我慢の先に……

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「いやー、美味しかったし楽しかったねー」

「はい!とても美味しかったです!香織さんのおかげでオーナーさんと奥さんに感謝以外言葉が見つからないですね!」

「ホント?紗世ちゃんがそう言ってくれて私もとても嬉しい。何よりオーナーさんたちも喜んでるよ、きっと」


 二人は閑静な市街地を歩いていた。路地には心地よい風が吹いているだけで誰も歩いている人はいない。すると紗世は今まで味わったことのない祝福を受けた緊張から解放されたためか立ち止まって泣き出した。香織は驚いてかけてあげる言葉が見つからない。偶然、すぐ近くに公園があり香織は優しく紗世の肩へ手を置いてブランコへと連れて行った。座っていても紗世は啜り泣いている。香織はブランコに乗りながらただ黙って大粒の涙を流している紗世を見ていた。ドーム球場内のトラブルの時の気の強い紗世も一人の女の子なんだ……と、そう思う香織はより紗世が可愛いらしく思えてきた。そして数分が経ち徐々に紗世の荒かった呼吸も落ち着いてきた。


「……すみません。突然」

「ううん……。今日のような誕生日会も初めてみたいだったしプライベートでも色々と堪えてたんじゃない?」

「そうですね……。確かにここ最近色々ありまたけど、そんなに苦には感じてなかったです。ただ今日という日があまりにも嬉しくて初めてだったし……」


 香織は黙って無数の星が見える澄んだ空を眺めながら聞いていた。公園の前には若い男性がスポーティな格好でスマートフォンを見ながら犬の散歩をしている。そして香織は静かに口を開いた。


「実を言うとね、今回の目的は誕生日会もそうなんだけど紗世ちゃんの溜まった毒を出してあげたいっていうのもあったの……。だって、紗世ちゃん強がっててそれじゃあいつか参っちゃうよねって」


 紗世は黙って香織の話を聞いている。そしてゆっくり深呼吸して肩の震えも治ってきた。


「私ってね、前も言ったと思うんだけど紗世ちゃんの気の強さとオーナーの奥さんの包み込む雰囲気を意識して過ごしてるの。でも奥さんの言ったようにそれって持って生まれた性格だから結局は作っちゃう自分になるだけなんだよね。それで私は私の良い部分を活かしながら無理をしない程度に他人の見習うべきところは取り入れていくようにしていってるの」


 紗世は香織の話に聞き入っていた。二人とも表情は赤いが紗世が見る限りでは香織が酔って話しているようには見えない。


「でも、それって疲れませんか……?」

「最初はね……。自分の短所なんてすぐに見つけることが出来るんだけど長所を見つけるのはとても難しかったなぁ。でも嫌な気はしなかったの。そしたらね、次第にこのスタンスで日々を送っているといつの間にか多くの人が声をかけてくれるようになったの。バイト先でも売り上げに繋がって伸ばすことが出来たくらいなんだから。そこで気付かされたの。私が心掛けてたことってそれは決してムダな努力じゃなかったんだって。時々、図に乗っちゃって無理しちゃう時もあるけど……そこが私の悪いクセ」


 静かな市街地には時々ヘッドライトを赤々と灯して自動車が通り過ぎて行く。香織は足を伸ばし空を眺めてたままだ。優しい目をしているが少し潤んでいる。


「紗世ちゃんはどう?悩みを一人で抱えこんでるんじゃない?そうじゃなきゃ、バックスペースで泣いたりなんかしないと思うの。良かったら話、聞くけど?」


 香織の方を見ていた紗世はまだ酔って普段どおりに話せない状態で打ち明けたくはなかった。『どうせ話すなら頭がはっきりした時にきちんと聞いて欲しい……』と。だから紗世は香織の問いかけに答えず下を向くしかなかった。隣で紗世の態度を見ていた香織は微笑みながら優しく声をかける。


「そっか……。まだ言えないのね。良いの、無理しないで」

「すみません……」

「ううん……。そんなにシンミリした顔しないで〜。別に話してもらえなかったからって嫌いになったりなんかしないから〜」


 明らかに紗世が何かを言いたがっているということは香織も気付いていた。健二へ声をかけた時、そしてバックスペースでの泣いた時、そんな紗世を見るのはアルバイトで知り合ってから初めてだった。そして紗世の丸くなった背中をそっと香織は撫でてあげている。


「ただこれだけは言わせて……。我慢だけはしないでね。努力は報われるけど、我慢は自分の心を傷めちゃうだけだから……」


 それを聞いた紗世はふと下を向けていた顔を上げて香織の方を向けた。そんな見開いた目で見られている香織は動じることなく笑顔を見せている。


「じゃあ私は普段どおりに過ごして良いんですかね……?」

「もちろんだよ。時には何かにぶつかる事もあると思うの、その時は焦らず冷静になって行動すれば良いし。私はまだそこが上手く出来てなくて言える立場じゃないんだけどね……。でも紗世ちゃんならきっと自分で乗り越えていけるぐらいの力を持ってるはずだから」

「ありがとうございます!」


 そして紗世は『胸に引っかかっていたことを今なら解消出来るかもしれない』と下がっていたモチベーションが徐々に上がっていく。香織も紗世の目が変わっていく様子が伝わってくる。

「なにか解決の糸口を見つけたかな?」

「はいっ」


 紗世は一平のことは後にして先に健二へ謝ろうと心に決めた。間違いなくソッポ向かれることなんて承知の上だった。そしてブランコから立ち上がり座っている香織へ頭を下げ走って紗世のアパートへと帰って行った。香織はブランコを少し揺らしながら両足を伸ばし紗世を見届けて清々しい気分にさせられている。『少しは役に立て良かった』と……。紗世の性格が大人になっていることを実感しているのは紗世本人ではなく香織の方だろう。


『無視されたって良い。それはなにもかも原因は私にある。せめて私の謝罪の言葉だけでも言わせて……』

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