憧れの背番号を夢見て

海貴ヒロヤ

シーズン開幕!!

1

 今年もプロ野球が開幕した。


『さて今日は何杯ビールが売れるかなぁ』


 そう思いながら細い体に重たいビールサーバーを担いで多くの人々が座っているドーム球場内の熱気に包まれたスタンドにある硬い通路を歩いていた。


「生ビール、おつまみはいかがですかーっ」


 加美川かみかわ紗世さよは片手にビール会社のロゴが描かれたプラスチックのビールカップを上に掲げながら笑顔を見せ大声を出している。

 紗世は高校時代に野球部のマネージャーをしていた。生粋の野球好きだ。本当はグラウンド内のファールボール拾いや選手の道具片付け、球審へボールを渡すボールガールをしたかった。残念ながらその面接に落ちて今のアルバイトをしている。


「すいませーんっ、ビール下さいっ」

「あっ、はーいっ」


 通路の階段を上っていると、真ん中の座席にいる若い男性から声をかけられて笑顔を見せてプラスチックカップにビールを注いで端に座っている男性の人に快く回してもらう。こういう風に観客へ頼れるのは見た目が可愛らしい紗世にとってこれは大きなメリットなのかもしれない。そして本当に紗世にとってはこういう連携プレーのような行動が大好きだった。スポーツ観戦をしていると野球はもちろんサッカーでも華麗な連携プレーを観させられると紗世はガッツポーズをみせるほどスカッとしていたくらいだ。

 ただこのアルバイトをしていて紗世にとってとても不快なことは酔った勢いで観客にお尻を触られることだ。


『え?私のお尻ってたったの七五十円で触れるの?いくらなんでもそれって安すぎない?』


 こんなことされると強い精神力を持っている紗世でもその日は寝るまでずっと引きずっている。

 そして試合が終わり売り上げを確認すると、今日は百三十杯だった。紗世は全く納得いかない。でも、これが結果だから仕方ないと自分に言い聞かせてアパートへと帰った。今日はデーゲームだったために試合も早く終わり夕方の六時過ぎに部屋へ帰ると紗世のスマートフォンに着信の音楽が流れる。今、紗世と交際している栗原健二からだ。


『もしもし〜。どしたのー?』

『あ、紗世?明後日の講義さ、一限目休講だってよ。知ってた?』

『あー、そういうことね。全く知らなかった。ありがとねー、わざわざ』

『今日はバイト?えらい声が疲れてるじゃん』

『当たり前でしょ?今日は土曜日でしかも開幕戦じゃん』

『それで売れ行きは?』


 うるさい!今日はそれを最も訊かれたくなかったのにと紗世はカリカリしている。


『う〜ん、ぼちぼちかなぁ。何杯売れたかまでは訊かないでね』

『そっか〜。今度さ、何か美味いものでも食べに行こうよ』

『別にそんなのいいよー、普段学食で一緒に食べてんじゃん。じゃーね』


 紗世は可愛い身なりだが男顔負けの気の強い女の子。本当は健二に恋心なんて持っていなかった。偶々地方から今の通っている大学へ入学した時、紗世には友達もいなくて健二と仲良くなりその成り行きで付き合い始めたようなものだった。しかし今年で大学の生活も二年目を迎えて友達がそれとなく出来ている。今の紗世はそんな健二と通話するより親友と言っても過言ではない同じ学部の君嶋翔子と話したい気分だった。紗世は足を伸ばしてベッドへ寄っ掛かり翔子へメールを送った。


『ショウコー、今何してんのー?』


 時間はそこまで掛からずに翔子から返事が来た。


『いまー?テレビ観てるよー。サヨちゃんはどうしてるのー?』

『さっきバイトから帰ってきて足を休ませてるー』

『そっか!今日バイトだったんだよね?』

『うん。ホント疲れた〜。でもさ、あまり数こなせなかったんだよね〜』

『そんな日もあるよ〜。気を落とさないでさ、明日に備えなよ』

『ほーい。ありがとねー!』


 紗世は疲れきってて、晩ごはんを作る気にもなれない。この日は冷凍食品を電子レンジで温めて簡単に済ませて風呂へと入った。両親が高給取りのおかげでインターホン付きの一LDKを借りてる紗世は住み心地には不自由していない。そして翌日、紗世は従業員専用の更衣室で制服に着替えて鏡を見ながら笑顔づくりに励んでいた。


『よし!今日の売り上げは絶対二百はいってやる!』

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