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 翌日紗世はアルバイトが休みだった。大学はまだ夏休み中で紗世は夏期講習などは受けていない。お盆前に来て猛暑日が続いている中、紗世は午後の三時過ぎに内科へ行きお医者さんに診てもらうとやはり夏風邪だという診断結果だった。この時点で熱も下がっていて処方箋までは貰う必要がないと医師から言われて会計を済まし病院から出ると、まずは迷惑をかけた香織へ診断結果の報告をメールでしておくことにした。健二の方にはもう送らなかった。しかし感謝の思いでいっぱいであることに変わりはない。

 その後、紗世はなんとなく駅近くにある通りを歩いているとオーナー夫婦の経営しているイタリアン料理店の前に来ていた。紗世は窓越しから店内を見ると奥さんがテーブルを拭いている。それを見て愛想笑いを見せながら軽く『コンコン』と窓をノックした。背中を向けていた奥さんは驚いて外の方を見ると紗世に気付いて笑顔を見せながら入口のドアを開けてくれた。


「あらー、紗世ちゃんじゃなーい。あれ?今日は一人?」

「はい。今日はバイトも休みでなんとなく散歩してたらお店の前に来ちゃって」

「そっかー。ありがとう。良かったら中で涼んで行かない?」


 紗世は言葉に甘えて店内へ入ると程良く涼しい冷風が天井の業務エアコンから吹かれている。奥さんは開店準備をしていたのか、テーブルに水拭きモップが立てられてその下にバケツが置いてある。それを手際良く片付けて奥さんはキッチンから冷水の入ったガラスのコップを持って来てくれた。


「あ、すみません。ありがとうございます!ご迷惑じゃないですか?」

「ううん大丈夫。まあゆっくりして行って。それにしても暑い日が続くわねー。体調崩したりしてない?」

「ハハ…。実は昨日帰りに体調崩しちゃって内科の帰りだったんです」


 そう聞いた奥さんは少し心配そうに紗世を見ている。精神的に強い性格だとは知っているが時にか弱い女性であることに変わりない。しかもこの猛暑日が続く中で元気でいる方が不思議なくらいだと奥さんは思っていた。


「そうだったんだー。それでお医者さんからは何と言われたの?」

「いえ、そんな大したことじゃないんです。単なる夏風邪だって言われました。もう熱も下がったし大丈夫です!」

「そっかー。それは大事に至らなくて良かったねー。でもあまり無理しちゃダメよ」

「はい!ありがとうございます。ところで今日オーナーさんは?」

「んー?ちょっと材料が足りなくてそこのスーパーに買い物に行ってる」


 そう言っている内にスーパーの袋を持ってオーナーが裏口から帰って来た。そこでオーナーは店内に紗世がいることに一瞬驚いた表情を見せたが紗世を歓迎してくれた。


「おー!いらっしゃーい」

「こんにちは!すみません、お邪魔してます」

「いやいや、まあ暑いしゆっくり涼んで行きなよ。あ、そうだ!岸田って選手だよね?紗世ちゃんの同級生の。この間テレビに映ってインタビュー受けてたよー。しっかりしてるじゃん」


 奥さんも紗世へ何か言わなきゃと考えていたがやっと思い出して手を叩いて話を続ける。


「そうそう!それを言おうと思ってたの。結構イケメンじゃない」

「えー?岸田君イケメンですかー?でもテレビに映ってたのは知らなかったです」

「あー。なんだか朝の番組で『若手の有望株』って取り上げてて彼も映ってたんだよ」


『はぁ?岸田君が……?』でも郡山球場に行った時、一平の練習している顔つきは見違えるように変わっていて勇ましく見えていた。あれから連絡のやり取りはしていない。しかしテレビでそうやって取り上げるということは一生懸命になって練習してるんだということが分かった。


「彼もこのままの調子で行けば来年は一軍に選手登録をしてもらえるんじゃないか?」

「そうよねえ。監督もなんだか『最近見違えるように練習に励んでる』って彼を褒めてたし。……え?まさかその原動力は紗世ちゃんじゃないでしょうねー?」


 少し揶揄い口調で言ってくる奥さんに紗世はどう反応すべきか戸惑っている。確かに一平に対して檄を飛ばしたことは事実だが、そんな簡単に気持ちを切り替えれるとは思えなかった。しかし駅で電車に乗る際に力強く抱きしめられた時、一平が何か強い決意を示したような感じにさせられて、一平自身も『試練』という言葉を使って紗世を納得させられるような考えを述べていたことも思い出した。


「そ、そんな。私は何も……」


 奥さんは紗世の反応を見てなんとなくそう察していた。香織がアルバイト先で観客と揉めた時に突発的な行動をとっていた紗世はその時よりも性格的に成長している。それと誕生日会後のことも香織から電話で聞かされていた。そう考えるとより深みのある言葉をかけているのかもしれないと奥さんはそう悟った。紗世は相手の思いを聞いてから意見を言えるような考えを持てるようになったとも香織から聞かされて高校時代の同級生ともなればより強い想いもあるだろう。奥さんはそんな成長している紗世の姿を見ていて嬉しくなっていた。

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