第151話 心のタガが斬れた


 ベルトは眼を覚ました。 誰が運んでくれたのかはわからないが、目覚めた場所は自室だった。


 最初に感じたのはひどい倦怠感。  皮肉にも、それは回復の兆候。


 酷使を続けた肉体が感覚を取り戻し始めたのだ。


 ベットから体を起こし、様子を窺う。


 時刻は……薄暗い夜。 朝早く出かけようとしていたのを考えると、その睡眠時間は20時間近く。


 奇妙な事に、ベットの横にある机には大量の食器。それも使用済み。


 おそらく自分が食べたあとなのだろうが、ベルトにはその記憶がなかった。


 無意識に食事を取っていたのか? ……それとも記憶が消えているのか?


 それを考えた途端に、凄まじい違和感に教われる。


  周辺に人間の気配がない。



 「――――ッ!?」とベルトは息を飲む。



 緊急事態に疲労した肉体は感覚の鋭さを取り戻す。


 意思の力が無理やり体力を回復される。 


 ベルトは外に出る。 不意に人の気配が現れたからだ。


 ぽつぽつと雨が降っている。 そこに立っている人影が揺れている。


 ――――その人物はカレンだった。


 「カレンっ!」とベルトは駆け出そうとする。しかし、無意識に足が止まった。


 カレンは周囲に撒き散らしている感情のようなもの。


 殺気や敵意と言う物ではなく……強いて言うならば悪意。


 だからベルトは理解した。


 

 「中身が違うのか?」


 その言葉に反応してカレンは笑う。過去、何度か見た笑い方だった。


 「前回は気がつかなかったが……流石に二度目となればわかるか。大切な者の肉体が奪われていうのが」


 その言い回しは魔王だった。


「その体……いや、勇者はどうした?」


「ふん、勇者はどうしたか? 前妻を奪われた男が妻よりも他の男を気にするか」


 

ギリッと歯が軋む音が聞こえる。 ベルトは襲いかかろうとする肉体はギリギリの自制心で制御した。


「で? 勇者の体は?」


「捨てたさ。ああなっても、もう戦えん。……おっと、落ち着けよ。今にも飛びかかってきそうな酷い顔してるぜ? 別に死んでないさ。その内、自力で脱出するか、誰かが発見するだろう」


「そうか……すこしだけ安心した。 2人いた人質の1人は解放されたわけだ」


「人質?」と魔王はキョトンとした顔。


 「あぁ、なるほど。そう思っていたのか。そいつは見解の相違ってやつだ。私は、ただ勇者の力を……いや、彼だけではない。強者の力を欲していただけなのだが……真の強者ってのは、勇者っていう規格外の存在を前にして人質なんて思えるのか……ん?それじゃ、ひょっとして、今まで手加減されていた?」


「……」とベルトは答えなかった。

 

「これは呆れた。ここに来て、もう手加減もあるまい?」


「流石にない。全力で行かせて貰う……だが、その前に」


「その前に? なんだい? おっと、今はプライベートってやつだ。インタビューはマネージャを通してもらおうか……いや、ジョークだよ。もちろんジョーク以外のなにものでもないさ。だから、そんな顔はやめてくれないかね? OKさ。何が聞きたいんだ?」


「お前の目的って何だったんだい?」



ベルトは不思議だった。 ソルから聞いた人類の滅亡? 魔族の滅亡? 世界の崩壊?


あまりにも大きな話だから本質を見失う。


人類の滅亡も、魔族の滅亡も、世界の崩壊も――――


それらは本来、何かを成し遂げるための手段だ。


 ――――断じて目的ではない。 


 知りたいのは、それらを起こそうする動機。 すわなち犯行動機だ。


人類を滅亡させたいのは、人類を恨んでいるから?  


魔族を滅亡させたいのは、魔族を恨んでいるから?


世界を崩壊させたいのは、この世界の全てを恨んでいるから?


魔王の目的とは? すなわち魔王の動機とは何か?



その問いかけに対して、いつも通りに魔王は笑う。


――――否。


嗤う。


こちらを、ベルトは馬鹿にするように嗤う。


「そんな事は決まりきってるじゃないかい? ごく平凡な人間は、勇者にも成りたいし、魔王にもなりたい。まして世界最強なんて最高にそそられる。 それから、普通の人間ってのは、生まれて一度くらいは人類が滅びないかな? とか、世界が崩壊しないかな? とか、想像して楽しむもんなだぜ?」



その言葉を聞いた瞬間、ベルトはキレた。 何か大切な心の中にあるものが――――心のタガが斬れた。

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