第169話 おかしい数字
お互いに新しい水着を手に持ち、少し早いが帰る事にする。
課題を早めに終わらせたり、夕飯の準備もしなければならない。
「司君は小腹空きませんか?」
おかしい。さっき昼ごはんの後に杏里はクレープを食べていた気がする。
もうお腹が空いたのか?
「そ、そうだな……」
さっきから杏里がチラチラとどこかに目線を送っている。
これは俺に見ろと言う事ですね? 目線の先にはお馴染みのクレープショップ。
ついさっき杏里がクレープを買った店だ。
しょうがないな……。
「買っていくか?」
「うん。司君の分だけでいいよっ」
ここで杏里も買ってしまうと二個目のクレープになる。
流石に二個目はいらないだろう。というか、そのスタイルを良く維持できますね、
ついさっき見た杏里のスレンダーな水着姿を思い浮かべる。
白の紐ビキニを身に纏った杏里はそれはもう……。
「司君?」
「ひゃい!」
危ない危ない。変な妄想をしていたことがばれる所でした。
「変な事考えていませんか?」
「まったく考えてない。どのクレープにするか悩んでいるだけだよ」
「そうですか……」
疑いの眼差しで俺を覗き込んでくる杏里。
しかしその目には『クレープ』の文字が浮かんでいるように見える。
どのクレープにするか、実は悩んでいない。俺はいつも一択だ。
少し歩いたらすぐにお目当ての店についてしまった。
「すいませーん、マロンクレープ一つ。ダブルで」
お店の人が素早くクレープを作る。
何気にこのクレープの生地を焼くシーンが好きだったりする。
「結構好きなんだよな」
「わ、私も好きですよ」
出来立てのクレープを受け取り、再び杏里とアーケードを駅に向かって歩き出す。
甘いマロンクリームたっぷりのクレープを食べながら歩いている。
さっきから杏里は俺の手に持つクレープをジーッと目で追っている。
「食べるか?」
杏里は笑顔で俺のクレープを一口頬張る。
「おいひいでふね」
飲み込んでから話しなさい。
「杏里……。また口元にクリームが付いてるぞ」
「んっ」
俺に顔を向けて顎を少し突き出してくる。
何ですか? 俺に取れと。
しょうがないお嬢様ですね。
俺は杏里の口元に着いたクリームを指でとってやった。
「司君は優しいですね」
「どうしてそうなる?」
「クレープをくれるし、何も言わなくても口元に着いたクリームを取ってくれる」
そりゃあれだけ目線で追ってれば誰だって欲しいと感じとるだろ。
それに、クリームを取ってと言ってきたのは杏里じゃないか。
「それは、杏里だから。杏里だから俺はできる」
「私も司君だったら……」
互いに視線を交差させ、街中だが二人っきりの世界に入る。
他の人から見たらおかしいかもしれないが、俺達にはこんな時間も大切なんだ。
程よくお腹も膨れ、電車に乗りいつもの駅に戻ってきた。
商店街を歩き、今日の夕飯をどうするか杏里と相談する。
「今日は何にしようか?」
「そうですね……。たまには麺類が食べたいですね」
「麺類か……。ラーメン、そば、うどん。焼きそばにパスタかな」
麺と言ってもいろいろある。さて、何にしようか……。
「肉うどん。卵とか、笹かまとか沢山入れてたうどんがいいです!」
「よし、少し買い物して帰ろうか」
「うんっ」
腕を組み、お馴染みの商店街で買い物をして帰る。
肉屋のおばちゃんと八百屋のおっちゃんには、先日高山が大分お世話になったので合わせてお礼も言っておかないとね。
「姫ちゃん、最近元気そうだねっ。良い事でもあったのかい?」
肉屋のおばちゃんが声をかけてくる。
「あったよ。最近良い事が沢山あったの」
「そうかい、それは良かったね。おまけ、今日も入れておくよっ」
「ありがとう。また買いに来ますね」
すっかり仲良くなった杏里とおばちゃん。
二人の会話に俺は全く入っていない。
なんだかなー。さ、帰ろう。
「司ちゃん! 大切にするんだよっ」
俺は無言で頷き、肉屋を後にする。
あれはきっと杏里の事を大切にしろって事だよな。
わかってるって。そんな大声で言われなくとも、大切にするさ。
