最後に見る星と空に

碧木 愁

第1話

 ふあぁ~あ、と何ともやる気のない欠伸を僕はした。目の前には凡庸な夜空が広がっていて、唯一いつもと違うことといえば、そこに散りばめれらている星々の数が若干多くなっていることだろうか。

 こうして空を見ると、思うことがある。それは僕らがどれだけちっぽけな存在かってこと。今までは寝っ転がりながら空を見上げるなんてこと、絶対しなかったから余計かもしれない。普段僕らの視界は、前髪と自分の顔面の肉に阻まれている。こうした体制なら、嫌でも鮮明な夜空が見られるわけだ。

 そんな風にぼおっと視線を泳がせていると、「よお、起きたか」と声をかけられた。彼は続ける。

 「どうだい、世界の最後の夜は」

 僕は、「ああ、相変わらず空の宝石箱だよ」と返した。彼の声を聞いてから思い出した。そうだ。僕らは全てを諦めて、ここで最後を迎えようとしていたんだ。

 夏とはいえ夜がもう深いこの時間帯では、比較的涼しかった。耳を澄まさなくたって鈴虫は鳴き、その反響する声が、僕にはすすり泣く様な声にも聞こえていた。

 「な~んも起こらねぇな」

 「意外とそんなもんだろうよ」

 「色々思い出すか?」

 「まぁなぁ……」

 中身のない会話。それは次の言葉たちが浮かんでこないからだった。当たり前だ。僕たちの命とは等しく一つしか与えられなくて、死、なんてものも一回きり。死ぬ直前にする会話など、練習不足にも程があった。

 だけれど話していなければ、今こいつに隠している両足の震えが、全身に転移してしまうかもしれない。そうなってしまったら、僕は僕を浮かばれないと思うだろう。最後ぐらい、楽しくいたい。実際に楽しく出来なくたって、その願望を持っているだけでも心持ちは違うものなのだ。

 僕は云った。

 「みんなどうしたんだろうな」

 「みんなくたばっちまったじゃねぇか」そんな冷たい言葉が返ってくる。僕は若干苛立ちを覚えた。最後の演出としては、今の返しはぶっきら棒過ぎる。

 しかし怒るほどの気力はなくて、「まぁそうだけど」と俯きながら答えることしか出来ない。

 「そりゃどっかで俺らみたいになったやつもいるかもだけど」

 「だといい……よくないか」言いかけた言葉をすぐ訂正する。こんな寂しい想いをするのは、きっと僕らだけで十分だろう。そう、思った。

 ばさっと音がした。それは彼が河川敷の斜面に体を預けた音だった。さっき僕がしていたみたいに、前髪を横にずらして、鮮明な空の景色を瞳孔に焼き付けている。

 「俺はお前がいて良かったよ」なんて、臭い言葉が吐き出されたが、それをスルーしてやることも友人である僕の最後の勤めであっただろうか。

 「話し相手って大事だよな」

 「気が合う話し相手、な」

 それから三十分ほどは何も喋らなかった。ただ、お互い最後の景色を堪能するだけ。でもやっぱり先に我慢ならなくなるのはこいつで、言葉の切り出しもこいつだった。

 「静かだなぁ」

 「生き物いないもんな」

 「賑やかな夜が懐かしいか?」その問いに、僕は様々な記憶を思い返してみるが、思わず身震いしてしまっていた。「いや、碌な思い出がねぇわ」

 彼は、けひひ、と笑う。

 「俺もだ」と同意された。「こう言う運命を辿る惑星も宇宙じゃ多いのかなぁ」

 「宇宙は広いからなぁ」

 僕らの星でさえ、数えきれないほどある中のとある銀河の中。それだけあれば、僕らがホットドッグを食べていた時に死んだ星もあるだろうし、僕の両親が揉めている最中に出来た星だってあるのだろう。

