3-28 王都クリスミナは……


「というかイオナが今いる町の名前が『イクス』だった様な……クリスミナが無くなったから一応は国扱いになるのかな?」


「え、じゃあイオナさんって女王様ってことじゃ……」


 最近やっと自分の周りは身分が高い人が多過ぎることに気付き始めていた。


 考えてみれば、この世界に来てから王女や国王と普通に話している状況そのものが普通の感覚を狂わせているのだろう。


 そんな考えを含んだ俺の呟きに、カケロスは笑って答える。


「大丈夫だって、イオナは優しくて普通の人だよ! きっと本人も女王って言われる方が嫌がるんじゃないかな」


 彼は結構な勢いでイオナという人物をフォローする言葉を並べているのを見ていると、随分となついているのだろう。


 だが今まで出会った十将が高確率で普通の人ではなかったから、きっとその女性も普通ではないだろうなぁと考えていた。


 その時にふと、ある事に気付く。


「え、でもイクスの場所って旧クリスミナ領内ってことだろ?」


 旧クリスミナ領内、即ちそれは現在の人類と魔王軍双方の最前線ということになる。


 加えて中心にあるクリスミナ王国が滅ぼされた今、大陸中央はどちらかと言えば魔王軍の方が有利と言っても良い。


 そんな場所で留まっていては、戦争で滅ぼされるのも時間の問題だろう。


 するとカケロスは少しだけ頭を捻って考える素振りを見せてから答え始めた。


「うーん、そうなんだけど……クリスミナ王国を滅ぼした後に魔王軍がそのまま攻めてくると誰もが思ったんだけどね、ここ数年はずっと大人しいままなんだ」


 俺の口から出た言葉で何を心配しているのかを察した彼は的確な言葉を並べてくれる。


 カケロスが言うには、ここ数年で魔王軍が行ったことは三つだけ。


 一つは大陸の東側諸国の支配。これはクリスミナ王国が滅びる前に決着がついていた様なものだが、未だに抵抗を続ける国に対して侵略戦争を行っているらしい。


 次に人間側に裏切り者、つまり魔王派の勢力を作ること。これは実際に目にしたお陰ですんなりと理解出来た。


 そして最後に、使い捨ての魔物のみで構成された先遣隊による攻撃とダンジョンの作成。これらには魔人が一人も参加していないことから、『使い捨て』で間違いないそうだ。


「ここから考えられる事はそう多くないと思うんだ」


 カケロスが語ったことをまとめると、一つの結論に至る。


 クリスミナ王国との戦争でかなりの被害が出た魔王軍は、大陸の東を侵略することで安全な領土を拡大。


 その隙に時間稼ぎと次の戦争を楽にするために裏切り者を作成。疲弊していることを悟られないために大した痛手にならない先遣隊を継続的に派遣する。


「……つまり、魔王軍は弱ってるのか?」


「そういうことっ! まあこれもイオナから現地の話を聞いた上での仮説でしかないんだけどさぁ」


 だから誰も信じないでしょ、と付け加えたカケロス。だが直ぐにその表情を曇らせて言った。


「でも、このダイドルン帝国はそろそろ気付いてるんじゃないかな」


 その言葉に、カケロスの表情の意味がわかった様な気がする。


 戦争の始まりは何も魔王軍の侵略を待つばかりではない、という事だ。


 だが聞いた話を頭の中で整理していると、ふと先程の会話の流れから湧いて出た疑問があった。


「え、じゃあクリスミナ王国をほろぼしただけで領土にしたりとかは……」


 彼の話の中では、イクスの話以外で一度もクリスミナ王国のその後についてがなかったのは何故か。


 普通に考えれば、大陸の要所であり人類の中心部を滅ぼしたのであればそこを支配するだろう。


 だがカケロスは少しだけ驚いた様な表情を作り、直ぐに何かを納得したかの様に口を開いた。


「そっか、ハルカは知らないんだね。僕も直接は見たことがないけど……」


 旧クリスミナ王国の首都であり世界を見下ろす白と灰の城が静かに佇む、かつて栄華を極めたその王都はもう生物が住める場所ではない。


 カケロスからそう伝えられた時、俺は驚きのあまりしばらく言葉を失ってしまった。


「最高戦力同士がぶつかり合った王都は破壊の限りを尽くされ、歴代でも最強格と謳われたイレイズルート王が戦闘で創り出したクリスタルは未だに壊れない……イオナが言ってたよ」


 あの王都は、もう永い眠りについてしまった町だって。


 そこからは数分ほど別の会話をしていた気がするがよく覚えていない。ただ気付いた時には、セルナの宿が目の前にあった。


「へぇーここがハルカの泊ってる場所? 結構大きいねぇ!」


 先程の真剣な顔つきとは打って変わって無邪気な表情で話すカケロスの声に笑いながら、入り口の扉を開ける。


「あらハルカじゃない。おかえりなさい……っと、もう一人?」


 中に入って直ぐの場所にある受付からセルナに迎えられるが、カケロスの姿に気付いて顔を覗かせる。


 そんなセルナに、彼は年相応の純粋な笑顔で挨拶をした。


「こんにちは、お姉さん! 僕はカケロ……」

「いやーー! めちゃくちゃかわいいっ!」


 ミルクティー色の癖毛を揺らすカケロスの自己紹介は、突撃してきたセルナの叫びによって中断させられた。


 彼はその小さな身体を抱きしめられて、身動きが取れなくて苦しそうにしている。


「っ、ハルカ……! この人怖いっ!」


 必死にセルナの腕から抜け出そうとするが、がっしりと組まれた彼女の腕は全く動く気配はない。


「なにこの子、ハルカの弟!? 今日は泊っていくんだよね、そうだよね!?」


 確かにカケロスの泊る場所として連れてきたのだが、必死に抵抗する彼を見て少しだけ不憫ふびんに感じてしまう。


「ハルカっ、早く助けてぇ!」


 そのみどりの瞳に涙を溜め始めた彼をセルナから助け出せたのは、日が沈む頃の話だった。 

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