第297話 二人で歩くバージンロード


 手芸部に行くと、そこには姫がいた。

真っ白なドレスに身を包み、長い髪は細かく編み込みされ、静かに微笑んでいる。

夢の世界に出てきそうな美しい姫、それが今現実の世界にいる。


「おーい、司兄? 息してる?」


 おっと、別の世界に行っていたようだ。

危ない危ない。


「杏里、準備は?」


「大丈夫。ばっちりだよ」


 真奈も良君も着替え終わっている。

真奈は薄いピンクの可愛らしいドレスに、良君もスーツがばっちり似合っている。


「真奈と良君は準備が終わったら、別室の控室に。俺と杏里、それから杏里のお父さんがいるから」


「オッケー。メイクアップしたらすぐに行くね!」


 真奈は良君の手を握り、部屋を出ていく。

確か初対面なのに、何だか随分仲が良いな。


「天童さん、例の物は?」


 俺は懐から一つのケースを取り出し、手渡す。


「預かりますね」


 テーブルに用意されたリングピロー。

薄い水色の熊と淡いピンクの熊が仲良く並んでいる。

黒のスーツに白のドレス。この二匹の熊が俺達のリングを守ってくれる。


「可愛いよね」


 杏里もリングピローを覗き込む。


「だな。細かいところまでこんなに……」


 二匹の熊はそれぞれ俺と杏里のリングをしっかりと握っている。

指輪の交換までの別れだな。


「司君、そろそろ」


「行こうか」


 俺と杏里は部屋を出て雄三さんの待つ控室に移動する。

俺達のあとには手芸部のメンバーが数人、後をついてくる。


――コンコン


『はい』


「天童です」


 中に入ると椅子があるにも関わらず、立っている雄三さんが目に入った。

ビシッと燕尾服を着て、まさに『父です!』と言った感じだ。

でも少し痩せたような感じがする……。


「杏里、綺麗になったな……」


 雄三さんの目に少しだけ涙が浮かんでいる。


「お父さん、少しやせた? ご飯ちゃんと食べてる?」


「心配するな。こっちは大丈夫だ。それよりも、二人の準備は終わっているのかね?」


「はい。後は予定の時間になったら移動します」


 もうすぐ予定の時間だ。

教会には招待状を出した方、一般の来場客、それに撮影の為にテレビ局の人が来ている。

高山も杉本も大丈夫かな?


「お待たせー!」


 リングボーイとベールガールの登場だ。

役者はそろった。


「おじさん、今日はよろしくお願いします!」


 こんな時でもマイペースの真奈。

こいつを見ていると、緊張が和らぐな。


「では、天童さんは先に行って定位置に。この後は姫川さんとお父様、それにベールガールさんと一緒に移動します」


「杏里、先に行っている。また後でな。雄三さんも、今日はよろしくお願いします」


「あぁ、任せてくれ。一生に一度の舞台だ。二人に恥はかかせない」


「真奈も失敗しないよ! 何度もイメージトレーニングしたしねっ」


 俺に向かってブイサインしてくる真奈。


「良君もよろしくな」


「はい、頑張ります!」


 俺は一足先に教会に向かい、定位置に着く。

教会に入ると、多くの人がすでに座っている。

一番前に父さんと母さん、その後ろに商店街のみんなが見えた。


 お? バイト先の店長もオーナーも来てる。

高山も杉本も、クラスメイトもいるし、先生たちも大勢座っているのが目に入った。

それに、一般のお客さんも用意した椅子に座れないくらい、大勢の人が教会に入っている。


 俺は軽くみんなにお辞儀をして、バージンロードの中央に立つ。

そして、杏里が登場するのを、鼓動が高鳴る中待っていた。


――パパパパーン パパパパーン


 結婚式お馴染みの曲が流れ始めた。

吹奏楽部の演奏が始まり、教会の中は美しい音色が響き渡る。


 ゆっくりと開く扉。

教会にいる全員の視線が一斉に入り口の扉に向く。


 扉が完全に開ききり、まばゆい光の中から杏里と雄三さんが見えてきた。

一歩一歩、確かめるかのように歩き始める二人。


 真っ白なドレスに、真っ白なベール。

そして、真っ白なバラのブーケを手に持ち、一歩一歩ゆっくりと俺に向かって歩いてくる。


 杏里の後ろにベールを持つ真奈も見えた。

杏里の歩く早さに合わせ、真奈もゆっくりと歩く。


 会場がざわつく。


「お姫様みたい……」


「綺麗、こんな結婚式だったらいいね……」


 そんな声が俺の耳にも入ってきた。

やばい、緊張してきた。

上手く歩けるだろうか……。


 俺の目の前に二人が到着し、俺は雄三さんに頭を下げる。

雄三さんも俺に頭を下げ、ここでパートナー交代。

雄三さんは杏里を俺に託し、自分の席に戻っていく。


 俺は杏里と腕を組み、一緒にバージンロードを歩き始める。

杏里は少し下を見ながら、俺の腕にしっかりと自分の腕をからませ、一歩一歩ゆっくりと進む。


 何度も夢見た、何度も考えた、何度も何度も何度も。

今、こうして杏里と歩き、共に進むことを何度も夢見た。


 それが今、こうして現実となり、俺は杏里の隣にいる。

俺は今日杏里と一緒に誓約書にサインをする。

例え文化祭のただのイベントなのかもしれない。


 それでも、俺は杏里と一緒にこのバージンロードを歩く。


 大好きな杏里。

 世界で一番大切な杏里。

 愛おしく、いつでも俺の側にいてほしい杏里。


 俺は杏里を世界で一番幸せにする。

杏里を世界で一番幸せに出来るのは、きっと俺以外にいない。


 小声で杏里が俺に声をかけてくる。


「緊張、するね」


 ベールに包まれた杏里の表情。

薄らと見えるその表情は、まさに天使の微笑みだった。


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