一平に檄を飛ばしに来たはずが……

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 母校のチャイム音を懐かしんでいた二人の後ろ姿を先ほど紗世へ声をかけた球児が陰から見ている。もちろん二人は彼の存在に気づいてはいない。一体彼はどんな目的で見ているのだろう。紗世に興味があるのか、二人の恋をしている光景を好奇心で見ているのか、それとも何か深い理由があるのか。すると源田監督が校舎から出て来たのを見た球児は気づかれないように去って行った。校門で合流した三人は高校の近くにある個人で営んでいる焼肉屋へと向かう。お店へ着いてドアを開けた瞬間店内からお肉を焼いて染みついた香ばしい匂いが三人を出迎える。店内の広さは紗世が何度か通ったイタリアン料理店とさほど変わらない。監督が先頭になって四人がけのテーブルへ紗世と一平が並んで向かいに座った監督はメニューを見ることなくまずは生ビールを注文した。


「お前たちはどうする?もう飲める歳になったんだろ?」

「監督すみません。僕は契約上飲酒は禁止されてて……」

「え!そんなことまで契約書に書かされてるのか?」

「そうなんです……。練習後に飲むビールを一度監督としてみたかったんですけど」

「まあそんな悲観するな。加美川はどうする?」

「じゃあ私はお言葉に甘えて……。良いよね?一平はウーロン茶だけど〜」

「またそうやって嫌みを込めて言う〜。好きにしろよ」


 そうやって三人はテーブルに置かれた飲み物を持って乾杯した。『カンッ!』とグラスを当てた音を立ててしまい、一平は注意しないのかと紗世の方を見るがさすがに源田監督にはマナー違反だと注意は出来なかった。そんな紗世は開き直ってジョッキに入った生ビールを半分まで一気飲みする。


「加美川〜。ちょっとペースが早いんじゃないか?」


 そう声をかける監督の表情はユニフォームを脱ぐと普通のおじさんで表情はとても丸くなっている。そんな監督はメニュー表を見ながら値段関係なく注文していく。ここの出すお肉は全て国産ではあるが世間の言う最高級の牛を使ったお肉は無く値段もそこまで高くはない。そのため食べ盛りである一平の食欲を考えても監督の財布事情には痛くも痒くもなかった。そして何品か届くと焼き始めて半ナマの状態で一平は監督や紗世を気にせずガツガツと白ごはんと一緒に食べ始めた。紗世も食欲はあるが今回は焼く側へと専念してちょこちょこと食べていく中監督は紗世へ話しかけた。


「それで。米田とはどんな話をしてたんだ?」


 紗世は言葉を選びながら米田に球児のケアをしてあげない理由などを細かく説明をした。そんな監督は落ち着いた表情を崩さず一平もお茶碗を持って食べながら紗世の話を聞き入っていた。


「……そうか。あいつそれで暗かったのか」

「やっぱり監督の耳には入ってませんでしたか……。米田さんあの感じじゃ相当悩み込んでたみたいです。それで監督へ相談してみたらと提案はしてみましたが……」

「でも相談して解決するかどうか不安がってるわけか……。俺もまだまだ監督として未熟だなぁ……。そこまで深刻に悩み込んでいたことに気づいてあげられなくてさ……」

「監督。それはどうでしょう?あれだけ部員がいたら誰だって目が届かないと思います。私だったら監督を責めることはしません。それに……、米田さんは一人で悩み込む性格みたいなので……」

「う〜ん……。まあお前がマネージャーしてた頃なんて直接言いに行ってたもんな。その被害者が加美川の隣にいるんだからなぁ。岸田も加美川の貫禄に萎縮してたよな」


『ゴホッ!ゴホ』網焼きのカルビをツヤのある美味しい白ご飯と一緒に堪能していた一平はまさか自分の過去話を持ち出すなんて思いもせずむせてしまった。涙目になっている一平は紗世から背中をさすられながらも苦笑いを浮かべている。


「でも加美川に来てもらって良かったよ。お前と米田とは性格が全く違うしな。ただ最近メモを取るだけで声出しもしなくなってたからさ、OBとしての加美川に一度は訊いてもらえたらなとは思っていたんだ」

「そ、そんな。私なんてやっと二十歳になったばかりですよ?人の性格まで分析する能力なんて持ち合わせてないですし」


 そう言った紗世は一杯目のビールを飲み干した。そして何故か頭痛が走る。『しまった!』紗世はウコンを飲まずにここへ来てしまっていた。しかも米田の話は決して軽い内容ではないために余計に酔いが早くまわっている。あれだけ香織やイタリアン料理店のオーナーから注意されていたのに今になってそのアドバイスを重く受け止めた。


「それで後日監督へ相談しに来るかもしれません。もし彼女が一人で不安で「一緒に来てほしい」と言われたら同伴しようとは思っています。なるべく監督へ失礼のないように言葉を選ぶつもりですが……」

「分かってる分かってる。それで米田が元気になる兆しを見つけられるなら問題無いだろ。考えてみると米田と向き合って話したことも無いしこれも良い機会だ」

「え!全く無かったんですか?も〜う監督〜」

「いや、あいつは一年の時なんて今以上に内気な性格だったんだ。俺が声を話しかけても緊張してるみたいでな。そのうち慣れてお前のように話しかけて来るだろうと思ってたんだけどな……」

「でも、それは監督は監督なりの貫禄があるので緊張して当然だと思います。とりあえず私は彼女が苦にならないようにアドバイスが出来たらなと考えてますので」

「おー、それは有難い。分かった。よろしく頼むな!さ、じゃあ俺たちも食べよう!」


 一旦米田の件はそうまとめて一平に続き紗世と監督は追加注文して食べ始めた。しかしこの時点で悪酔いしている紗世は食べ終わりしばらくして焼肉屋のお手洗いへと行きせっかく食べた美味しいものを全部吐き出すハメになってしまう。まだ紗世の頭の中はぐるぐる回り帰る際一平に腕を組んでもらいながらその日は寮の空いている個室で一人一夜を過ごした。

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