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「全く〜……、今回は紗世ちゃんの誘惑に負けちゃった。恥ずかしいじゃないの〜」

「へへ〜。でも奥さんこれで良いんですよね?」

「紗世ちゃんの言うとおり。別に泣くなんて恥ずかしい事じゃないのよ……。どんな心境であっても泣きたい時は思いっきり泣かなきゃ」


 気が強く常に競い合う環境を目の当たりにして学生時代を送って来たような紗世にとってオーナーの奥さんや香織と出会い、今まで気の利くような姿勢なんて持っていなかった。おそらく元カレである栗原健二に対する思いもそこまでなかっただろう。紗世の性格も徐々に成長し大人になってきている。


「はーい、お待たせ。今日は赤ワインで行こうか、香織ちゃんの大好きなランブルスコ」

「今回はこれに合う具材は何ですかー?」

「おー!紗世ちゃんこの店に慣れてきたね?どうする、お魚が良い?それともお肉?」


 ワイングラスを持って注いでもらった赤ワインの匂いを楽しみながら香織は紗世へ話しかけた。香織の目が少し腫れている。


「今日は紗世ちゃんが決めて」

「それは……」

「今日は紗世ちゃんがご馳走してくれるんでしょ?」


『しまったー!』


 今日の提案は紗世がご馳走すると言う話になっていた。しかし紗世の頭の中では低価格な所で食べるつもりで勢いでついオーナー夫婦のお店へと行くことになってしまった事を思い出した。紗世の財布の中には三千円しか入っていない。


「ち、ちなみにお魚は何ですか?」

「ん?今日はねー、紋甲イカとホタテ貝。だからパスタとかどう?」

「あらー、オーナーさんのパスタなんて久しぶり!紗世ちゃんそれにしましょ……、って結局私が決めちゃったね」

「全然良いじゃないですか!じゃあそれでお願いします」


 オーナーがキッチンへ戻り二人は乾杯を済ませ紗世は立ち上がって香織に訊いた。


「香織さん、ここってお手洗いはどちらですかね?」

「キッチンの横だよ」


 紗世はお手洗いに行くふりをして今日の料理代をどうしようかと悩んでいた。キッチンではオーナーが料理を作っている。その手前に奥さんは雑用をしていた。咄嗟に小声で奥さんを呼んだ。


「あ、あの〜……」

「あら、紗世ちゃんどうしたの?お手洗い?」

「あ、いや、その、ここのお店って裏口とかあります?」

「あるけど〜……、どうかしたの?」

「え?その〜、私が勢いでこちらのお店へ行ってご馳走しますと香織さんに言ったんですけど、考えてみたらお金を持って来てなくて……、裏口から出てコンビニのATMで下ろしに行こうかと……」


 それを聞いた奥さんは声を出して笑い始めた。


「だったら普通に行けば良いのに〜」

「そしたら律儀な香織さんの事だから『私が出してあげる』って言うと思うんです。それだけは……」

「本当に紗世ちゃんって可愛い子ね。大丈夫よ、お代は後日でも良いから。そんな事より今は香織ちゃんとの時間を楽しんで行って」

「奥さん……。あ、ありがとうございます!明日必ず代金を持ってきます!」


 二人の会話しているところを見ていたオーナーは料理を作りながら奥さんへ訊いた。


「どうした?紗世ちゃんと何か話してたけど」

「ん?それがねー」


 奥さんは紗世との会話の一部始終を話した。それを聞いたオーナーはパスタと一緒に出すサラダを盛り付けながら笑っている。オーナー夫婦にとってはもう会計に関して香織と紗世の性格を見ていたら疑う事はなかった。


「ハハ。紗世ちゃんも素直な子だよなぁ。可愛らしいじゃないか」

「そうねー。なんだか昔のあなたを思い出したわ。婚約のプロポーズをしてくれた日なんて紗世ちゃんと同じようなことしてたんだよね」

「おいお〜い。その話はやめようぜ〜」


 


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