高校時代の同級生

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「さて、私はここで。明日は休みだね。紗世ちゃんは学校かな?」

「はい。平日はずっと学校にいます。でも明日は二限目からなので、朝はゆっくりしようと」

「そっか。私も今度別のテレビ局の入社試験を控えてるし」

「うわー……。とても難しそうですね」

「倍率も高いしね……。私なんかが受かる自信なんてあまり無いの」

「大丈夫ですよーっ。見てる人は見てますから、面接する側も香織さんの魅力を絶対に分かってくれるはずですっ」


 さっきまで寂しそうな表情を浮かべ、今でも悩んでいるはずなのにそれでも勇気づけてくれる紗世にとても感服していた。しかし今の紗世に何も言ってあげられない。それは香織が冷静に紗世の性格を模索しているためでもあったからだ。


「ありがとう。じゃあ今日はこれで。帰り道気をつけてね」

「はいっ。ありがとうございます!お疲れ様でしたーっ」


 紗世と別れてから香織はずっと考えていた。今まで気の強い女の子があんな表情を浮かべて男性を見届けるなんて香織は思いもしない。あの時、香織の心の中では戸惑っていたが表情にだけは出さないようにしていた。そして今も紗世のあの時の表情がどうしても頭から離れない。

 そんな中、生温かった風が少し冷たくなり火照った体を冷ましていく。香織にはとても心地良い風だった。そして帰り道の静かな住宅街。何人か仕事帰りのスーツ姿の男性とすれ違う。その時に見られていることも分かっていた。これは香織にとって日常茶飯事で気にも留めない。内心大学でもアルバイト先でも自分がどんな目で見られているのかも自覚をしている。それは香織にとってどうだって良い、持って生まれた顔なんだからと。だからこそ香織はいつも両親に感謝している。この身なりに育ててくれて整った顔立ちをした状態で産んでくれて、それで救われたこともたくさんあった。そして香織は今を生きている。

 一方、アパートから帰って来た紗世は出来立てのお弁当を買い黙々と食べていた。仕事した後に食べる夕飯は紗世にとっていつもながら格別だった。


『この間のイタリアン料理も美味しかったけど、今度はがっつり食べれるお店に行きたいな〜。ショウコは小食だし。一人で行くのもなぁ……』


 弁当を食べ終わった紗世はスマートフォンの連絡先一覧を見ながら誰かいないかと探している。色々考えてみたが食べ放題にこだわる友だちなんていない紗世としては結局一緒に行けそうな相手なんて見つからず、これは諦めるしかなかった。


『やっぱ自分でたくさん料理を作りまくって一人でがっつり食べることにしよーっと』


 すると紗世のスマートフォンに着信の音楽が流れ始め、画面を見ると登録していない番号が表示されている。


『ん?誰だ、この番号は……。またしょーもない勧誘だろうな』


 紗世は出ようかどうしようか迷っていた。しかし一向にスマートフォンの着信音楽が鳴り止まない。躊躇いながらもとりあえず出てみることにしてみた。


『……もしもし?』

『あ、加美川……?あの、一平だけど。岸田一平……』


 一平には電話番号を書いたメモ紙を渡しただけだった。紗世はすっかり忘れて返す言葉がなかなか思いつかない。メールでなくいきなり電話をしてくるなんて思いもしなかった。


『なんだ〜、岸田君か〜っ!番号訊いてなかったね。誰かなと思ってビックリした〜』

『そうだよな〜、ごめ〜ん。メモ紙を貰ってすぐにメールで番号を教えておけば良かったんだよな〜』

『そ〜だよ〜。それでどうしたの?』

『今度さ、良かったら三軍の試合を観に来てくんね〜かなぁって』

『は?何で私が行くの?』


 突然、一平からの誘いに理解が出来ない紗世は頭の上に?マークが点滅している。そんな中一平は紗世へ話を続けた。


『う〜ん……。上手く言えないんだけどさ、高校時代のガムシャラさを思い出したいんだ。どうも成績が伸びないし……』

『はぁ?私が行ったからって成績が上がるとは限らないでしょ〜』


 一平の話に紗世は呆れている。それに紗世自身が行ったところで簡単に成績が伸びるなんてそう甘くはないと分かっていた。高校時代は多くの部員に檄を飛ばしてやる気を起こさせることが出来たがプロとなれば話が違う。それで成績が上がるなら球児みんなプロの選手になっいてるはずだ。紗世は伊達にマネージャーをしていたわけじゃない。


『そ〜言わずさ、何か刺激が欲しいんだ。試合が終わったらそのまま帰ってくれて良いからさ。なんて言えば良いんだろう、高校の時の加美川の熱心に観てる姿を思い出したらオレにも刺激になると思うんだ』


 紗世は一平の性格面で弱い部分を知っていてそこを指摘したい思いでいっぱいだった。しかし今の一平は当時に比べ野球に対する思いも変わっているかもしれない。それから感想を言おう。健二の一件もあり紗世は自分にそう言い聞かせた。


『分かった。その試合っていつあんの?』

『それがさ、来週の土日にドームで開催されるんだ』

『はっ?ドームでっ!ちょっと待って、私バイトが……』


 紗世は慌ててメモ帳をカバンから取り出して一平から言われた日程を確認する。『二軍、三軍の試合にビール売りとかしてたっけなぁ?』と思っていた。しかしその日はアルバイトは無さそうだった。しかも近所のドームで行われる。それは紗世にとって別に悪い条件ではない。


『どう……?やっぱムリっぽい?』

『ううん。私はバイトじゃないみたい』

『良かった〜っ!じゃあちょっと今回だけ来てくれよ〜っ』

『う〜ん……。岸田君がそこまで言うなら……』

『よしっ!決まり〜っ。なるべく顔が見えるよう前の方に座ってくれよなっ!』


 別に一平のファンでもないのに紗世は変な間柄にとって勘違いしてないか少し不安になっていく。紗世も香織と同様に他人からどう見られているかは自覚をしていた。だからと言っていちいち男性に気安く声をかけるような事なんて一度も無い。


『はいはい。じゃあその時に誰かと行くから』

『誰か?まさか彼氏?』


『ホントにコイツも〜っ!』紗世はせっかく自分の性格を見改めようとしている時に水を差されたような気がして徐々に怒りが込み上げてくる。しかし唾を飲み込んで静かに応対した。


『そんな訳ないでしょ。じゃあ疲れてきたから……』

『ありがとなっ。オレも寮内はもう消灯時間に入っててコソッと電話してるんだ』

『だったら早く寝なさいよっ。クビにされちゃうよ?』

『だな!じゃあその日に待ってるから』


 紗世は一緒に行く相手を決めていた。翔子に電話を掛けてみる。しばらく呼び出し音が鳴りようやく電話に出た。


『もしもし〜……』

『ごめ〜ん……。ショウコ寝てた〜?』

『う〜ん……。何なの〜?』

『いや、今度ね私とデートに付き合ってもらえないかなぁって』

『……はぁ?バカじゃないの。も〜、そんなの要らないから〜。とっとと要件を言ってよっ』


 翔子の寝起きは紗世が引くほど口調が悪い時がある。まさに今の翔子は機嫌が悪い。


『ごめん、ごめん。来週の土日にドームでの三軍の試合を観に付き合って欲しいの』

『あ〜、そういう事ね。別に良いよ……。じゃあ詳しい話は明日ね……』


 そう言って電話を一方的に切られた。紗世も気が強いがこの時の翔子の怖さにはさすがに引いてしまう。

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