に座ると米田へ隣の空いてる教師の椅子へ座るよう促す。練習が終わってから後ろ姿を追うように職員室へ来て監督の顔を見れなかった米田は初めて見る監督の和んだ表情に戸惑いを隠せない。


「それで、どうした?珍しいじゃないか」

「はい……。私もう辞めさせてもらおうと思ってるんです……。やっぱり加美川先輩が来られて私自身マネージャーとしての役割を果たせれていないのを実感しました」


 監督は米田の第一声を聞いて窓越しに外を眺めて小さなため息を吐いた。


「辞めたい理由はそれだけか?他にも不満があるんじゃないのか?」


 その問いに米田は涙ながらに紗世へ相談した内容を話した。源田監督は米田から目をそらさず黙って聞いている。その目には自分の事のように聞いてくれていると米田はそう見えていた。決して善意で米田へそんな表情をしているわけではない。どの世代関係なく学校内で噂が出れば感染したかのように蔓延していく。しかも場合によっては尾ひれが付いてだ。それが自分の教え子たちから出たことが監督にとって悔しくて仕方なかった。そして女性のいない体育会系の部活へ一人マネージャーとして部員をケアしているのに仇で返す。これはせめて野球部だけでも考えを改めさせる必要があると監督はそう感じた。


「……そうか。そんな辛い思いで部員たちと接してくれていたのか。あいつらには罪の意識なんて全く無いんだろうなぁ」


 米田はハンカチで涙を拭うが監督と会話する緊張と一人でこんな部員たちに精神的に振り回された苛立ちとで涙が止まらない。そんな米田へ監督は意外な言葉を使う。


「まずは俺から謝らせてくれ。今まで気づいてあげられなくて本当に申し訳なかった……」


『え?』監督直々に謝られるとは思いもしなかった米田は何かの聞き間違いではないかと溢れるように出ていた涙が一瞬だけ止まり、最後のひと粒が先ほどまで流れていた涙を追いかけるように頬の上を流れていく。


「俺はお前には辞めてもらいたくはない。お前も加美川と同じように野球が好きだから入ってきてくれたわけだろ?」


 米田は泣いて火照った顔から出てくる鼻水をハンカチで抑えながら監督の質問に黙って頷く。監督は一向に米田から目をそらさない。


「お前にかけてしまった負担は俺にも責任がある。どうかその償いをさせてくれないか?どうしても今は気持ちを切り替えられないのなら数日は休んでもらっても構わない。お前がどんな思いでマネージャーをしているのか、一つのガセでどれだけ辛い思いをしてきたか、俺はあいつらにもそれを分からせたい。まずは朝礼でそれを言いたいと思ってるんだがそれはどうだ?」


 監督の問いにこれは米田もどう返事をすべきか分からない。『出来るものなら私の前で犯人を突きとめて公開処刑してほしい!』その思いはあるに決まっている。しかし米田の性格上それを要望することなんて出来ない。内心、真摯に自分の目を見て聞いてもらえただけでも十分だった。


「とりあえず、今日は早退するか?無理しなくても良いぞ……?」

「……いえ。午後もやらせて下さい。声出しは自信ないですけど……、すみません」

「分かった。とにかく今日はしんどくなったら遠慮なく言ってくれ。加美川経由でも構わないから。まずは精神面で元気を取り戻さないとな……。無理だけはしないと約束してくれ」

「……はい。聞いて下さってありがとうございます」


 そう言って米田は職員室を後にした。一方で紗世の方は職員室から少し離れた階段のところへ座って米田が出て来るのを待っていた。それまでの時間がとても長く感じている紗世はイライラし出して貧乏ゆすりが止まらない。すると職員室のドアの開く音が聞こえてコソッと壁から見ると米田が鼻をすすりながら反対方向へ歩いて行く。紗世は静まりかえった廊下を足音を立てないようにゆっくりと職員室へ向かった。職員室を覗くと源田監督だけしかいない。なにやら上を向いて考えごとをしているみたいだ。紗世は優しくドアを『コンコン』とノックすると監督は『はっ!』驚いたようにドアの方へ顔を向ける。その存在が紗世だと分かり安堵感を見せる監督は入って来るように手招きする。紗世はいかにも職員室内に多くの教師がいるかのように何度も会釈をしながらドアを開けて入った。

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