何事もなく家に帰り、買ってきた食材を冷蔵庫に詰める。
ん? 冷蔵庫に入れていたイチゴシロップがすでに半分無くなっている。
「杏里? シロップ飲んだ?」
「飲んでませんっ! かき氷に使っただけです」
数日前に買ったばかりのシロップはたった数日で半分以下になっている。
杏里を大切にしろか……。
「杏里。かき氷一日一回に制限をかけます」
「な、何でですか!」
「消費量がおかしい。食べすぎです。お腹こわすよ」
「だ、大丈夫です。氷はただの水……」
しょぼくれている杏里。だが、杏里の為を想って言っているんだよ。
食べすぎは良くない。
「ここ最近、色々と食べすぎじゃないか?」
「うっ……。そ、それは……」
「体重計、最後に乗ったのはいつだ?」
「し、しばらく前かな……」
「今計測しよう。すぐしよう」
「ダ、ダメです! 今はダメなんです!」
慌てている杏里。その慌てようが、なぜか可愛く見えてしまう。
「体重を量って、いつも通りだったらかき氷一日二杯まで」
しばらく杏里と視線を交差させる。
お互いに譲れない。俺は杏里の体と下宿の会計を考えた上での決断なんだ。
「わ、わかりました。少し時間を下さい」
「時間? 別にいいけど」
部屋を出て行った杏里は自室にこもってしまった。
ま、まさかたった数分で体重を減らす何かがあるのか!
「お待たせしました」
目の前に現れた杏里はなぜかさっき買った水着を着ている。
白の紐ビキニ。やっぱりそっちにしたんですね。
でも、水着とは別に淡い水色のパレオを巻いている。
スリットから見える白い太ももがこれがまた……。
「水着?」
「さっき買った水着を着てみました。どうですか?」
「うん。可愛い、杏里に良く似合っているよ。そのパレオも一緒に買ったの?」
「店員さんに勧められて。日除けにもなるし、足、出さなくてもいいし……」
いや、その足を出してほしいんですよ!
でも、スリットからチラチラ見える太もももそれはそれでなかなか……。
「で、なんでいきなり?」
「今、計測しましょう」
少しでも軽くって事ですか?
二人で脱衣所に移動し、杏里は体重計を準備する。
腰からパレオを取り外し、目の前には紐ビキニの杏里が。
「司君は私の後ろに。絶対にのぞかないでくださいね」
目の前にいる杏里が、ゆっくりと体重計に乗る。
白いビキニの杏里。その後ろ姿も美しい。
白い肌に真っ黒な長い髪が良く似合います。
程よい胸に、くびれた腰。
すらっとした長い脚。どこかにホクロとか無いのかな。
まじまじと杏里の背中を見る。
――ピッ
「司君」
「ん?」
「この体重計、壊れてます。数字がおかしいです」
いやいや、おかしくない。数日前に俺が計った時は普通でしたけど?
「試に俺が乗ってみるよ」
――ピッ
「杏里。壊れてない、普通です」
杏里が俺の後ろから数字を覗き込んでいる。
「司君って思ったより体重軽いんですね」
「そうか? 普通だと思うけど。それより、この体重計は壊れてない」
「も、もう一度」
杏里が再び体重計に乗る。
なぜか腕を上の伸ばし、羽ばたこうとしている。
――ピッ
「……」
「で、どうなのでしょうか? 体重、いつも通りですか?」
何となく口調を変えてみる。
「い、いつも通りです! 大丈夫、壊れていません!」
嘘っぽい。絶対に嘘だ。
「体重見てもいい?」
「ダメです。絶対にダメです」
「俺の体重だって見たじゃないか」
「女性に年齢と体重を聞くのはダメで――」
杏里が体重計から降りようとした時、ちょっと踏み外してそのまま俺に倒れ込んできた。
杏里の柔らかい胸が、俺のお腹に。
そして、杏里の顔が俺の胸に飛び込んでくる。
よみがえる過去。
脱衣所で起きた指ポキ事件。
スローモーションで世界が動く中、俺はゆっくりと床にたたきつけられる。
だが、俺の両手はしっかりと杏里を抱きしめていた。
杏里に、怪我をさせる訳にはいかないからな……。
――ゴチーーン!
俺は無事か?
杏里に怪我は?
そして、杏里の体重は?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます