3-50 火の粉


「受け止めた……のか!?」


 ジークは手応えを感じた筈の一撃が予想もしない場所からのクリスタルによって阻まれたことに驚きの声を上げる。


 しかし勢いが止まったままとは言え首元に添えられる形となった剣をいつ振るわれるかもわからない。


 幸いにもジークはまだ呆然としていたので、すぐさま老騎士の腕を手で弾き飛ばして距離を取った。


 すると耳元でレオが俺にしか聞こえない程の小さな声を出す。


「ハルカ、この相手ならば……」

「ああ、二人を逃がしても大丈夫そうだ」


 相棒が言いかけた内容を直ぐに理解して答えると、目の前のジークへとクリスタルの剣を構え直した。


 一番避けたかったのがイヴォーク王国で戦ったオストやアトラ等の大規模な魔法を使う相手。彼らの様に多対一の戦闘に向いている相手だとリナリアやサジルを逃がす隙がないかもしれないからだ。


 しかし目の前のジークという男は、一対一でその真価を発揮する。


 先程から俺と戦闘している間、サジルの矢やリナリアの魔法を避けるだけで反撃しないのが何よりの証拠だろう。


 そして想定している中で一番良いパターンはこのまま三人で戦えば勝つことだったのだが――


「勝つのは……今のままでは無理だろうな」


 するとレオは俺の考えを読んだ様に見透かした言葉を零した。気持ちだけならば抗いたい言葉だが、悔しいことにそれは事実だろう。


 ジークに与えた有効打とも呼べる一撃は初めの不意打ちとも言える一回のみ。そしてその一撃によって歴戦に老騎士は完全に俺をターゲットにしていた。


 対してこちらはクリスタルの鎧が容易に何度も砕かれ、動きは見切られる。リナリアの魔法もあれだけ早いペースで撃っていれば限界はくるだろうし、サジルの矢はおそらく威力も足りない。


