香織行きつけのイタリアン料理店

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「住田さんすみませんっ。お待たせしちゃってっ!」

「とんでもない。ちょうど私も今来たとこなの。ありがとう」


 今日、紗世は香織とご飯を食べに行く日で時間は夕方の六時過ぎ。お互いの最寄り駅である唐仁町駅で待ち合わせていた。この駅は二人のアルバイト先であるドーム球場の最寄り駅でもある。平日ではないこの日の駅は閑散としていて指を数えるくらいの人が行き来しているくらいだった。二人はすぐ近くの隣駅にある繁華街に行くのではなく、静かな駅近くにある香織行きつけのイタリアン料理店へ行くことにしていた。個人で経営しているこのお店は昔一軒家だった後、カジュアルな雰囲気があるように改装されている。まさに女子会にも最適なお洒落な店内だ。


「ごめんね、勝手に行きつけのお店に決めちゃって加美川さん食べ物で好き嫌いはあるかな?」


 紗世は言葉を選んで話してくれている香織に笑顔を見せた。でも紗世は普段こんなお洒落なお店での外食なんてしたことがない。イタリアン料理といえば紗世にとってはピザの出前か、翔子とパスタ専門のレストランへ行くぐらいだった。


「お気遣いありがとうございます。私は特に好き嫌いはありません。ただ……、こんなお洒落なお店なんて初めてで……」

「ハハ。ここはそんな大したお店じゃないですよ」


 お水を入れたガラスのコップを持って声をかけてきたのはこのお店のオーナーだった。よく地方のグルメ番組で紹介されていそうな人で、細面で坊主頭に近い身なりをしている。香織は時々一人で来ているため顔馴染みになっていて、オーナーからすると香織のような美人が来ると笑顔を見せていつも出迎えていた。


「ここの店内ってね、オーナーさんが全てデザインしてるの。お洒落でしょ?」

「嬉しいこと言ってくれるね〜、照れるじゃない。あ、そうだ。今日は香織ちゃんの好きな魚料理を出せるよ。新鮮な鰆(さわら)を仕入れたから。じゃあ決まったら呼んでね」


 オーナーはテーブルから離れる際に紗世に笑顔を見せてキッチンへと戻って行き紗世自身も緊張した中オーナーへ会釈するだけで精一杯だった。


「住田さん、あの……、サワラって何ですか?」

「鰆は西日本の方ではこの時期の旬な魚なんですよーっ。赤身魚で淡白な味わいかな。カルパッチョにしてもムニエルでも何でも美味しく召し上がれますよ」


 紗世は小声で香織にしたつもりの問いかけにオーナーがわざわざキッチンから返事をしてくれていた。香織はオーナーの親しみやすい性格を知っているため紗世の驚いた表情を見て優しく微笑んでいる。


「ふふ。ここのオーナーさんって人見知りする人じゃないから居心地良いでしょ?さて、私はまずワインを頼もうかな。加美川さんはもう二十歳になったの?」

「あ、いえっ。五月の誕生日に二十歳になります。でもお酒は好きですよ」

「そっか。じゃあ加美川さんも飲んじゃおうか。じゃあオーナーさんっ、いつもの赤ワインにさっき言ってくれた旬の魚を使った料理をお願いしますっ」

「ハハ。香織ちゃんっ。流石にまだ未成年の人にはお酒を出せないよ〜。ごめんね〜」


 キッチンからオーナーは紗世へ苦笑いを浮かべて詫びるような表情で話していた。まだ店内には誰も来店している人がいない。喋り好きのオーナーは料理を作りながらも二人の会話に入れてもらいたいような思いでいた。


「あっ。私はアルコールの入ってない炭酸水で十分ですので。すみません、ご迷惑をおかけしちゃって」

「いやいや、こちらこそゴメンね〜っ。本当はお出ししたいんだけど。その代わり今日は美味しい料理を食べて行ってねっ」

「そっか〜。そうだよね。じゃあ加美川さんさ、誕生日のお祝いでその時また一緒にここで飲みましょうよ」

「あ〜、それならケーキも用意しなくちゃいけないね〜っ。それならうちのカミさんが専門だから。その時は香織ちゃん教えてね」


 ちょっと紗世にとっては話が飛躍し過ぎていてこの場をどうすれば良いのか全く分からなかった。そもそも何故ここまで親切にしてくれるのかさえも訊いていない紗世は戸惑いの連発だった。

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