第86話 世界を1つ滅ぼすところだった


 『これより放つは不可視の刃――――』


 ラインハルトが有する魔剣に暗い煌きが宿る。


 『刃には毒と死を混ぜよう――――』


 詠唱に合わせるように魔剣の刀身は、醜く不気味な色へ染まっていく。


 『贈るのは不吉と嘆き――――生者は死者へ――――残るは灰のみ、全ては地へ戻る――――』


 そして詠唱は終わる.


 満たされた魔力。カタカタと魔剣は揺れて喜びを表していた。


 そして、それを肩に担ぐようにラインハルトは構える。



 放たれるのは決まっている。 それは必殺の一撃。


 ベルトが生き残れるためにできるのは回避運動のみ。


 だが、それもできない。 なぜなら――――ベルトの背後には倒れているレオン・キングがいたから……


 偶然か? それともこの場所に誘導されていたのか?


 もうベルトにはわからない。 彼にできるのは放たれる一撃を真っ向から受けることのみ。


 そして、ラインハルトの口から――――



  ≪魂喰いソウルイーター


 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・



 それは暗殺者最強の魔法攻撃。


 繰り出されるのは魔力によって生み出された斬撃そのもの。


 ベルトの手には人造兵器『サウザウンド・オブ・ダガー』はなし。


 詠唱を綴る時間もなし。


 だが、迎え撃つには同じ魔法しかない。


 ベルトは腕に魔力を込め――――


 そして放った。




 ≪魂喰いソウルイーター



 空中で2つの斬撃がぶつかり合う。


 同種の魔法のぶつかり合い。


 その瞬間、ベルトは激しい体力の消耗に襲われる。 


 手から放たれ、なおも消費を強制する魔の刃。


 『呪詛』は全身を覆い、魔力も体力も奪い去っていく。


 残されたのは鋭敏な痛み。それから脳がぐつぐつと煮だっていくような感覚。


 (容易く死ねるとは思っていなかったが――――)


 だがベルトは死ななかった。


 肉体の死というわかりやすい緊急時に冥王の心臓が反応する。


 ベルトの意思を無視して、冥界から魔力の供給を開始。


 個体の生存を最優先とした緊急事態に心臓は暴走。


 世界の理すら容易く破壊――――



 しなかった。


 2つのスキルのぶつかり合い。




 ≪魂喰い≫と ≪魂喰い≫の削りあい。


 周囲に鳴り響くは破壊音。


 それは破壊の残滓として音が宙を漂っている。


 破壊の爪あとは色濃く残り、地形を大きく変動させている。


 白煙と煙は視界を消し――――



 「危ない危ない……危うく、世界を1つ滅ぼすところだった」


 ベルトの姿が捉えれる様になるまで少しだけ時間が必要だった。



 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・



 「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な! そんな馬鹿なことがあるか!」



 混乱。かつてない混乱がラインハルトを襲う。


 負ける要素もなく、必ず首印をあげるはずだった一撃。



 ――――否。


 「首印を奪えずとも、無事とは一体、どういう事だ? 何をした? ベルト・グリムッ!?」



 姿を現したベルトは、『呪詛』の痕跡でこそ、残っているが――――

 五体満足。


 一瞬、外部からベルトへ未知の力が繋がりかけたのは観測したが……


 それも未遂で終わっている。


 つまり、独力でベルトはラインハルトの一撃を無効化したことになる。


 魔剣と詠唱によって強化させた≪魂喰い≫を通常時の≪魂喰い≫で相殺させた? 一体どうやって?



 「それを教える義理はない」


 ラインハルトの目前からベルトは姿を消した。


 ≪暗殺遂行アサシネーション


 影から影へ移動するスキルを発動させ、ベルトはラインハルトの背後を取る。

 そして、その首筋へ拳を当て――――


 「これを受けて、立ち上がれたらお前の勝ちでいいぞ? ラインハルト」



 ≪致命的な一撃クリティカルストライク


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