第276話 余興の内容


 リングを注文し、店を出る。

お支払いは商品と引き換えのようだ。


 その場で払ってくれと言われなくて本当に良かった。

店を出てから杏里と一緒にアーケードを歩く。


 みんな学校に行っている時間に、二人で街に行くとか。

ちょっとだけ不良になった気分だ。

隣を歩いている杏里に視線を動かす。

どうやら何か一点に集中し、遠くから眺めている。


「行くか?」


「うん」


 杏里の顔が笑顔になり、お馴染みのクレープ屋さんに来た。

杏里はイチゴ、俺は何にしようかな……。


 クレープを買って、食べながら駅に向かって歩く。

平日の昼間に二人でデートとか。何だかちょっとだけ楽しい。


 これからの事を杏里と話しながら、自宅に帰る。

雄三さんの事も心配だけど、俺達は俺達のやるべきことをやらなければ。


 お昼は杏里特製オムライスだった。

出会ったあの頃の、血痕のような文字ではなく、卵の上にはハートが沢山書かれている。

先生は嬉しいぞ。よくぞここまで……。うっすらと涙が出てくる。


「何、泣いてるの? オムライス嫌い?」


「ち、違う。杏里のオムライスが、うまそうで……」


 少し頬を赤くしながら。こっちを見てくる。


「あ、ありがと。早く食べよう」


 杏里の作ったオムライスは、ほのかに甘く、愛情と言う名の特製スパイスも効いており、お腹と胸がいっぱいになった。

そして、食後に杏里がリンゴをむいてくれた。


「どう? ちゃんとウサギになってるでしょ?」


「完璧だな。もう、俺の教える事は無い……」


「そんな事無いよ。もっと一緒に、二人で沢山色々な事をしようよ」


「そうだな。さて、時間もあるし文化祭に向けて一仕事しますか」


「しますか」


 学校を休んだ分、自主学習もし、文化祭に向けての工程を確認する。

やはり、当日までに準備しなければならないアイテムが多い。

それに、早く招待状もださなければ。


 あと、披露宴で何をするか。

友人代表のあいさつとか、やっぱ高山に依頼した方がいいのかな?


「ねぇ、司君。これ、どうしようか?」


 杏里の指さす項目。そこには『お母さんへの手紙』と書かれている。

杏里は母親が来れない。つまり、この項目自体、どうするべきなのか。


「雄三さんに向けての手紙に書きかえるか?」


「私はお母さんに伝えたい。でも……」


「俺の母さんじゃ、だめだろうし、どうしたものか……」


 いきなりつまずいた。

結婚式で娘から母へのメッセージは涙流す名場面が多い。

俺達はそれができない。なにより、杏里の言葉を伝えられないのが、悔しい。


 すると、杏里が大きな瞳をこっちに向けてきた。

何か思いついたようだ。


「ねぇ、こんなのってありだと思う?」


 二人っきりしかいないこの部屋で、なぜか俺に耳打ちしてくる。

ほんの少し耳にかかる杏里の息。ゾクゾクしてしまうのはしょうがない。


「……どう? 手紙は無理だけど、これなら」


 杏里の発想は面白い。

いいよ、俺も乗ってやるよ。


「オッケ、俺は大賛成。イベントとしては面白いと思う。高山達にも相談だな」


「それから、折角来てもらったお客さんにも楽しんでもらおうと思うの」


 杏里がノートに何かを書きだす。

俺は杏里の書きだした文字を読み起こす。


「借りもの競争、ビンゴ大会。会場全員が参加、景品も準備」


「どう? 何か参加できた方が面白いと思わない?」


「ビンゴ大会はみんな参加できるけど、借りもの競争は?」


「例えば、お茶を配ってもらって、そのソーサー裏に番号を書いておくの。初めは一番から五番までの方って感じで、ステージに来てもらう」


「ランダムに選ぶのか?」


「事前に席順が決まっているから、お願いしても大丈夫な人にしておく」


「でも、本人たちには伝えないって事か」


「もし、うちのお父さんに当たったら、ね……」


「だな。これも高山達に相談しておくか。ダンス部や奇術部も出し物してくれるらしいし」


 この日は杏里と二人だったけど、課題をこなしていった。

招待状を送るメンバー、余興の内容。当日の大まかな流れ。


「杏里、これどうする? 作ってもらうか?」


 俺の指さすページにはリングピローの写真が写っている。


「うーん、彩音と手芸部に相談してみようかな。でも、自分で作りたい物もあるんだよね――」


 二人で話す内容はイベントの内容。

でも、もしかしたら本物の結婚式もこんな感じで進んでいくのではないだろうか。

学校のイベントだけど、俺達のイベントでもある。


「父さんと母さんが使った道具とか写真を一度見てみるか。何か参考になるかもしれないし」


「そうだね」


 俺は段ボールからアルバムを取り出し、杏里と一緒にソファーに座る。

俺と杏里の間には大きなアルバムが。


 開いてみると父さんと母さん、それにばーちゃんも写っている。

俺の知らない人も大勢来ているし、みんなの格好がすごい。

これが本物の結婚式か……。


「ドレス、綺麗だね。それに、二人共幸せそうな顔している」


「きっと、俺達もこんな感じになるよ。杏里の事、絶対に幸せにする」


 杏里の肩に手をかけ、抱き寄せる。


「ありがとう。私も司君の事幸せにするねっ」


 杏里の事を幸せにする。

好きな子を幸せにするって、きっと男だったらみんな望んでいると思う。

自分勝手に独りよがりしないで、二人で一緒に歩いて行く。


 きっと、俺達ならずっと一緒に歩いて行ける。

そんな気がした。




「あっ! お父さんが写ってる!」


「本当だ! 若い! そして痩せてる!」


 昔の写真は面白い。

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