 僕はすっと手のひらを上に掲げた。人差し指が真ん中の一際明るい星を掠めて、収穫なしに帰ってくる。

 彼は云った。

 「罪深い星ばっかだったりしてな」

 「違えねぇ」

 僕がそう云うと、彼はぐわっと上体を起こした。どうやら何か見つけたようだ。

 「なぁ……、星座ってこう言う時に生まれたのかな」

 「最初は大昔の暇潰しとかだったんじゃねぇの?」

 「例えばさ、あの星とあの星を繋げて……」彼が指をひょいひょいと指していく。だがどれも僕の位置からだと的外れというか、分かり辛かった。

 「どの星とどの星だよ、分かんねぇよ」僕は悪態をつく。

 「俺説明下手なんだよ」

 「知ってる」

 何を今更、と心の中で嘲笑ってやった。

 「昔はさ」

 おっと、また唐突な切り出し方だな、と僕は身構えた。

 「どのくらい昔の話だ? まだ俺達がまともだった頃か?」

 「あの頃、夜ってのは酒を飲んで寝るだけだったよ」

 「あの頃の大人はみんなそうだろ」

 「星空なんか見る事もなくて……」

 「星自体よく見えなかったからな」

 そう言いながら、僕は妙に自分自身の言葉に納得していた。そう、見なかったんじゃない。見えなかったんだ。汚れた僕らには。

 普段何気なく存在しているものほど、見えなくなることがある。そこには確かに存在しているのに、何故だが半透明になって頭の隅からも消えて行ってしまうのだ。だから、僕は三年付き合っていた彼女をみすみす逃したし、彼もまた、同じようなことをしていた。

 僕らは似た者通しなんだ。

 「お、流れ星」と彼が云った。確かに僕もその姿は捉えていた。

 「何か願ったか?」

 「今更何も望まねーよ。隣にお前がいれば十分」

 何だか今日のこいつはむず痒い。「そいつはどうも」と口を窄めてはみるものの、心の中が穏やかではない。今にも熱暴走しそうだ。

 「この星空を見ているとさ、永遠に続きそうな気がするよな」彼はいう。

 「宇宙全体で言えば明日も明後日も続いていくんだよ」

 「逆に言えば、毎日どこかで星が終わっているのかもな」

 「破壊と創造かぁ……神の声でも聞こえねぇかなぁ」

 「聞こえてたらここにはいねぇさ」

 同意するがそこは「確かにな」って言ってほしかった。少しでも希望が欲しかった。縋りつけるほどでもいいから、そんな代物が。

 彼の表情はまた涼しい顔に戻っている。先ほどの流れ星までが熱の限界だったのだろうか。その瞳は若干濡れているようにも見えた。彼は弱弱しい声で呟く。

 「もうカウントダウンは始まってんのかな」

 「知りたいのか? 僕はやだね」

 「俺だってそうだよ。けど……」

 「まぁその気持ちも分かる。だから見上げてんだろ?」

 「今日世界が終わっても、世界は有り続けるんだ。不思議だな」

 「不思議でも何でもないけどな」

 ただ、いつも通りが続くだけ。僕らが死んで、僕ら以外が生き残るだけの話。単純明快で、とて残酷だ。泣きわめく暇すら与えてくれない。懺悔するならもっと時間が必要だ。そんなことを考えていたら、僕の方が心折れてきてしまった。

 「眠れたらさ、知らない内に終わってたのかな」

 「いや俺ら眠れないだろ」

 「だからだよ」僕は云った。

 彼のいう通りだった。僕らは不眠症を患っている。お互いが絶望の片鱗に触れてから、一日の睡眠時間は三十分寝れれば良い方だった。だからこそ、夢見てみたくなったのだ。それは別に眠りについた先で、ってわけじゃない。ただ何も考えずに睡眠がとれるだけの願望に他ならない。

 「きっと罰なんだろうな」


その言葉が、今でも印象に残っている。何故か分からない。ただ、しっくりきてしまったんだ。ああ、そうなんだなって。でもその時は認めたくなかった。それ故に少し反抗してみた。


 「生きている罰か? それは捉え方次第じゃないか?」

 「そうか?」

 「ああ、少なくとも俺は不幸を感じちゃいない。これは奇跡なんじゃないかとすら思う」

 「確かに、ある意味奇跡だよな」

 なんて無茶で僕らしからぬ言葉だろう、と言いながら吐き気がしてきていた。

 刹那、鈴虫の合唱が止んだ。世界から音が消え、代わりに遠くの水平線が明るくなる。まるでたった今朝日が昇ってきたかのように。

 勿論それは、朝日なんて代物ではない。アフリカに落ちてきた隕石群の、その衝撃破が遅れてやってきただけだ。みんなこいつらにやられた。多くの人間は小さい隕石の局所的な衝突で死んでいった。轟音が鳴り響く傍ら、「うわああああっ!」と僕は悲鳴を挙げていた。分からない、考えが纏まらない。あんなに時間があって、覚悟もあったのに、怖くてたまらないのだ。

