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 四時半過ぎに試合が終わりドーム球場内ではグラウンドを開放していて子どもたちが選手が普段使っているベンチを見れるイベントが行われている。そして紗世は香織とドーム沿いにあるドーナツ屋さんで軽く腹ごしらえをして時間を潰していた。この日の二人はドーナツ屋さんのガラス越しから見るドームの外の光景がとても新鮮に思えていた。しかし紗世はまだ一平の不甲斐ないプレーを目の当たりにして落胆の色を隠せず、もし訊かれたら何と返事するべきかずっと悩んでいて、香織の方はテーブルに肘をついてずっと外を眺めている。ちょうど店内に西日が入り照らされている香織を見てか、近くに座っている二人の若い男性が小声で話している。紗世にはその会話が聞こえていた。


「マジであの人スゲー美人じゃね?」

「どっち?左に座ってるセミロングの方?」

「そうそう。どんな彼氏と付き合ってんのかなぁ」


『ちょっと〜、私もセミロングじゃない?しかもアンタたちの会話まる聞こえだし……。少しくらい私も褒めたら〜?』


「きっとすんごい金持ちと付き合ってんだよ、きっと。オレは右側の方が可愛いと思うけどなぁ」


 それを聞いた紗世は無表情を見せながらも内心ホッとしていた。香織にも会話が聞こえていたのか急に両手で口を隠して笑い出し、その香織を見た二人の男性は恥ずかしく思い違う話題に変えて『ズズズ〜』と音を立てながらストローで飲み物を飲んでいる。


「じゃあ、ぼちぼち行こっか」


 夕方の五時になり香織はそう言って紗世はカバンを持ちドーナツ屋さんから出ると二人により眩しい日差しが当たる。アルバイト帰りではないこの日の二人は全く汗を掻いていない。香織は非常に気分が良いままオーナー夫婦の経営するイタリアン料理店へと向かった。


「ふふっ……。さっきの近くに座ってた人たち面白かったですね。まああの二人の言ってる事には納得ですけど」

「え、あれって私のこと言ってたの?てっきり紗世ちゃんのことを言ってるんだと思ってた〜」

「も〜、香織さ〜ん。ホントは知ってたんでしょ〜?」

「ハハッ。やっぱり分かる?でも紗世ちゃんのことも言ってたじゃない。私もあの立場で見てたら同じことを言ってたな〜」


 紗世は香織からそんなこと言われるなんて嬉しくてたまらなかった。香織のさり気なく人を持ち上げる心遣いに感服する。誰だって見上げている存在からそう言ってもらえると自信にもなる。二人は楽しく会話をしながら歩いているとあっという間にオーナー夫婦のいる店へと着こうとしている。そこで香織は思い出したかのように紗世へ訊いてきた。


「あ、そうだ!紗世ちゃん、ウコン飲んどかなくて大丈夫?ワインのアルコールって結構強いよ?」


 紗世はあまりお酒を飲んだことがないためにそれは全く予想もつかなかった。もちろん二日酔いという目に遭ったこともない。これから行われる紗世の誕生日会は未知の世界へ入り込むようなものだった。紗世は香織の意見を聞きコンビニで買って飲むことにするが、いざ飲んでみるとこの味も初めてで好きな味かどうかと言えばあまり好きな味ではなかった。しかし社会人になると紗世の性格上同期の同僚と飲みに行くことは間違いなく多いだろう。そう考えると我慢して体調を崩さないように予防するものを飲まなきゃいけない。紗世にとって出来ればさらに改良されて色々なバリエーションが増えることを願うしかない。


「うわぁ〜……。ウコンってこんな味なんですか?」

「ちょっと味が紗世ちゃん好みじゃないかな?でもこれを飲んでおけば大丈夫だよ、多分……」


 紗世は咄嗟に香織の方を向いて少し疑いの目を見せると香織も自身の言い回しに不信感を与えてしまった気がして慌てて釈明した。


「あ、いや違うの。多くの人はこれ一本で予防になるんだけど稀に二日酔いになる人もいるから……」

「私、もう一本飲んどいた方が良いですか……?」

「ダ、ダメよ!一本だけにしとかなきゃ。大丈夫だって。紗世ちゃん内臓も強そうだし。今日は少しずつ飲んでいきましょ、ね?」


 紗世は少し疑っているが最悪病院に行けば良いと考え、誕生日会を楽しもうと気持ちを切り替えていた。香織も紗世のそんな表情を見て少しホッとしている。


『全く、私ったらなに紗世ちゃんに不安を煽るようなこと言ってんのよ!』

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