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「あ〜……。ハハ。そういう事もありましたね……。今思うと恥ずかしいです」


 紗世は苦笑いを浮かべながら香織と出会いのきっかけになった話を聞いていた。紗世は内心あの時の行動をとても恥ずかしく思っていて、あれから多少の事は見て見ぬ振りをしている。


「どうして?あのおかげで私自身も精神的に強くなって来れたと思ってるの。でもこの間休んじゃったら意味ないよね……」

「香織ちゃん、それは違うんじゃない?誰だって心の疲れは自覚出来るものじゃないから……。やっぱり体は大切にしなきゃ……。この間も言ったでしょ?無理をしちゃダメよって」


 奥さんが鰆をムニエルにした料理を両手で持ちながら二人のテーブルへ寄って来た。奥さんはキッチンで盛り付けの手伝いをしている時に二人の話をそれとなく聞いていた。香織にそう語った奥さんの口調の優しさが二人の凝り固まっている心を解してくれている。


「それにしても紗世ちゃん?かな私はあなたの行為は勇気付けられるものだと思うの。もちろん、会社側からしたら勝手にそうされると困ると思うんだけど女性に問わず接客してる人が見たら紗世ちゃんの行為を見ててスカッとしてるはずよ」

「奥さん、そうですよね。加美川さんみたいな人なんてなかなかいないし、初めて見たんです。実際にこう立ち向かう女の子なんているんだって……」

「えっ……。そ、そんな、ありがとうございますっ。でもやっぱりお客さんは大事にしないといけないから、仕事ですし。だから私も時々イラッとさせられる事があるんですけど、我慢しています。もう、バイト先の人にも迷惑かけられないし……」


 紗世のしっかりした言葉を聞いて奥さんは優しく紗世を見ながら微笑んでいる。キッチンで料理を作っているオーナーも口角を上げていた。香織が憧れるのも納得出来ると紗世は改めて実感している。本当に穏やかに見られても不思議ではない夫婦なんだと。


「そっか。香織ちゃん、本当しっかりした後輩を持ってるのね。私もなんだか紗世ちゃんを見習わなきゃって思っちゃう」

「い、いえっ。私はそんな事をしてたなんて忘れてて、いつも疲れた表情を見せない住田さんの仕事スタイルに憧れてるだけなんです。実際、今のバイトってホントにシンドくて私は休憩中に人前でため息をつく時なんか殆どで、でも住田さんはそんな態度を全く見せないんです。そんな人の後ろ姿を見てなかったら私も辞めてたと思います……」

「じゃあ、香織ちゃんも紗世ちゃんもお互いに良いところを見られてることに気付かずに仕事を全うしてきてたのね。良かったじゃない、ここでそれを聞けて……」


 二人は一回り以上歳の離れた奥さんにそう言われて恥ずかしそうに下を向いている。その姿が奥さんにとっては可愛らしく見えた。


『ホント、この子たちったら……』


 そして店内には仕事帰りのスーツを着た男女が来店し、その後にまた別に四人組の中年女性が入って来た。ここのお店のお客さんは人が良さそうで、それもきっとこの店を経営しているオーナー夫婦の人柄によるものなんだろうなぁと紗世は思いながら出された料理を食べている。そんな夫婦の出される料理はとても美味しい。紗世にとっては味わったことの無い料理と店内の落ち着いた雰囲気を堪能していた。


「ホントに美味しいですねーっ。早く住田さんみたいにワインと一緒に食べてみたいです」

「でしょ〜?来月また一緒に行きましょうよ。ここの奥さんのスイーツは本当に美味しいんだから。誕生日ケーキの美味しさは間違いなしよ」

「はいっ。是非ご一緒させて下さい」


 結局、香織は一年前のトラブルに巻き込ませてしまったお詫びをしたかっただけだった。そして健二の愚痴を言うつもりで来たはずの紗世もそんな事なんかもうどうでもよくなっていた。そして。せっかくだし今はこの和やかな雰囲気を楽しむことに専念したい。健二については紗世自身で解決出来る事であるだろうし何よりこの空気の中でわざわざ言う必要はないと。


「さてと、お二人さんどうする?そろそろデザートでもお持ちしようか?」


 オーナーが二人の食べ終えたお皿を下げに来た際に訊いてきた。紗世は結構お腹がいっぱいになっている。


『あれ?普段ならまだ食べれるのに何でだろ』


「そうですね〜。加美川さん、どう?もう持って来てもらう?」

「あ、はい。お願いします」

「オーナーさんどうですか?私、スパークリングワインを飲みたいんですけど、それに合うデザートを……」

「了解っ。じゃあカミさんにそれに合うデザートを用意させるね。紗世ちゃんはどうかな?お飲み物、オレンジジュースか何かにする?」

『そっか〜。炭酸水ばかり私飲んでたも〜ん……。だからお腹がいっぱいに……』

「え〜っと……、じゃあオレンジジュースでお願いします」

「そっか、加美川さん炭酸水だったんだっ。大丈夫?お腹張ってない?美味しい料理と会話が弾んじゃってて、気付いてあげられなくてごめんなさいね〜っ」

「あ、いえいえっ。私も美味しく食べれたので全く気にしてません。ホント今日は素敵なお店に招待して下さってありがとうございます」


 そしてしばらくして奥さんが二人へ白いマーブルカップに入れたデザートを持って来てくれた。


「はーい、お待たせ。今日はスフレチーズケーキね」

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