1-22 複雑
[視点:ロゼリア]
「もう朝か……」
頭上にある木の葉の隙間から見える空は、少しずつ明るくなっていた。
つい漏れたその言葉を聞いてなのか、傍にいた部下からはため息の様な声が出る。
「はぁ……ついに姫様も朝帰りなんてする年頃かぁ。こんな仕事柄、気付けば自分は行き遅れてるっていうのに……」
そんな嘆きが全員に伝播したかの様に、所々でまたしてもため息が漏れた。
交代で睡眠を取りながら待機をしているが、魔王派はもう完全に森から出て行ったようで少しだけ私達も落ち着いていた。
あの混乱に乗じて気を失ったベルトを回収されてしまったのが唯一の痛い所だった。
「でも今日も『王女様』全開でしたからねぇ。契約に成功して、昔みたいにまた元気になってくれるといいのですけど……」
彼女が言う「王女様」というのは、今のアイリスの態度の事だ。
以前に何らかの理由で契約が出来なかったことで、アイリスは本当に親しい者以外の周りの者から距離を置くようになった。
確かに当時は、魔王との戦いが激化する中で契約に失敗したアイリスに対して良くない感情を持つ者もいた。
十二の少女の心には、それを耐え切れる程の強さは無い。
その頃から王女としての責任感や無力感からか以前の活発だったアイリスは変わり始める。
だが硬化していく彼女の態度はフロガや私を含めた騎士達、それにアイリスと親しい者達にとっては無理をしている様にしか見えなかったのだ。
「しかし……ハルカといる時は以前のアイリス様に少し戻っている気もするな」
それはハルカと初めて会った時から感じていた。
二人でいる時の空気感や馬車の中での感情の起伏が激しいアイリスなど、会ったばかりとは思えない程に心を開いている様に見えた。
まあハルカの特殊な境遇も関係しているのだろうが、付き合いの長い私からすれば少しだけ複雑な気分だな、とそんな事を考えていた時だった。
「お前達……もう少し落ち着け」
まるで獲物を嗅ぎつけたかの様に私に近付いていた騎士達は、食い気味に問い詰めてくる。
「やっぱりそういう関係ですよね!?」
「いやぁ姫様にもとうとう春が来たのかぁ!」
「私はわかってましたよぉ、やっぱりそうなりますよねぇ……」
よく見れば先程まで寝ていた筈の者達まで参加して、黄色い声で嬉しそうに話している。
狸寝入りして聞き耳を立てていたのかと少し呆れたが、楽しそうに笑っている彼女達を見て苦笑が漏れる。
この光景から見ても分かる通り、やはりアイリスは慕われているのだ。
「よし、そこまで余裕があるのであれば何人かイヴォークの方がどうなっているのか見て来てくれ。流石に終わっているとは思うが念のためにな」
半分は本当だが、もう半分は元気いっぱいの彼女達をからかう意味でそう言った。彼女達から抗議の声が上がるが、そこは上司の権限と一蹴しておく。
先程まで仲良さそうに話していたのが一転、誰が行くのかで熾烈な口論を繰り広げる彼女達にはやはり苦笑するしかなかった。
そんなやりとりから少し経った頃。
もう日差しが差し込むほどに太陽は高くなった辺りで、二つの話し声が足音と共に近づいてきた。
その音がする方向、祠の入り口に目を向ける。そこから、談笑しながら歩くアイリスとハルカの姿が見えてきた。
アイリスの表情を見ると、少しだけ前よりも明るくなっているのは気のせいだろうか。
「姫様、お帰りなさいませ。ハルカも無事で何よりです」
私が簡易的な礼をすると、それに続いてこの場に残っていた騎士達も臣下の礼を取る。
「あっ、ありがとうございます」
「ただいま。無事も何も、契約に行っただけなのだから当たり前でしょ」
自分に声を掛けられると思っていなかったのか、ハルカは気の抜けた声を出す。
それに続いて笑いながら答えるアイリスの様子の変化は、やはり気のせいなどではなさそうだ。
「それでは……契約の方は……?」
恐る恐るそう聞くと、アイリスはゆっくりと穏やかな表情で告げた。
「竜の一族との契約は成功したわ。長い間心配かけてごめんなさい」
そうして、私達に向かって頭を下げた。
王族がこうして部下に頭を下げるのは良くないのかもしれないが、この場にそんな事を言う人などいるわけがない。
むしろ、私達にはもっと他に言うべきことがあった。
「「おめでとうございます!」」
騎士達は歓声を上げて、アイリスを次々と祝った。ここまで長くアイリスに仕えてきた者達も多く、皆が心からの祝福を送っている。
それに続いて私も何か言おうとしたが中々言葉が出てこなかった。
誰よりも一番近くで見たアイリスの姿を思い出すだけでも、様々な感情がこみ上げてくる。しかしそれを限界まで抑えて、何とか言葉を絞り出す。
「本当に……本当に、良かったです……」
するとアイリスは、私にとってはとても懐かしい優しい笑みを浮かべながら言った。
「ロゼ、ありがとう」
その言葉を聞けただけでも、この数年の積もった思いが軽くなっていく気がした。
しかし、その余韻に浸る時間を与えてはくれないらしい。
「ロゼリア様っ! あ、アイリス様たちも!」
「大変です! イヴォークが……」
先程イヴォークを偵察に行った二人が、声を荒げながら急いで向かってくる。
その微かに聞こえた単語からは嫌な予感しかしなかった。
「何があった! イヴォークがどうしたというのだ!」
逸る気持ちを何とか平静にするように努めながら、二人へと聞き返す。
すると近付いてきた二人が荒れた息もそのままに話し出した。
「……首都イヴォークの至る所から、黒い煙が上がっています!」
「それと……上空には、フロガ王の契約する竜の姿もありました!」
イヴォーク国の守りの要である、王による竜の召喚。
それが使われる事態など、想像もしたくはなかった。
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