一平からの告白

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 それから学業もアルバイトも無難にこなす日々が続きプロ野球はオールスター戦が三試合、そしてその後は敵地での六連戦のためしばらくドーム球場には用事が無かった。大学も前期試験が終わり紗世は夏休みへと入っていく。翔子は実家へ帰り香織は内定をもらったテレビ局の方へ行っている。紗世はというと、県境にある郡山球場へ来ていた。真夏の強い日が差す中、日傘をさすようなこともせず首回りにタオルを巻いて野球帽を被りながら紗世はスタンドに座り五百ミリのマグボトルに氷の入った冷たいお茶を飲みながら一平のいる三軍の試合を観ている。紗世の中ではこの暑い中で観る野球が嫌いではない。この日は三十五度という猛暑日。しかし高校時代では汗を掻いて応援することがやり甲斐でもあった懐かしい思いがして紗世は嬉しく感じていた。

 一方ベンチの方では数人の選手が紗世を見て話していた。それまで一平は紗世が来ているなんて思いもしなかった。


『加美川?』


「うわぁ。こんな炎天下に観に来てくれる人なんているんだなぁ」

「大丈夫かぁ?熱中症みにならなければ良いけどさ〜」


 一平はセカンドの位置について守備練習に励んでいる。紗世の目には高校時代のような無邪気さは感じられないが、ユニフォームを汚し歯をくいしばってボールを追いかけながらコーチのノックを何度も受けている。


「ほらーっ、どうしたー!足が遅くなって来てるぞー!もうバテて来たのかー?しんどいならグラブ外せー。お前が外さない限りオレはノックを続けるぞー!」

「まだまだいけます!お願いします……」

「そんな声じゃ上へ這い上がれねーぞ!しっかり声出せよー!」


『岸田君……』


 泥まみれになった一平の目にはもう後がないと危機感を抱いていた。決して強がりなんかじゃない。やっぱり野球を続けたかった。好きな事をして給料が貰える。それが理想的なのは多くの人も同じ気持ちだろう。嫌な思いをして仕事をするのはただストレスを溜めて体を壊すだけ。都合のいいように扱き使われて企業によっては有休消化もしてくれず辞めて残るのはお金でも達成感でもない、後悔と憎しみだけだ。そんなストレス社会に出て行くくらいなら球団から戦力外と言われるまで気が済むように好きな野球をやればいいと思う。残念ながら給料は安いがそれが苦にならないのであれば。

 そして、ノックを数十球受けた一平は横っ跳びになってボールを取った。もう体が動かない。一平はうつ伏せになって歯を食いしばりそして紗世の前で大声を出した。


「チクショォーッ!」


『なんでなんだよ……。こんぐらいでバテんなよ。もう少し頑張れば先が見える気がするんだ……。頼むから』


 すると一塁側から観ていたヘルメットを被ったコーチが一平を慰めながら起こされている。一平はコーチの手を払いのけてノックを受けようとしている。しかし一平の足はもうグラついていた。掻いている汗も尋常じゃない。紗世はもう見てられなかった。


「……岸田君。もういい……。岸田くんっ!もうヤメてぇーっ!」


 一平だけでなくグラウンドにいる選手みんなが立って観ている紗世へ振り向いている。紗世を見てヘラヘラ笑っている選手もいた。一平は息が上がって紗世の方へ顔を向けるのが精一杯だった。そしてコーチは一平をなだめながらベンチへと連れて行く。それから二時間が経ちベンチ前でミーティング、グラウンド整備を終えた一平はスタンドの方を見ると紗世はまだ座ってくれていた。今日も一生懸命になれた一平はきつかった。もう愛想笑いも出来ないが、それでも紗世のいるスタンドへゆっくりと階段を上って行った。

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