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 紗世とイタリアン料理店で食事をして一週間も経たず一平は地元の高校へと帰って来ていた。源田監督とも挨拶を済ませてグラウンドに入り三十分ほど主将と主力選手何人かで体を動かしながら会話をしていた。もう季節は冬で冷たい空気が流れているが一平を含めた高校球児たちの肌の色は黒く焼けていてその姿が勇ましく季節感を全く感じさせない。そして源田監督がグラウンドへと入って来て大声を出して球児たちを集める。


「よーし、全員集合ーっ!」


 練習していた球児たちは手を止めて監督のもとへ駆け足で集まって来る。そして高校球児たちの前に源田監督、岸田一平、そしてマネージャーが立っている。そして声を揃えて監督たちへ挨拶を済ませた。


「よーし、お前たちにこの前も言ってたが今日からお前たちの先輩にあたる岸田一平が一緒に練習する。みんなも知ってると思うが彼はプロ契約を結んで来年からは一軍の選手たちと春のキャンプを迎えることになる!岸田にも言ってるがここで練習するからには卒業生であっても容赦なく向き合っていこうと思う。お前たちも岸田に負けない姿勢で臨むように!」


 源田監督の緊張感を走らせる檄と説明を聞いた球児たちみんなグラウンド内に響き渡るように一斉に大声で返事をする。さらに監督は話を続ける。監督はベンチの方から手招きをしながら一人のブランドのジャージを着た女性がゆっくりと出て来た。それを見た一平は口を真一文字に閉じていながらも目だけはパチクリさせている。


「そしてもう一人今回のために地元に帰って来てくれた元マネージャーの加美川紗世さんだ!加美川は岸田と同級生で当時一番声を出していたと言っても過言ではない存在だ。言っておくが加美川の貫禄は凄いからな!じゃあ岸田と加美川、みんなに挨拶して」


 紗世が来ていることに戸惑いを隠しながらも一平は表情を作って話し始めた。


「皆さん、おはようございます!今日から年明けまで一緒に練習させてもらうことになった岸田です!自分は来年の春から一軍のキャンプに参加することになりました!そこで自分のために、そして頑張ってるみんなに恥じないように当時の気持ちに戻って練習に取り組んでいこうと思います!よろしくお願いします!」


 高校球児たちも「よろしくお願いします!」と快く出迎えるかのように大声で返事をしてくれている。そして紗世の番だ。見た目が一人浮いている紗世に素直な球児たちは見てるだけで顔を赤くしている。紗世もそれには気づいていて少し照れていた。


「おはようございます……」


 すると監督が呆れ気味な口調で紗世を注意した。


「加美川〜、いくらなんでも声が小さすぎだぞ〜。ちゃんと大声で!」

「あ、は、はい。『ゴホン!』では気を引き締め直して……。みんな、おはようっ!」


 監督、一平を含め球児たちみんな紗世のひょう変ぶりに一瞬ビクッとした。


「今回は源田監督の方からみんなへちょっと檄飛ばしてやってくれと言われて来ましたー!私も受けたからにはただ見てるだけじゃなくて声出しだけでも一生懸命させてもらいます!よろしくっ!」


 選手たちは紗世の見た目とのギャップを感じるためか返事がない。監督は学生時代の紗世を知っていて初対面の球児たちはこんな反応だろうと予想はしていた。


「オイオイー。今の加美川の声お前たちより出てたじゃないかー。どうした?お前たちはこれより大声で返事を出来ないのか?加美川より声が出ないんじゃ来年の甲子園も出れないぞ!ちゃんと加美川へ挨拶しろ!」


 源田監督から言われた球児たちは我に帰り一斉に紗世の方へ「よろしくお願いします!」と声を出した。そして一平は選手に混じってランニングから始まった。監督は紗世を呼び現在のマネージャーを紹介してきた。


「あ、加美川先輩。はじめまして米田仁美と言います。先ほどの先輩の貫禄凄かったです……」

「アハハッ。驚かしちゃってごめんね。監督から言われてついスイッチが入っちゃった。米田さんね?加美川です。ちょっとの間お世話になるけどよろしくね」


 そして二人の会話を聞いていた監督が間に入って来た。集合させた厳しい表情はどこかへ行ってしまっている。ほんの束の間の休息だろう。


「米田、どうだ?加美川の貫禄。俺でも時々ビビる時があったんだぞ〜!」

「そんな、監督大袈裟です!久しぶりに緊張しましたけど……」

「そうだよなぁ。本当にありがとうな。米田も遠慮なく加美川に聞きたいことがあったら聞くんだぞ!プライベートでも何でも良いからな」


 最後に冗談を交えた監督は厳しい表情へと戻し全体練習をしている選手たちのところへと向かった。紗世のいた頃と比べると監督は大きくなっている。そして厳しい時に見せる監督はさらに一段と迫力を感じさせるような顔つきになっていた。『ヒャ〜……。今の子たちってかわいそう〜……』と思いながらも少し球児たちの不幸も笑っていた。そう考えている紗世に米田が話しかけてくる。


「でも監督から先輩が来るとは聞いてたんですけど、こんなお綺麗な方だとは思いませんでした」

「そ、そんなことないよ。米田さんも可愛らしいじゃない!でも、ありがとう」

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