第337話 仲直り


「私は落ち着いているよ。司君の方こそ落ち着いたら?」


 杏里の目はまだ少し吊り上がったままだ。

そして肩で息をしながら、少し目に涙を浮かべている。


「少しだけ俺の話を聞いてくれないか」

「……いいよ」


 杏里をソファーの方に引き寄せ、並んで座る。

何日ぶりだろう、一緒に座るの。


「ふぅ……。杏里、今から俺は本当の事、何があったか話す。杏里も全部話してくれないか?」


 少し考え込んでいる杏里。

さっきより目つきが優しくなり、俺を見てくる。


「司君が本当のこと言ってくれるなら……」


 杏里の手を握り、その瞳をそっと見つめる。


「笑わないで聞いてほしい」

「何を言われても、笑ったりしないよ」


 杏里らしい答え。

そんな杏里の事がやっぱり好きなんだと実感する。


「俺が毎日手芸部に通っていたのには、理由があるんだ。ちょっと待ってて」


 俺は席を立ち、自室から紙袋を持ってくる。

そして、そのまま杏里に渡し、ソファーに座った。


「中身、見てもらえるか?」


 杏里は不思議そうな目をしながら、紙袋を覗く。

しばらく中身をじーっと見ながら、何かを考えているようだった。


「あの、これってもしかして編み物?」

「そう。マフラーを編んでいたんだ。中身、手に取ってもいいよ」


 杏里は紙袋から編みかけのマフラーを取り出し、手に持ってまじまじ見ている。

そんなに見ないでほしいんだけど……。


「なんでマフラーなんて……。もしかして、プレゼントだったりする?」

「そう、クリスマスプレゼント。杏里にマフラーをプレゼントしようと思って、手芸部に通っていたんだよ」


 杏里が俺を真っすぐに見つめ、何か言いたそうな顔をしている。


「そう、だったんだ……。だから毎日通っていたんだね」

「なかなか上達しなくてさ。杏里にも誤解させちゃって、ごめんな」

「そんなことない。私も勘違いだってわかって、よかったよ。ごめんね……」


 と、俺の方は誤解だと杏里に伝えた。

でも、杏里は遠藤と二人で買い物をしている。

これは杏里に話をしてもらわないとね。


「杏里は、なんで遠藤と……」


 少し間が空き、杏里は口を開く。


「あのね、司君に服をプレゼントしたくて。一緒に見に行ってもらったの」

「服?」

「うん。初めは高山さんに声をかけようかと思ったんだけど、ちょっと服のセンスとかがさ……」


 わかる!

高山のセンスはある意味すごいからな。

俺が逆の立場だったら高山ではなく、遠藤を選択するだろう。


「じゃぁ、遠藤に向けていた笑顔って……」

「私が選んだ服を着た司君を想像して、似合うかなって……」

「そっか、遠藤じゃなくて、俺に向けての笑顔だったのか。でも、遠藤は杏里と買い物行ったこと、俺に言わなかったぞ?」

「遠藤さんには司君に話さないでって言っていたから。遠藤さんにも迷惑かけちゃったね」


 そっか。

やっぱり杏里はやましい事なんて何にもなかったんだ。

ちょっとしたすれ違いだったんだな。


「なんか悪いことしちゃったな」

「辻本先輩にも迷惑かけちゃったね」

「そういえば、杏里も手芸部に行っていたよな? 杉本さんと一緒に部室行くの見たことあるぞ」

「うん、何回か行っている。ちょっと待ってて」


 杏里があわただしく席を立ち、出て行ってしまった。

そして、階段の駆け上がる音が聞こえてくる。

すぐに杏里は戻ってきた、息を切らして。


「これ、見てもらえるかな?」


 杏里に渡されたバッグ。

中を見てみると編みかけの何かが入っている。


「これって、もしかしてマフラー?」

「うん……。実は私達も辻本先輩に編み物の件で相談していて……」

「そうだったんだ……。俺たち、同じこと辻本先輩に相談していたんだな」

「だね。迷惑かけちゃった……」


 杏里も俺と同じことを考えているなんて。

まったく、かわいいやつめ!


 そっと杏里の肩に手を乗せ、杏里を引き寄せる。

しばらく触れていなかった杏里の肩、そして感じる彼女のぬくもり。

やっぱり、俺は杏里のそばにいるのが一番落ち着く!


「ごめん、嘘なんてつかなくて、もっと早く言っていればよかった。杏里と話せないのが、すごくつらかった」


 本音を杏里に伝える。


「私こそ、ごめん。勝手に勘違いして、勝手に怒って。本当にごめんね」


 俺と杏里の頭がくっつく。

こうして二人で一緒にいつのが、幸せだと実感するのは何度目だろう。


「プレゼント、ばれちゃったけど家で編んでもいいか?」

「もちろんいいよ、私もまだ編みかけだから一緒に編もうか」

「いいね、一緒にこたつで編み物しながら、おやつでも食べたいね。俺は、杏里といつでも一緒にいたいよ」

「私も……。司君と一緒にいるのが、一番落ち着くから……。ありがとう」


 彼女の手を握り、頬にキスをする。

彼女のぬくもり、俺は絶対に失いたくない。


「今日から一緒に編もうか?」

「いいよ、今夜も編む予定だったし。でも、司君のマフラー、何か所か間違ってたよ」


 マジですか!

おかしいな、見直しながらじっくりと編んだはずなのに。


「杏里は編み物うまくなったのか?」

「それなりに、多分司君よりはうまいと思うよ」

「良かったら俺にも教えてもらえるかな?」

「いいよ、一緒に編もうね」


 この日、杏里と一緒に遅くまで編み物をした。

向かい合って、教えてもらいながら、一緒にマフラーを編んだ。


 お互いに微笑みながら、相手の事を考えながら出来上がっていくマフラー。

きっと、市販品よりもずっと温かいマフラーができるだろう。


 このマフラーには、相手を思いやる愛がたくさん詰まっているのだから。


「司君」

「なに?」

「そこ、間違っているよ。やり直し」

「……はい」

「私が着けるマフラーなんだからかわいく作ってね」

「わかっているよ、頑張る」

「うん、頑張って」


 杏里の為に、もうひと踏ん張り頑張りますか!



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る