第155話 戦いは寝技へ? 最強同士の寝技とは?


 まるで男女の抱擁のように密着している。 


 毒は使えない。 


 そして、≪致命的な一撃≫も使えない。


 スキルと言っても、その正体は衝撃を生み出す打撃だ。


 衝撃を生み出す……それには強く正確なフォームがあって初めて可能。


 極端に密着しては強烈な打撃は打てない。



 「――――弾き飛ばす!」



 ベルトは膝を軽く曲げ、下半身に力を込める。


 下半身の力を上半身へ。 背筋を使い、上半身を前へ。


 前に進む上半身を、さらに加速させるために腰を捻る。


 打撃。


 それも突きやパンチと言われる攻撃の基本動作。


 しかし、密着した状態で放つべき腕は伸ばせない。



 「だが―――― 腕を伸ばして拳を当てるという動作。それを省略しても―――― 


 人を倒せる打撃は十分に打てる!」



 ベルトが放ったのは拳ではなく肩。


 強烈な突きを繰り出すモーションで魔王に肩を叩きつける。


 密着した相手を吹き飛ばすには十分な威力。 事実、魔王は後方へ吹き飛んで――――



「がっ――――けれども、放さぬぞ! 暗殺者め」


「なにッ!」


魔王は離れない。 ベルトの両腕を掴み、吹き飛んでいく自身の肉体を引き寄せる。 


「ついでのおまけだ。喰らうがいい」


再び密着した魔王が繰り出した打撃。それは頭突き。


自分の頭部をベルトの顔面に叩き付ける。


「ぬっ……がっ……」と頭突きを受けたベルトは仰け反る。


そのまま魔王が前に出る。 


体重をベルトに預けた。 これも関節技の一種――――鯖折さばおりだ。


相手の上半身が仰け反った時、乗っかるように胸で胸を押し、腰に強い負荷を与える技。


膝から崩れ落ちるベルト。 それでも魔王は密着を続ける。


互いに揉み合いながら戦いは寝技に移行していく。


・ ・ ・


・ ・ ・ ・ ・ ・

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・



寝技。


戦場において敵将を無傷で捕らえる技。 あるいは逆に敵を押さえ込み、確実に殺すための殺人技。


しかし、魔王とベルト。 この2人の寝技の水準は?


両者共に人間離れした膂力の持ち主同士の寝技。


結果から言ってしまえば、寝技はあまり意味を成さないものになる。


例えば絞め技。 首の左右にある脈を絞めて、強制的に失神に追い込む技。


しかし、失神させるために必要な時間は5秒と言われている。


5秒……このレベルの戦いで5秒間も動きを止めることはあり得ない。


他にも様々な技があるが――――


そもそも、2人は尋常ではない腕力を持ちながら体重は普通の人間とかわらない。


体重をかけて関節技を……まずかからない。


体重をかけて相手を押さえつけて……まず押さえつけれない。


だからこそ、予想外。



(どうして魔王は寝技と仕掛けてきたのか?)



その疑問符にベルトは襲われる。


だが、魔王は止まらない。


魔王は引きこむようにベルトの下へ潜り込む。


「いや、巴投げか?」


ベルトの直感通り、魔王の脚が腹部を押し上げてくる。


ふわりと浮遊感を感じたベルト。


そのまま地面に投げられるもダメージは、ほぼ皆無。 素早く立ち上がるとする。


――――だができない。


反転して立ち上がろうと四つんばいになったベルトの上に魔王が乗ってくる。


その腕がベルトの首に巻きついてくる。


「フロントスリーパーか!?」


だが、ベルトの予想は外れる。


首を絞めた魔王は後方へベルトは反り投げる。 


――――言うならば超低空ブレンバスターだろうか?


常人なら首……いや頚椎にダメージが刻まれるはずだが、強靭なベルトの首は痛まない。


まるで無意味としか思えない魔王の攻撃。


しかし、その真意に――――魔王の戦略にベルトが気づくのは、まだ後の事だ。

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