 「始まっちまったか! どうする? 逃げるか?」

 「もう地上に安全な場所なんてねぇよ! いい、ここでいい!」

 「分かっちゃいたけど……分かっていてもこれは……」彼が弱音を吐いた。それが決定打になったのかもしれない。僕は諦めがついたようだった。

 「これでいいんだよ。何もかもなくなるんだよ。俺達もこれで……」









 「うおっ、まぶしっ!」

 「な、なんだ……っ?」

 目を細める。それは隕石の衝撃波とは違って、人工的な明かり――そう、ライトに近かったかもしれない。光が強すぎてその全貌さえ摑めないが、どうやら僕らの目の前に現れた物体は飛行船のようだった。そのパッチが開いて、小人のような生物が現れる。そいつは云った。

 「まだ生き物がいたのか、君達、話は通じる?」

 僕は彼と顔をあわせる。

 「「う、宇宙人だーっ!」」

 って、冷静に考えたら笑いどころだ。しかし切羽詰まった今では、そんな不可解な存在さえ一瞬で受け入れられてしまう。

 宇宙人は云う。

 「良かった、通じるね。早く来て、今なら助かる」

 「いや、いい。僕達は星と運命を共にする」

 「そうだよ、俺達だけ逃げるだなんて……」

 「うん、君達の意志は分かった」宇宙人は静かに頷いた。僕らはそれに漬け込むようにして、「じゃあとっとと帰ってくれ。俺達はここで終わるんだ!」とか「そうだ! これはきっと初めから決まっていたんだ!」とか囃し立てる。だが宇宙人の見解は僕らの想像を遥か斜めに突き抜けていた。

 「なら……強引に連れ去る!」


 そこは宇宙船の中だった。僕は急いで自分の体をチェックするが、強引に連れ込まれたような跡は見当たらなかった。もし気絶させられていなかったのだとしたら、かなり高度な文明力だ、と僕は思ってしまっていた。さっきだって、一回瞼を閉じる程度の時間しかなかったのだ。しかし、乱暴されたわけではない証拠がすぐ傍にもあった。

 宇宙船の窓から見える、地球の最後だ。一点から始まった衝撃が、僕らがいた日本までぐわっと広がっていっている。まるで髪の毛みたいだった。点が旋毛で、未だぎりぎり滅びていない個所は顔面だ。

 ふと我に返る。彼はどこに行ったのだろうと思い、辺りを見渡すと、彼はもう片方の窓から景色を覗いていた。「ああ……」と何ともいえないような声を漏らしている。

 「間一髪だったね」声がした方向を振り向くと、そこには先ほどの宇宙人の姿があった。

 「俺達をどうする気だ」彼は力強く云った。

 彼はこういう時にいつも頼りになる。元々体育会系だから、喧嘩も強い。頭しか取り柄のない僕とは、対照的な存在でもあったのだ。そんな彼に睨まれれば、誰だって少しは思うことがある筈だった。しかし、宇宙人は表情一つ変えない。それどころか、「それは僕が決める事じゃないよ」と云う程だった。

 「自分の生き方は自分で決めろ……か」

 僕の視界がすっと下降した。それは僕が無気力さに膝を折ってしまったからだ。「大丈夫か!」と彼が肩に手を置いてくれる。

 僕はすっかり消耗していた。展開に頭が追い付かなかったのかもしれない。世界が終わり、家族も含めて人が死に、そして宇宙人に助けられる。こんな漫画を買わされたら、僕は十中八九出版業者にクレームを入れることだろう。

 しかし、現実はこれでいい。現実はフィクションと違って命が一つなのだ。命さえあれば、僕らは何度でもやり直せる。

 僕は彼の手を取り、立ち上がった。そして宇宙人を見据える。

 「な、何急にじいっと見つめるんですか」

 やり直せる機会を与えてくれたのは有難かった。だけど、僕らは宇宙飛行士じゃない。ここ地球以外の場所では、知識はないに等しかった。

 そしてそれ以上に――

 「お前が悪いんだからな」

 「えっ?」

 やはり彼も顔を真っ赤に染めている。今までの臭い台詞の数々、それらが生命の危機を脱した今の僕らに襲い掛かってきているのだ。

 「お前が、俺達を助けたりなんかするから……」

 「えええっ!」

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