第86話 写真


 杏里と別れて数十分。俺は正門前で列に並んでいる。

抜き打ちで持ち物検査が行われているからだ。

持ち物検査で引っかかると、指導室への呼び出しと反省文のコンボが決まってくる。


 幸いなことに母さんが洗ってくれた制服に不備はない。

ポケットにも生徒手帳がしっかりと入ってるし、余計なものも持ってきていない。


「次! 生徒手帳は持ってきているな!」


 叫んでいるのは生徒指導室兼体育の先生。

通称ゴリさん。いつでもタンクトップを着ている年中夏仕様な先生だ。


 俺は胸ポケットから生徒手帳を出し、バッグの中身を見せる。


「天童司だな。持ち物も問題なし! ん? なんだ手帳に写真を入れているのか?」


 はい? 俺は手帳に写真を入れた覚えはない。

何の事を言っているんだ?


「写真ですか?」


「ま、写真位ならいいだろう。しかし、あいつは人気があるな。今日何枚目だ?」


 いったい何のことだ?

昇降口に向かう途中、返された手帳の中身を見る。


 手帳には一枚の写真が挟まっていた。

あの日、高山がもらって俺にくれた杏里の写真。

一枚なくなったと思っていたが、手帳に挟まっていたのか……。


 この写真に写っている杏里は、机に向かって真面目に勉強をしている。

カメラ目線ではないが、何となく心惹かれる写真だ。

杏里も俺と離れたくなかったのかな……。

何だか嬉しくなって、写真をそっと手帳に戻した。


――キーンコーンカーンコーン


「天童、今日も先に屋上行くけど、自販機によってから来るか?」


「あぁ、高山も何か買っていくか?」


「いや、俺は今日お茶持参だから大丈夫。早く来いよ!」


 自販機でお茶を買い、少し急ぎながら屋上を目指す。

杏里は杉本と仲良くできているだろうか、ギクシャクしていなければ良いんだけど。


 俺と杏里の事、高山と杉本の事。

誰かに相談したい、でもそんな事話せる奴はこの学校にいないんだよな……。


「お待たせ」


 広げられたシートにいつものメンバーがいる。

俺は作ってもらった弁当を手に、高山の隣に座る。


「待ってたぜ! 早く食べよう!」


 高山の弁当を見るといつもと形が違う。

いつもは大型二段弁当なのに、今日は重箱のような大きさになっている。


「はい、天童さんにもデザート」


 手渡されたカップにはフルーツゼリー。

見た目も鮮やかで、とてもおいしそうに見える。


「彩音ってお料理得意なのね。このゼリーも自作なんだって」


「そんな事無いよ。弟にせがまれるから自然と出来るようになっただけ」


 少し照れながらみんなにカップとスプーンを手渡している。


「よっしゃ! いただきまーす!」


 高山の弁当はかなり豪華な三段弁当。そんなに作ってもらったのか?


「なぁ、高山の弁当いつもより大きいし、豪華じゃないか?」


「ん? これは杉本さんが作ってくれたんだ! 今日はマイマザー弁当ではない! 杉本さん弁当!」


 かなりハイテンションで豪快に弁当を食べている。

その食べっぷりは見ていてすがすがしく感じるほどだ。

良く食べる癖に、太ってはいない。それなりに良い体格をしている。

食べた分のカロリーはいったいどこに消えているんだ?


「いやー、うまい! 俺、このまま死んでもいい! 手作り弁当とか、幸せだぁ!」


 いや、死ぬにはまだ早い。ここで死なれても俺達が困る。


「つか、天童も弁当とか珍しいな。誰に作ってもらったんだ?」


 っふ。この質問は予想通り。予め聞かれると思っていたぜ。

視界に杏里の顔が入ってくる。杏里にも焦っている様子はない。

が、箸の動きが止まっていますよ。

俺は予め決めていたセリフを高山に返す。


「家族に作ってもらった。今日はたまたまだな」


 完璧です。素晴らしい返答、ありがとうございます。


「そっか、でも、中身を見るとかなり可愛いな。タコウインナーとか、卵焼きとか。あ、そのハートの形しているのもしかして笹かまか?」


 え? 笹かま? 俺は弁当の中身を見てみる。

確かに笹かまが切り抜かれハートの形をしている。


「あ、あぁ。笹かまだな。結構うまいんだぜ?」


 俺はハートの笹かまを箸でつまみ、口に放り投げる。

うん、笹かまですね。


「天童の母ちゃんって、結構若そうだな。文字も女の子文字だったし……」


 お、そこをついてくるか。

良いだろう、この日の為に撮っておいた写真がある。


「ほら、これ見て見ろ」


 スマホから母さんの写真を高山に見せる。

ついでに自宅にあったノートの文字も見せるが、高山の反応がおかしい。


「……天童のねーちゃんか?」


「違う、母親だ。ほら、写真良く見てみろ」


 まじまじと写真を見ている高山。

ほら、どうした。何か反応してみろよ。


「わ、若いな……。うちのかーちゃんとは大違いだ……」


 よし、これで問題を一つ解決した。

俺もやればできる子なんです。ありがとうございました!


「さて、写真もいいだろう。放課後はどうする? 自習室は使えるのか?」


「鍵は朝一で確保しましたよ。みんなで勉強できますね」


「今日はエアコンのスイッチ間違って暖房にしないでほしいわ。昨日は異常に暑くなったし……」


 杏里が文句を言っている。確かに昨日は異常なまでの暑さが俺達を襲った。

恐らく高山がスイッチを入れた時に暖房にしたと思われる。が、証拠が無い。

まさかとは思うが、制服を脱がせるために、わざと暖房にしたとか無いよな?


 高山に見せた写真効果により、恐らく杏里の書いたノートの件も回避できたはず。

しかし、これで全てが解決したわけではない。

この雰囲気、俺は嫌いじゃない。


 このまま学校生活を平穏に、杏里と一緒に過ごしていく為にはどうしても避けられない道だ。

きっと何とかなる、この雰囲気を俺は壊してはいけないんだ。

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