はじめてのワイン

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 そしてお店へ着いて香織が入り口を開けようとするとオーナーが開けて出迎えてくれた。今日もカジュアルな服装にエプロンを羽織るだけの姿でいる。


「いらっしゃい。今日という日を心待ちにしてたよ」

「あ、ありがとうございます!私の方こそ嬉しいです」

「ささ、テーブルへご案内するよ」


 店内にはまだお客さんは誰も来ていない。落ち着いた空間が紗世の気の強い性格を和ませてくれている。前回来た時と同じ空間だった。キッチンへ目を向けると奥さんの方はまだ来ていない。紗世は奥さんの出してくれる誕生日ケーキを楽しみにしていた。そして顔馴染みの香織はオーナーへ笑顔を見せて話し出す。


「じゃあオーナーさん、この間お話ししたメニューでお願いします。この日のために紗世ちゃんワインを飲めるのをずっと楽しみにしてたんだから」

「そうだよねー。この間はまだ未成年だったからお出し出来なかったんだよー。そのかわり今日はほろ酔い気分になって楽しんで行ってね」


 紗世はオーナーが出してくれるメニューにワクワクしている。料理とワインが待ち遠しい。待っている間紗世はそれとなく店内を見回していた。前回と変わらず絵画の入った額縁が所々に、そして天井を見上げるとプロペラ機に付けているような木製のシーリングファンが回っている。


『私も社会人になったらこんな部屋にして過ごしたいなぁ』


 そしてオーナーがワインの入ったボトルとワイングラスをプレートに載せて二人のテーブルへと持ってきた。紗世の見る限りそこまで年代物の古そうなワインボトルには見えない。二人は手際良くワインボトルの栓を引き抜いているところを見ていてオーナーは作業するたびに二人に笑顔を見せている。


「オーナーさんのワインの栓を抜く姿にホント見惚れちゃう〜」

「ちょっと香織ちゃん。恥ずかしいこと言わないでくれよ、カミさんが聞いたら怒られちゃうからさ〜」


 オーナーは香織の咄嗟に出た言葉に奥さんに対して罪悪感を抱き照れながら開けている。紗世も香織と同じ思いで見ていた。オーナーの血管の浮き出た手でワインを開ける手際良さに紗世も見入ってしまっている。


「ところでオーナーさん。紗世ちゃんの記念すべき最初のワインは何ですかー?」

「やっぱり始めてだからね、スパークリングワインをと。『乾杯』をするならまずこれだと思うしさ」

「なるほどー!私はシャルドネで来ると思ってた」

「オレも最初はそれを考えたんだけどね、ここはやっぱりスパークリングワインからでしょ〜」

「シャルドネ?シャルドネ……?」


 首を傾げながらそういう紗世に対しオーナーも香織も静かな笑顔を見せている。そしてオーナーがフルートグラスへ注ぎながら簡単に説明をし始めた。紗世は少し緊張した面持ちでオーナーの方に聞き入っている。


「そうか、紗世ちゃんはまだ知らないかな?今回お出しするのは甘味はあまり無いんだけど前菜でも何でも合う人気の白ワインなんだよ。それはスパークリングワインの次にお出しするから楽しみにしててね」

「は、はあ〜……」


 オーナーの説明を聞いていた紗世はイマイチ理解が出来ていない。そんな紗世を見てオーナーは少し苦笑いを浮かべている。そして香織が笑いながら声をかけた。


「やっぱり紗世ちゃん飲んでみなきゃ分かんないよね?」

「そうだね。まずは前菜を持って来るからそれまでこの味を堪能してて」


 オーナーは笑顔を見せてキッチンの方へと戻って行った。紗世は注がれたフルートグラスを手に持って珍しそうに見ている。まるで大昔の時代劇を舞台にしたドラマによく出る小さな子どもが『毒でも入ってるんじゃない?』と疑っているかのように。

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