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『全く……』紗世は一平に対し少し呆れていた。別に紗世は一平を嫌いではない。ただ恋愛対象にはまだ入っていないだけだ。一平の見た目は悪くない。場合によっては相手次第では即交際に発展することもありえるだろう。しかし紗世は慎重に相手を見極めて判断したい、それだけだ。

 一平と会う当日紗世は最寄りの唐仁町駅の改札口でスマートフォンを見ながら待っていた。夕方の四時過ぎの駅は多くの高校生が会話をしながら改札口から出て行っている。そんな高校生たちに紛れ一際目立つ一人の高身長で肌黒い男性が混じって改札口から出て来ようとしていた。


「おーい、岸田君!こっち、こっち!」


 高校生たちはそんな紗世の仕草を見て目もくれず自分たちの会話に専念している。呼ばれた一平は紗世に気付き小走りで駆け寄った。まずは紗世からドタキャンされなかったことにホッとしている。そして全体的に髪が少し伸びて前髪が流れるように見せている紗世を見てドキッとしていた。


「ごめん、待った?」

「もー、遅過ぎー!私三十分前から来てたんだからー!」

「えぇー!そんなに早くー?」

「ハハッ!冗談。ついさっき来たばかり。さ、行こっか」


 紗世から意表を突いた冗談を聞かされて反射的に叱りつけるところだった。紗世のこんないたずら心は高校時代から変わらない。そして二人は何気ない会話をしていくうちにイタリアン料理店の近くにあるコンビニへ着いた。一平は『食事前なのに何を買うんだろう?』と首を傾げながらコンビニの看板を見上げている。


「なあ、またどうしてコンビニへ行くの?」

「だってウコン飲んどかなきゃ!ワインって結構強いからさ」

「オ、オイ加美川、オレ言ってなかったっけ!アルコール類禁止されてるの」

「はぁ?私そんなこと聞かされてないよ!え、なに飲んじゃいけないの?」

「そうなんだ。成人はしたんだけど一年間飲酒は禁止ってことになっててさ……。え、そこってお酒がメインなのか?」

「へえー。そんなことまで契約書に書かれてるんだ。大丈夫よ、料理だけでも」


 そして二人はイタリアン料理店へと着いて、いつもながらオーナーがドアを開けて出迎えてくれた。まだ四時半過ぎで開店まで三十分早いが、紗世はオーナーへ前日に事情を話していた。ただオーナーは誰と来るかまでは聞かされていなかった。

「はーい、いらっしゃいませ。……って、えぇ!岸田選手?この間支配下登録されてニュースに出てた」


『ちょ、ちょっと!』と一平は両手を前に出してオーナーの話を遮ろうするがもう遅かった。一平は来年までは紗世へ黙っておこうとしていたのにそれが台なしなってしまった。一方で紗世の方はというと別に驚いた表情すら見せない。つい先日、源田監督から契約を交わした話を聞かされていたからだ。さらに年末年始に母校へ戻ることも。二人はオーナーに案内されたテーブルへ向かうが一平は落胆の色を隠せなかった。


「うわぁー!ここの店にプロの選手が来るなんて初めてだよー!良かったら後でサインして頂けますか?」


 一平は苦笑いを見せて返事をするが頭の中では『もうやめてくれ〜。オレの計画が……』と練っていたことが一瞬でパアッとなってしまった。そんな一平の顔を見て少しニヤケながらいたずら心が沸き起こり紗世の悪いクセがまた出始める。


「ねー、プロって言ってるけど、それってどういうことー?」

「あ〜……、それはだなぁ、その〜」


 一平はどう返事しようかと困っている。そしてオーナーがキッチンの方から間に入って話し出した。


「あれー?紗世ちゃん知らなかったのー?岸田さんはこの間プロ契約を結んで来年の春のキャンプは一軍で過ごすことになったみたいでさ、これってスゴい出世なんだよー!異例中の異例なんて専門家からも言われてさ、やっぱ紗世ちゃんの応援が効いたんだよー!」


 今度は紗世が慌ててオーナーの話を遮ろうとした。もう二人とも頭の中がごちゃごちゃになってきている。一平はプロ契約を結んだこと、紗世は陰で一平を心配していたこと、結局二人とも隠していたかったことがあっさりバレてしまった。そしてオーナーが二人のもとへお水の入ったガラスのコップを持って来て、紗世は空気を変えるために慌ててオーナーに話しかけた。


「ところでオーナーさん、今日はお酒飲めないんですけど……」

「そうなんだ?じゃあ今日はどんなメニューでいく?岸田さんは苦手な食材とかおありですか?」

「いえ、特には……。でもせっかくなのでお肉もお魚もどちらも食べたいです!」

「かしこまりました。ということで紗世ちゃんも岸田さんと同じで良いかな?」

「はい!お願いします」


 オーナーは注文を聞いてキッチンへと戻り、一平は店内を見回している。まさに紗世が初めて来店した時と同じ仕草だ。そんな一平を見て紗世は少し当時の自分を懐かしく思っている。『あ、そうだ!』と紗世はオーナーへ呼びかけた。


「あ、オーナーさん。私たち炭酸水をお願い出来ますか?」

「ハハッ。そうだった。お酒以外のお飲み物の注文聞いてなかったね」


 業務用冷蔵庫から炭酸水の入った瓶を二本取り出してフルートグラスと一緒に持って来たオーナーは瓶の栓を抜いて注ぎ始めた。そしてオーナーがテーブルから離れて行くと紗世はグラスを持って一平へ笑顔を見せながら言った。


「それじゃあ乾杯しましょ」


 一平は言われるままにグラスを持って紗世のグラスへと当てようとしていた。そんな一平の行動に『やっぱり』と思い手を止めて説明を始めた。


「岸田君、ダメよ。グラスを当てるのは私たちのマナーを疑われるんだから……」


 つい数ヶ月前は香織に教わっていたことを今度は紗世がすることになるなんてオーナーはそんな微笑ましい二人のやり取りをキッチンの方から料理を作りながら見ていた。そして一平はそんなマナーがあるなんて初めて知った。いつも三軍の試合に勝った時は寮の食堂で麦茶の入ったコップを持ってそれこそ音を立てて当てながら乾杯をしていた。だから紗世からそんなことを聞かされた一平は少し戸惑っている。


「はぁ?そんなマナーがあんの?別によくね?」

「ダメだよ〜。岸田君もその内レギュラーを勝ち取ってさ、高級なお店に行って素敵な女性と行ったら間違いなく同じこと言われるよ?」


 一平は『そこまでこだわるもんかぁ?』と首を傾げている。そしてオーナーは前菜に長ネギを使ったマリネを持って来た。一平は大きな白い皿にお洒落に盛られたマリネを見て先ほどまで抱いていた乾杯に対する疑念がどこかへと過ぎ去っていく。

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