第296話 みんなへ恩返し


――コンコン


『どうぞー』


 すでに遠藤や井上、杉本がいた。

あれ? 俺が遅かったのか?


「待ってたよ準主役」


「なんだ、遠藤はもう着替えたのか?」


「着替えるだけだからね。天童君も早くした方がいい」


 ん? なんで?


「遅いっ! 早くこっちに」


 待っていたかの様に浮島先生が俺の腕を掴んで鏡の前まで連れて行かれる。

遠藤は後ろの椅子に座っており、手鏡を見ながら自分の前髪をいじっていた。


「杉本さんと井上さんもメイクが必要でしょ。先に天童さんを仕上げないと」


 おっと、そいつは失礼。


「天童さん、早く座ってくれるかしら? 姫川さんはメイクも終わって、今着替えに行ってるわ」


 俺達が準備していた時間を全てメイクにつかい、今度は俺の順番になった。

先生は鏡を見ながら俺の頭に何かつけ、熱風を当てる。

そして、肌に液体をぬりっとして、パンパンビンタ。


「これで良いわね。終わりよ」


 約十分。男の準備は早い。


「終わりですか?」


「終わり。次は杉本さん、今日はコンタクトだからメイクしやすいわね」


「よろしくお願いします!」


 杉本は普段の地味な格好ではなく、私服姿に近い恰好だ。

既にクラスのメンバーにも地味杉本ではなく、隠れ美人杉本として認識されている。

杉本曰く『制服は校則の通り、コンタクトだと目が疲れるから普段はメガネ』と答えている。

まぁ、絵をかいたり徹夜するなら目が疲れますからね!


 メイクアップ中の杉本。

化粧のノリが良いらしく、先生の機嫌も良い。

しかし、それなりに可愛かった杉本も化粧マジックでここまで変わるとは……。

化粧の力は恐ろしいのぅ。


――ガララララ


 ノーノックで入ってきた高山。


「うぉぉぉ! 彩音! 可愛いぞ!」


 第一声がそれですか。


「高山早く着替えないと」


「分かってる! 天童と遠藤は?」


「遠藤は着替え済み。俺は今から着替え」


「よし、早く着替えるぜ!」


 その場でズボンを下ろす高山。


「た、高山君!」


 鏡越しに杉本が叫んでいる。


「あ、まー別にみられても……」


「えっと、ボクもいるんだけど……」


 少し頬を赤くしている井上。

意外と純ですね。


「ほら、隣で着替えて。ここには女の子、三人もいるのよ」


 先生に怒られた。

ん? 女の子三人? 杉本と井上しかいないよ?

あ、そういう事ですか。


「じゃ、隣で着替えてきますね」


 高山と隣で仲良くお着替え。

高山と遠藤は普通にスーツ、俺は一人グレーの燕尾服。

何だかちょっと偉くなった気分。

しかし、杏里は数人がかりで着替えるのに対し、こっちは……。

ま、男ってそんなもんだよね!


『終わり、次は井上さんね』


 隣では杉本から井上に対象が変わったようだ。


「よーし、着替え完了! 天童、俺のネクタイ曲がってない?」


 高山のネクタイを俺が締め直す。

おい、これって立場逆じゃないか?


「おっけ。おー、何だかそれっぽいな」


 中々にあっているぞ、高山。


「ふっ。いい男は何を着ても似合うのさ」


「俺は? 燕尾服ってこれで良いのか?」


「……うーん。いいんじゃないか? 多分」


 後で手芸部か先生にみてもらおう。


――コンコン


『天童さん、いますかー』


 おっと、この声は真奈だな。


「いるぞー」


 やっと登場した真奈。

その後ろには見た事の無い男子。

もしかして、こいつが杉本の弟か?


 隣のお着替えルームからみんなの居る所に移動する。


「司兄、かっこいいね!」


「よっ、それなりに見えるだろ?」


 と、真奈と日常会話。


「真奈さんのお兄さんですか!」


 勢いよく俺に声をかけてきた弟君。

ダッシュで俺の目の前にやってくる。


「兄って訳じゃないけど……。まぁ、そんなもんかな?」


「そうですか。今日はよろしくお願いします!」


 深々を頭を下げる弟君。

結構さわやか系だし、しっかりとあいさつもできる。


「急なお願い聞いてもらってありがとな、助かったよ」


「いえ、そんな事無いです。俺、杉本良平(すぎもとりょうへい)です。普段から姉がお世話になっています」


 何といい感じの弟なんでしょう。

真奈とは大違いで涙が出そうです。


「ちょっと良君、司兄にそこまであいさつしなくていいよ」


 おーい、一応俺先輩だしさ。

むしろ、真奈はもっと俺に気を使ってほしい所だよ。

しかも、何その呼び方? 今日初対面ですよね?