「そう……だな。決定打に欠けるし、このまま続けば先に尽きるのは俺達か」


 すると会話は聞こえていない用だが兜が砕けて俺の口元がみえたのだろうジークが口を開く。


「戦いの最中に内緒話とはずいぶんと余裕そうだが……しかし、先程のは驚いたよ」


 そして銀に輝く弧を描きながら正面に剣を構え直し、浮かべていた笑みを更に深くして続ける。


「数年前に相まみえたイレイズルート王も然り……クリスミナの戦い方はその自由さにあるということをすっかり忘れていたのう」


 言葉を次々に並べるジークだったが、その笑みには以前の様に軽薄な印象を受けなくなっていた。


 おそらく同じことを感じ取ったのだろうレオも、真剣な声で警告してくる。


「……ハルカ、次からはもっと厳しくなるぞ。やるならまだ意表を突ける今のうちだ!」


 ウラニレオスの言葉を聞き思わず生唾を飲み込む。


 成功するかどうかはカケロス達にもかかっているが、そろそろ一階層には到達する頃だろう。


 後はサジルとリナリアを転移させて、俺がどれだけの時間を稼げるか。


 そこまで考えて覚悟を決めると、リナリアに向けて大声で叫ぶ。


「わかってる……リナリア、ぞ! 少しの間だけ頼んだっ!!」


 視線の先で彼女が首を縦に振ったのを確認すると同時、一気に床を踏み込んでジークが斬りかかってくるのが見えた。


「ほう? 一体何をするつもりかな!?」


「ガァァァァァァアウッ!!」


 だがその切っ先が俺に触れる一瞬き前、レオの獣の様な雄叫びが響く。そして少しの浮遊感と共に、俺はサジルが身を隠すクリスタルの傍まで転移した。


「うおっ! ってハルカか……」


 サジルが体を飛び跳ねさせて驚くが、直ぐに俺の姿を確認すると胸を撫でおろす。


 するとその声で気付いたのであろうジークが顔をこちらに向けると、歓喜に震えた様な声を上げた。


「ほう! イレイズルート王の転移も使えるとは、なんという……」


 だがその声は途中で途切れることとなる。


 いや正確に言えば、彼の周りを覆い尽くす竜巻の様な水のせいで聞こえなくなったと言うべきか。


 激しい音を立てながら遺跡の壁や天井を削って巻き上げる水の奔流、その自然災害の様な魔法を扱えるのは一人しかいなかった。


「……やっべぇ」

「そう……だな」


 サジルが呆けながら口にした言葉に無意識のうちに同調してしまう程の光景だった。だが直ぐにやるべき事を思い出すと、サジルに向き直って口を開く。


「さぁサジル、今のうちにお前をイオナさん達の元へ飛ばすぞ」


 すると呆けたままだったサジルは、俺の言葉を認識すると首を横に振った。


「なっ、待ってくれ! 先にリナリアを送ってくれないか、俺は後でも……」


 そうして何故か彼は食い下がる姿勢を見せる。


 初めて会ったときもそうだったが、彼はリナリアのことで偶に変な執着を見せることがあった。


 その理由も気になるところだが、今はそのわがままともいえる願いに対して頷く訳にはいかない。


「直ぐにリナリアも転移させる、今は順番なんか気にしてる場合じゃないだろ。これを逃せば全員助からない可能性もあるんだぞ」


 焦りから思わず口調が激しくなってしまった俺を見て、サジルは少しだけ目を見開いて驚く。


「……いや、悪い。この状況で俺がどうかしてたな……」


 だが直ぐにその灰色の瞳を俺に向けると、表情を曇らせながらも頭を下げて言った。


「飛ばすぞ、良いな?」


 そんなレオの問いかけに対して、サジルは今度こそ了承した。


「ああ、カケロス達の方は任せてくれ」


 サジルがそんな言葉を残すと、黄金のクリスタルを咥えながらレオが彼へと飛び移る。


 小さな獅子の手がサジルの褐色の肌に触れると淡く発光し、次の瞬間には彼の姿は消えて無くなっていた。


「レオ、上手くいったのか?」

「おそらく大丈夫だろう、さあ次だ」


 再び俺の肩へと飛び乗った相棒と小さく言葉を交わすと、直ぐにレオが転移でリナリアの近くまで移動させた。


 彼女は未だに舞い上がる強烈な水柱の竜巻を見上げ、魔力を送り続けている。その額には汗が浮き出ていて、この規模の魔法を使い続ける過酷さを表していた。


「リナリア! 大丈夫か?」


 ただでさえ病気のリナリアに魔法を使わせなければいけない状況を歯がゆく思いながらも声を掛けると、彼女は小さく笑みを浮かべてみせた。


「ええ、私はまだまだ大丈夫。でも……ここまで効かない相手は初めてよ」


 そう言って彼女は、水流の竜巻を見上げる。その視線の先にはおそらくジークの姿があるのだろう。


「本当に、この相手を一人で足止めできる? いくら逃げる手段があるとはいえ……」


 リナリアほどの魔法使いが全力を出してもあまり効果がないのは、流石魔王軍のリーダーとでも言うべきか。


 しかしこれ以上弱音を吐いて彼女の身体を危険にさらすことは出来ない。


 だからこそ、虚勢でも出来るだけ力強く頷いてみせた。


「うん……何とか耐えてみせるよ」


 するとそれを聞いたリナリアが、淡い青の彩る白い瞳をこちらへと向ける。見つめ合う形となった状態で彼女は腕を伸ばしてきた。


「ハルカ……私も」


 何かを言おうとしているのだが、喉の奥から言葉が出ない。そんな様子のリナリアだったが、直ぐに首を横に振った。


「ううん、なんでもないわ。私もみんなの場所へお願い」


 彼女の言葉に反応してレオが俺の肩からリナリアに触れる。


 そして次にまばたきをすると、そこの彼女の姿は存在しなかった。


「なんだろうな、前にもこんなことがあった様な……」


 思い出すのはアトラと戦ったときのこと。


 以前は俺が去る側だったが、リナリアの手を伸ばす姿が何故かあの時のアイリスの姿と重なって思い出されていた。


「アイリス……一か月ほど会ってないだけなのに、もう懐かしいな」


 するとウラニレオスも鼻を鳴らして応える。


「そうだな。そのアイリスに会うためにも、頑張って生き残るしかない」


 相棒のそんな言葉が聞こえたとほぼ同時、魔法の使用者が消えた水の竜巻は力を失って地面へと流れた。


 膝の下くらいまでの波となってこの部屋を広がったその魔法の中から出てきたのは、依然として何も変わらない老騎士の姿。


「ああ……わかってるよ」


 レオに答えた言葉だったが、恐怖に立ち向かわなければならない自分自身を何とか奮い立たせようとした言葉でもある。


 そしてその恐怖の存在であるジークは、軽くストレッチをするように体を動かしてから口を開いた。


「なんという素晴らしい魔法。良き体験が出来た礼をしようとしたのだが……これは一体どういうことかな?」


 未だに状況を飲み込めていない様子のジークだったが、そんな老騎士に向かって臨戦態勢をとって答える。


「お前の相手は、俺一人ということだ」


 普段なら恥ずかしくて耐えられない程に恰好をつけて挑発した言葉に思わず赤面しそうになるが、肝心の相手は真逆の捉え方をしたらしい。


「なんと……なんという! 良かろうっ!」


 その引き締まった身体を震わせながら、ジークは更に言葉を続ける。


「お主の様な勇敢な戦士と全身全霊で戦える機会を与えてくれた魔王様に感謝する! では青年よ、存分に殺し合おうぞォ!!」


 まるで彼の中で何かが爆発したかの様に叫びながら剣を構える姿に、思わず体ごと引いてしまいそうになる。


「うわぁ、やっぱり戦闘狂タイプか……面倒そうだなぁ」


「しかしハルカ、其方がどれだけ時間を稼げるかにかかっていることは間違いないぞ?」


 細い針で突く様な言葉で現実を教えてくるレオに少しだけイラっとしながらも、目の前の相手に全神経を尖らせる。


「わかってるよ、プレッシャー掛けないでくれ……行くぞ」


 全身に魔力の糸を張り巡らせて身体能力を引き上げ、結晶魔法で欠けた鎧を修復する。


 魔王軍最古の騎士であり、四天魔の長であるジーク。果たしてこの相手に一騎打ちでどれだけの時間が稼げるのだろうか。


「かかってくるがよい、若き人類の王よ!!」


 後ろに流した白髪を激しく揺らしながら声を上げる老騎士の言葉を合図に、こちらも地面を蹴って一気に接近した。


 歴戦の銀剣とクリスタルの蒼剣が火花を散らす。


 ぶつかり合った剣同士が削り合うその火は見たことも無い程に熱く、強い火の粉だった。



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遥かなるクリスタル ~Crystal King's Apocalypse~ ハクマーシー @whiteMarcy

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