散々な結果

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 いよいよ紗世の前でプレーを観せる日がやってきた。午後の一時過ぎ、ドーム球場のダッグアウトは綺麗で普段三軍の試合をしている球場とは別世界だ。一平にとって初めてのドームでの試合、この臨場感を堪能している場合じゃない。紗世の前でプレーを見せて悪いところを指摘してもらい不調の原因を解消したい。そして一日も早く一流選手の名を連ねる選手になりたい。それはここにいる選手たちみんな同じ気持ちだろう。

 一方で紗世たちはもうスタンドの前方に座っていた。翔子は普段野球を観に行くこともなくドーム内のスケールの大きさに驚きを隠せず言葉を失っている。そして紗世の方はこの日もビール売りをしていたことに驚いていた。観客数を除いてはもう一軍の試合のようなものだった。


「スゴイなぁ……。紗世ちゃんってこんな広いところでバイトしてるの?」

「まあね。今日は観客が少ないから良いけど、普段は満席で暑さもハンパないの。ほら、あのビール売りをしてる女の子。スゴく汗を掻いてるでしょ?」


 そんなビール売りをしている女性は紗世と顔馴染みで、紗世の方に気がつくと笑顔を見せて二人のところへやって来た。初対面である翔子はどう接すれば良いのか戸惑いを隠せない。


「あら、加美川さん。お疲れ様。今日はプライベートで?」

「そうなの。普段売るばかりで観戦する機会なんてなかなか無いから」

「そうだよねー。どう?せっかくだし飲んでみる?」


 その女性販売員は揶揄い口調で言うが紗世も翔子も二十歳の誕生日を過ぎて立派な大人の仲間入りだ。紗世は翔子の方へ向き戸惑ってはいるものの断るような素ぶりも見せない。


「そうね。じゃあ、二つお願いしていい?」

「じょ、冗談よ〜。無理しなくていいよ、ありがとう」

「ううん。私もビールを飲みながら野球観戦って前からしてみたかったんだ」


 紗世の言葉に女性販売員は満更でもないと思い戸惑っている。そして翔子も緊張がほぐれてきて女性販売員へ微笑みながら話しだした。


「はじめまして。とりあえず二つ下さい。私たちそれも楽しみで来たようなものなんです」


 それを聞いた女性販売員は改めて紗世の方を見ると笑顔を見せていた。普段見せない優しい表情をしている。


「そうですか?あ、ありがとうございます。な、なんだか緊張するなぁ」

「どうして緊張するのよ〜、普通にしてくれて大丈夫だから〜」


 紗世が普段見るビールカップに女性販売員が注ぎ始め、その様子を翔子は見入っていた。それに気づいた女性スタッフと紗世は翔子へ笑顔を見せる。翔子にとって普段来ない場所、そして普段見ないビールタンクから注ぐ様子。何もかもが新鮮に感じていた。


「はい、お待たせっ。料金は別々にして良いのかな?」

「いやいや、私が一緒に出すから二千円からお願い」

「これもまた変な感じだなぁ。加美川さんからお客さんとして代金をもらうなんて」


 そう言って女性販売員は紗世へ釣り銭を渡し手を振り、翔子に笑顔を見せながら会釈してその場を後にした。翔子は並々と注がれたビールを見て喜んでいる。


「サヨちゃん、お金払うね。ちょっと待っててね……」


 カバンから財布を取り出そうとした翔子の手をゆっくり押さえ紗世は遮った。そして翔子は紗世の方を見ると笑顔を見せながら無言で顔を横に振っている。


「今回はさ、一人で来れる勇気がなかったの……。同級生が出る試合だしね。だからショウコへのお礼代わりにさせて」

「そんな、私も好きで付いて来たんだからそれはダメだよ〜」

「まあ良いから良いから。とりあえず飲もっ」


 そう言って紗世はビールカップに口をつけて飲み始めた。翔子はそんな紗世がテレビCMに出てきそうな表情で美味しそうに飲んでいるように見える。


「プハーっ!マジで美味い。私ってこんな美味しいものを売ってたんだ」

「サヨちゃん、飲みっぷりがイイね……」

「長年の夢だったからね〜。やっと叶った〜」


 翔子は紗世のそんなことが夢の一つだと知り笑いを隠せない。しかも鼻下にビールの泡で出来たひげが可愛らしく感じた。


「あー、ショウコ今笑ったなぁ?」

「ごめんごめん。だってサヨちゃんホントに素直なんだもん」


 相手チームの練習終了のアナウンスが流れて一軍の試合同様、ホームチームの応援歌がドーム内に響き渡るように流れ始めた。おそらく来場者のため、そして三軍の選手に一軍で試合をする臨場感を味あわせ気持ちを高ぶらせながら練習に励んでもらいたいという思惑があるからだろう。

 その時、ホームチームの選手たちが出てきてベンチ前でコーチ指導のもと軽いウォーミングアップを始め、紗世はその中にいるであろう一平の姿を探していた。しばらく目を凝らしてベンチ前を見ていた。


『いたっ!』


 一平は黙々とウォーミングアップをしている。そんな一平も紗世の姿を見つけ徐々に気分が高まっていく。しかし紗世を見てズッコケそうになった。


『加美川の持ってるコップってまさかビール……?ホントにアイツは〜!』


 一平は高校の時みたいにスコアを書くためにノートを手に持っているもんだと思っていた。紗世自身も電話で約束した時にノートを持って行こうと思っていたが、この間の練習を見ていてその気は失せてしまっている。とりあえず、ありのままの一平を見ようと気持ちを変えていた。

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