第278話 会長の頼みごと
「えっと、一着はすでにあります。ただ、手直しが必要ですが、一から作るよりは短い時間でできると思います」
俺は母さんのドレスについて手芸部に伝える。
自宅に保管しているドレスを、今回のイベントでリメイクできるかもしれないと事前に杏里と相談していた。
手芸部のみんなには苦労を掛けるかもしれないが、頑張ってもらいたい。
「では、お色直し用の一着を作るのと、すでに手元にあるドレスの手直しで?」
「はい。それに、今回式場から道具や機材も一部いただけるので、出来るだけリメイクして行きたいと思います」
集まった全員に式場で使えそうな道具の写真を配布する。
先日俺がスマホで撮った写真だ。
「これは、式場の一室が改装するらしいので、その不用品です。今回のイベントで使用できるようであれば、無料で提供していただけます」
絨毯やシャンデリア、テーブルに椅子。
あと、花を飾る台やロウソクを置く矛のよなものまである。
普段の生活では絶対に使用しないアイテムしかないな。
「大きい物は演劇部のトラックで運んでもいいのか?」
演劇部の部長さんが声を上げる。
「はい。ただ、保管しておく場所がまだ……」
「だったら演劇部の倉庫に置くといい。この量なら全部入るだろう」
「そうですか。ありがとうございます、助かります」
すぐに杉本がみんなに資料を配布する。
「今配った資料は提供してもらえる道具の一覧です。各部で欲しい道具にチェックを入れて、私まで提出をお願いします、後日回収し、まとめてから演劇部にリストをお渡ししますね」
「分かった。これで大分作業が楽になるな」
いい感じにまとまってきた。
みんなもやる気十分。俺達も、可能な限り頑張ろう。
そんな感じで打ち合わせも進んでいき、今日の話し合いは終わった。
みんな、これからの事を考えそれぞれの部室に戻っていくのだろう。
祭りは楽しいけど、準備も楽しいよね。
と、会長がまだ残っている。
「天童、姫。ちょっといいか?」
俺と杏里が呼ばれ、会長に歩み寄る。
「何でしょうか?」
「これを……」
会長は大きな紙を広げる。
そこには学校の見取り図と校内の図面が。
「これは?」
「警備メンバーの配置図だ。一応知らせておこうと思ってな」
校内と建物のマップ。
赤い点が何カ所かについており、一つだけ赤の二重丸になっている。
「この二重丸は?」
「これは俺の位置だ。基本的に二人の側を移動しながら警備する予定だ。挙式と披露宴の時は二人の近くにはいるが、なるべく目立たないようにする」
「他のメンバーとの連絡方法は?」
「これを使う」
会長は懐からトランシーバーを取り出す。
「みんな持っているんですか?」
「もちろん。周波数を合わせて、全員で情報共有できる。ま、安物なんで狭い範囲しか通信できないが、校内であれば問題ない」
ニヤリと口角を上げる会長の顔が怖い。
何か悪い事をしているような人にしか見えない。
「分かりました。よろしくお願いします」
「あと、一つ頼みたいことがある」
おっと、何か備品とか、機材の要求ですか?
「何でしょうか?」
「以前、運び屋をした時のお礼をまだもらっていない」
あ、忘れてた。
杏里に視線を移すと、杏里も俺に視線を送ってくる。
見つめ合っているが、ここは以心伝心。
絶対に杏里も忘れているだろ。
「会長さん、お礼は何がいいですか?」
「写真が欲しい」
またですか! 前回も確か写真とか言っていませんでしたか?
「ですから、写真は……」
「姫と天童。そこにいるお前たちメンバー全員。それに今回参加する各部の部員全員。イベントに参加する全員が映っている写真がいい」
「私の写真ではなく、みんなの写真ですか?」
「あぁ。こんな規模のイベントなんてめったにない。それに俺は今年卒業だ。みんなで撮った方が、いい思い出になりそうだろ?」
記念写真か。
それは悪くない。むしろ、なんで気が付かなかったんだろう。
横目で杏里を見るが、きつい目つきはしていない。
むしろ、優しさを感じる。
「分かりました。当日、イベントが始まる前にみんなで記念写真を撮りましょう」
「悪いな、無理言って」
「いえ、そんな事ありません。ありがとうございます。私も、記念写真は欲しいですし」
微笑む杏里。
その微笑みを見ると、俺は癒される。
「本当は、微笑んでいる姫の写真も欲しいんだがな」
そう話すと会長は席を立ち、会議室を出ていく。
きっと杏里の事が好きだったんじゃないかな。
異性としてではなく、家族のような想いで。
俺達も高山達の所に移動し、今日の打ち合わせについて再度確認する。
遠藤の作った議事録を見ながら、次の打ち合わせに向けて対策を考える。
会長の言った全員の集合写真も撮る事になった。
各部の進捗も随時遠藤や井上に入ってくる。
これからが本番だ。俺達は各部と連携し、進めていく。
「――こんな所かな?」
全員の報告やこれからの事も確認し、今日は終わる。
「あ、あのね。みんなにお願いがあるの」
杏里が話を切り出した。
「杏里? どうしたの?」
「あのね、プログラムの『お母さんへの手紙』の項目なんだけど――」
この間話をした内容を話す。
みんながどう反応するか、気になるところだ。
杏里の話が終わった。
みんな、杏里の方を見ている。
「俺は杏里に賛成している。みんなの意見を聞きたい」
俺と杏里だけでは完成しない。
みんなの協力が絶対に不可欠だ。
「私は良いよ。杏里、絶対に成功させよう!」
「俺だって賛成だぜ! むしろ、超いけてる!」
「僕も賛成。井上さんは?」
「ボクも賛成。反対する理由はないよ」
杏里が笑顔でみんなに答える。
「ありがとう。絶対に成功させようね!」
「よっしゃ! そうと決まれば天童、やるぜ!」
高山が俺に体ハイタッチを要求してくる。
しょうがない、付き合ってやるか。
「おう。よろしく頼むぜ!」
「杏里、私もよろしくね」
杉本が杏里に手を差し伸べる。
杏里もその手を取り、握り合っている。
「もちろん。任せて!」
「さて、今回も一緒だね」
遠藤は井上に話しかけている。
特にタッチも握手も、ハグも要求していない。
「よろしく。ボクも頑張るね」
各部は各部の。俺達は俺達の。
大イベントに向けて、準備が進んでいく。
父さん、母さん。
結婚式って、準備が大変なんですね。
でも俺は杏里と、みんなと乗り越えていくよ。
昔、父さんと母さんも同じようにしていたんだろ?
今の俺達と同じように式の準備をして、未来に向けて二人で手を取り合っていたんだろ?
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