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 手で口を隠し料理を見ながらそう呟いた。そして飲み込んでシャルドネをひと口啜りゆっくりと目を閉じる。まるでワンダーランドへ足を踏み入れたワンシーンが描かれて行くかのように妄想しながら……。

 香織も続けて薩摩牛のフィレステーキを食べ始めた。ひと口大に切ったつもりでも香織の口には大きくて手で口を隠しながら噛んで行く。するとお肉が口の中で溶けていくように柔らかい。そしてその肉汁とオーナー自慢の特製ソースが食べている香織の鼻から感嘆のため息を漏らす。そしてキッチンにいるオーナーへ話しかけた。


「オーナーさん、このお肉とても柔らかくて食べやすいですねー!そしてニンニクの風味とさっぱりしたソースが絶妙!」


 興奮している香織の言葉をオーナーは手を後ろに組んで笑顔を見せながら聞いている。奥さんは別のテーブルへ料理を運んでいた。


「紗世ちゃん、どう?」

「はい。こんな美味しいステーキなんて生まれて初めてです!香織さんはこのお店に来られてるたびにこういう料理を食べられてたんですか?」


 そこで料理を運び終えてキッチンへ戻る奥さんが会話に入ってきた。


「お祝いごとの時ぐらいだよ。いつも香織ちゃんは一人で来店してくれて誕生日やクリスマスの時にお出しするくらいかなぁ。香織ちゃん初めてだよね?お祝いの日にお連れの人と来るなんて」


 香織自身もあまり心を開く性格ではない。そのために誰かを誘いたいとは思っていたが、なかなか相手がいなかった。そんな奥さんの問いかけに香織は少し恥ずかしそうな表情を見せている。


「そうですね……。私ってあまりお友達がいなくて。紗世ちゃんとは話してて楽しいし、一度は連れて来たいと思っていたんです」


 その香織の話に奥さんは納得したように微笑みながら紗世の方を見て話し出す。紗世は二人の素敵な女性から見られて目のやり場に少し困っていた。


「そうね。紗世ちゃんは素直な子だもんね。見た目も可愛らしいし」


 そんな憧れている人からの嬉しい言葉に紗世はなかなか返事が思いつかない。少し酔っているからでもあった。


「私なんてお二人に追いつきたくても追いつかないし、尊敬する方からそう言われるとどう返せば良いのか……」

「何言ってるの〜。紗世ちゃんは紗世ちゃんの魅力があるんだから、そこに自信を持ってたら良いのよ。香織ちゃんもそうだし、私も紗世ちゃんの魅力的な部分を真似したいと思うけどこれは持って生まれたものだからなかなか難しいの」

「そうだよー。それに紗世ちゃんって気が強いんだけど、素直な性格と可愛らしさが表に出ててるの。初めてバイト先で見た時『なんて可愛い子なの!』って思ったんだから」

「そこは私も同じ印象だったな〜。『香織ちゃん今回は可愛いらしい女の子を連れて来たんだ』って思ってたの。だから私たちも紗世ちゃんの外見に真似したい思いは変わらない。気づいてないのは紗世ちゃんだけで、あとは自分の魅力を活かすだけで十分だと思うよ。十分可愛い顔してるんだし」


 二人の励みになる語りかけに紗世はさらに顔が赤くなっていく。そんな紗世をキッチンからオーナーは黙って見ている。そして隣に座っている二人組の中年女性も話に入ってきた。アルコールのせいか目が充血している。しかしそれだけでまだ二人は酔っているわけではない。


「あなたって幸せ者じゃないの。綺麗なオーナーの奥さんと相手の素敵なお嬢さんを尊敬してるんでしょ?そんな尊敬する人からそう言われてるんだからね。だから自信を持って大丈夫よ。見てる人は見てるから」


『見てる人は見てる……』


 紗世は以前、香織にも言っていた。そう言われて紗世はとても胸に響いたような思いでいた。そう。昨日と今日の一平の試合に臨んだ不甲斐ない態度。しかし紗世自身どう立ち振る舞いをしたら良いのか暗中模索な状態だった。一平にもその言葉を言えば伝わってくれるかもしれないと思い始めた。

 そして香織と会話をしながらメインディッシュのステーキも食べ終わり、いよいよ待ちに待った奥さんの作ってくれた誕生日ケーキ。奥さんは空いたお皿を下げながら二人へ訊いてきた。


「どうする?ケーキの方はまだ早い?」

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