「そうなの?」


 困惑する良君。


「そ、司兄にはもっとフレンドリーに!」


 と、抱き着いてくる真奈。

やめてけれー。


「……真奈さん?」


「おっと、今日は大切な日だったね。ごめんね司兄」


「良平」


「ねーちゃん?」


 良平君は目を大きく開いて杉本さんを見ている。

ま、化粧の力だよこれは。


「ごめんね、弟がちょっかい出して。二人とも、今日はよろしくね」


「「はいっ!」」


 井上のメイクをしながら浮島先生は二人に声をかける。


「二人共、着替えを先に。この先に手芸部の部屋があるわ。そこで杏里さんもいるはず。着替えて、こっちに戻ってきて」


「部屋は分かるかな? 僕が案内しようか?」


「お願いします」


 遠藤と真奈、それに良平君。

部屋を出ていき、準備に入る。

 

「こんな感じでいいわね」


 井上のメイクアップが終わったようだ。


「先生、お化粧ってすごいですね」


 井上の方を見てみる。

普段はボーイッシュな井上は、何ともまぁ可愛く変身しちゃって。

自分の姿に驚き、鏡をしばらく見つめている。


「ふぅ、あとはあの二人をメイクして終わりね」


 ここに来て浮島先生の株がストップ高。

やはり大人の女性は違うんだな。


――ガラララ


「ただいま」


 遠藤が戻ってきた。

遠藤はメイクの終わった井上を見つめている。

井上も少し照れながら遠藤を見ている。


「どう、かな? 変じゃない?」


 ゆっくりと遠藤が井上に近づき、お互いに視線を交差させる。


「綺麗だよ」


「ありがと」


 交わしたたった一言の言葉。

それでもその言葉は沢山の気持ちが詰め込まれているんだろう。

あー、そろそろいいかな? そんなに見つめ合っていたら周りの皆が困りますよ?


 ほら、高山何か突っ込めよ。

って、お前も杉本となに見つめ合ってるの?

あー、やだやだ。これだからラブコメは嫌いなんだよ!


「ゴホンッ! あー、時間がないなぁー」


 と、大きめの声で咳払い。

我に返った男女四名。ほれ、仕事だ仕事。


「わ、私は井上さんと着替えてくるね!」


「う、うん。早く着替えないと……」


 少し慌て気味で杉本と井上は部屋を出ていく。

残った男三人。まったく、何をしているんだか……。


「三人とも、そろそろ準備を始めたら?」


 鏡に向かって自分のメイクをしている先生。

手際が良く、その手さばきがすごい。

何をどうしているのか、男の俺には正直わかっていない。


「よし、俺達の準備は終わりだな。いよいよだな」


「あぁ、やっとこの時が来たぜ」


「挙式のあとは僕と井上さんが受付をするから、この後に準備が終わっているか確認してくるよ」


「おっけ、頼んだぜ。高山は?」


「まずは挙式に参加する人達を誘導だな。先に行ってるぜ」


「頼んだぞ」


「この後は教会で会うな。失敗するなよ?」


「分かってる。高山、遠藤、ありがとう。ここまでやってこれたのは、二人がいたからだ」


 俺は二人に手を差し出す。

ここで、握手とかしたらちょっとかっこいいよね?


「天童、わかってない! 俺達もだけど、姫川さんや彩音、それに井上さん。他にも先生や沢山の応援してくれる人がいたからだろ?」


「そうだね、僕たちだけではここまでたどり着けなかった。みんながいたからだね」


 そうだな。


「そうだな。みんながいたからできた。その感謝を、恩を返さないとな」


 そう、俺達がお世話になった人たちに感謝を伝え、恩を返さなければ。


「やるぜ!」


 高山もやる気十分。

お前と出会えてよかった。友達で良かったよ。


「最高の式に。天童君と姫川さんの為にね」


 歯が眩しい遠藤。

お前と一緒にこんな事をするとは夢にも思わなかった。


「ありがとう。よし、行こうか!」


「「おう!」」


 俺は差し出した両手を天に向け、高山と遠藤とハイタッチ。

俺は杏里を迎えに手芸部へ。

高山と遠藤の二人は自分の持ち場に向かう。


 やるぜ。男を見せてやる!


「みんな、青春してるねっ。私だって……」


 先生の声が少しだけ聞こえた。

俺、先生の事も応援してますよ。

恋する女の子ですからね、先生。 

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