第275話 運命の日


 事前にリサーチしていたお店に入ってみる。

色々とネットを見て、この店を見つけた。


 結構デザインもいいし、価格も比較的安いと書き込みがあったからだ。

流石にイベントだったとしても数十万円もするリングを買う事は出来ない。


「いらっしゃいませ」


 雰囲気のいい店にはたくさんのリングやネックレス、ブレスレットにピアスなどが展示されている。

ふと、一番手前のショーケースに目を向ける。


 一、十、百、千、万……。

うん、丸が多すぎるね。

隣の杏里は、目を輝かせながら指輪の並ぶコーナーに一人で行ってしまった。

杏里もなんだかんだ言ってアクセサリーとか好きなんだろうな。


「何かお探しでしょうか?」


 女性の店員さんが声をかけてくる。


「えっと、結婚指輪を……」


「ご結婚ですね、おめでとうございます」


 ショーケースに入ったリングを眺めている杏里。

杏里はどんな指輪が欲しいのだろうか?


「司君、どんなリングがいいかな? これ、すごく綺麗……」


 杏里の目は一つのリングが輝いている。

そして同時に杏里の瞳も輝いている。

『他のどんな宝石の輝きよりも、杏里の輝きにはかなわないよ』

と、変なセリフが頭をよぎった。即封印しよう。


 杏里の見ているリングはそれはもう、お値段が……。

とても学生の払える金額ではない。

式を挙げるには本当にお金がかかるんだな……。


「そちらは当店のおすすめですね」


 いやいや、すいません。

おすすめでも、こっちにすすめないでください。


「んー、綺麗だけど、私にはちょっと大きいかな……」


「杏里はどんなリングがいいんだ?」


「私? んー、出来るだけシンプルなリングがいいな。ペアになるんだし、司君にも似合わないと」


「そっか、俺もつけるんだっけ」


 しばらく店内を回って、何点かに絞ってみた。


「杏里、どれにする?」


「迷うね……」


 だったら一度つけてみるか。


「すいません、これと、これと、これ。一度つけてみていいですか?」


「かしこまりました」


 今まで指輪とか付けてないし、似合うのかも良くわからない。

でも、杏里には似合うリングを付けてほしいな。


「どうぞ」


 店員さんがショーケースからリングを取り出してくれた。

スっと杏里が俺に左手を差し出す。


 あ、なんかドキドキしてきた。

銀色のリングを一つとり、杏里の左手薬指にスッとはめる。

リングの付いた手を、杏里は瞬きもせず、じっと見ている。


 ふと、杏里の顔を覗いてみたら、頬が少し赤くなっている気がする。

でも、何だかとても幸せそうな表情だ。

それを見た俺も、何だか胸が熱くなってしまった。


 俺も、杏里と同じデザインのリングをはめる。

心拍数が上がる。自分の手と杏里の手を交互に見てしまった。


「ふふっ、もしかしてペアリングは初めてですか?」


 店員さんが話しかけてきた。


「は、はい。初めてですね……」


 少しどもってしまう。


「結婚指輪は二人の記念になります。内側に文字も入れられるし、商品によっては宝石も入れられます」


 文字。二人の記念として、何か入れてもらいたい。


「杏里、リングに何か文字を入れてもらうか?」


「入れたい」


 即答でした。

俺も入れたいです。


「まずは、リングを選ばないとね。今、着けているリングってプラチナですか?」


「そちらはプラチナシルバーですね。価格も少しお買い求め安くなっていますよ」


 確かに。他のリングと比べると結構安く見える。

だが、それでも一万や二万ではない。指輪って高いのね……。


「私、この指輪がいい」


 ん? 他にも選んでいたのにこれで良いのか?


「他の指輪は? 着けてみなくていいのか」


「うん。司君も似合うし、それに……」


「それに?」


「初めてつけてもらったリング。私は、これがいいな」


 プライスを見ても、俺がバイトした溜めこんだ金額を全てつぎ込めば何とかいける。

夏休みに頑張った全てのキャッシュが飛んでいくのか。

ある意味、リングに全財産をつぎ込む。うむむむむ……。


 だが、他のリングはさらに上を行く。

イベントの式で借金はダメだ。

あ、これって集めた予算から出るんじゃ?


 ……いや、そんな事してはダメだ。

これは俺が杏里にプレゼントする。

あくまで個人で買うべきもの。

全財産? いいだろう。

杏里と二人で決めた初ペアリング兼結婚指輪に全財産出そうじゃないか!


「このリングでいいのか?」


「これにする」


 二人で決めたリングを買う事に決めた。


「すいません。これを」


「ありがとうございます。文字はどうされますか? 英数文字と記号、合わせて二十文字以内ですね」


 んー、何がいいかな?


「杏里はどんな文字入れたい?」


「私はイニシャルと日付でいいかなと思ったけど、司君は?」


「俺もそれでいいよ」


 店員さんが専用の紙を一枚俺達にくれた。


「では、こちらが男性側、こちらが女性側に刻印する文字を書き込んでください」


「杏里が先に書いてくれるか?」


「ん、いいよ」


 杏里がさらさらっと書いていく。

ん? 杏里の書いた日付が式の予定日ではなく、過去の日付になっている。


「杏里、日付は式の日じゃないのか?」


 杏里が不思議そうな顔で、俺を見てくる。

あれ? 違うのか?


「いつか、本物の結婚指輪に本物の式の日とか入籍日をいれたいの」


 おーう、そうか、そういう物なのか。


「そっか。だったらその日付って何の日だ?」


 杏里がそっと席を立ち、俺の耳元でささやく。


「私と司君があのベンチで出会った日。私の運命はあの日、あの時司君と出会った時に変わった。だから、その日にしたの。ダメかな?」


 俺と出会った日。

ほんの少しの出来事で大きくその後が変わった。

それは、きっと俺と杏里の運命だったのだろう。


「そうだな、俺達の運命の出会いの日だな」


 そう、俺と杏里はあの日、運命の出会いをした。

その日が、俺達二人で歩き始めた運命の日。

俺達の初めてのペアリングに刻印する日付だった。

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