第85話 静かに結ばれる詠唱


 ベルトは思考する。


 おそらく、目の前のラインハルトは魔王によって偽りの記憶が植えつけられている別人。


 彼が言うのように魔王の力によって、他者が使用したスキルを使えるようになる能力が与えられたとしても……



 ≪毒の付加≫は不可能だ。



 なぜなら、≪毒の付加≫は、ただのスキルではなく、毒を体内で製造するという人体改造にも等しい行為の末に得られるスキルだ。


 相当な手練れ……自分自身にも匹敵する暗殺者をラインハルトに仕立て上げている。


 (しかし、誰だ?)



 自分に匹敵する暗殺者は、何人もいないはずだ。


 ならば、今ある情報から目の前の人物を推定して……



 だが、そこでベルトの思考は乱される。


 ラインハルトが手にした剣を振り下ろしたのだ。


 袈裟切り……斜めの軌道で肩が狙われる。


 「くっ……」とベルトは躱そうとする。



 だが、体が重い。ダメージが抜ききれていない体は、言うことを聞いてくれない。

 避けきれず、ベルトの体に赤い線は刻まれ……鮮血。


 紅の液体が辺りを濡らす。


 「避けられたか。鎖骨くらいは断てると踏んでいたのだが……」


 ラインハルトの言うとおり、斬られたのは表面の皮膚。それから少しの肉だけだ。

 ダメージというほどの事でもない。


 だが……


 「だが、どうして深追いをしてこないか? 今、そう考えているだろ? 暗殺者?」


 「――――ッ!」とベルトは無言でしか返せない。


 それは図星だったからだ。


 「教えてやろう」とラインハルトは舌舐めずりをした。


 「簡単なことだ。必至に擬態をしているが、今のお前は、死に体ってやつだ。≪致命的な一撃≫によるダメージ。それに加えて、短期間で2度の冥王化……『呪詛』の浸透度合いはどうだい?」


 ラインハルトの読みは正しい。


 ≪致命的な一撃≫のダメージは時間と共に薄れていっている。


 だが、魔王に施された『呪詛』の影響は強まっていた。


 その事実を前にベルトは――――


 「随分と優しいな」と笑った。


 「なに?」


 「今なら弱体化している俺を倒せるだろう。だが、それを知っていて、悠長すぎやしないか? 暗殺者の技スキルを盗んだのなら、使い方を教えといてやるよ。 いいか? 基本は殺れる時に殺れ……だ」


 挑発。


 ベルトの狙いはカウンターだ。


 ラインハルトを怒らせ、不用意な一撃を引き出させる事が目的。


 その長剣に対して武器破壊。折れた剣先を利用して、その命を絶つ。


 けれども、その思惑は外れることになった。


 「勘違いするな。今のお前だけではない」


 そのラインハルトの言葉には、死刑判決のような冷酷さが宿っていた。


 「……何を言っている?」


 「ふん、痛みで観察眼が濁ったのか? 今の俺は、たとえ貴様が全盛期だとしても殺せるからこそ余裕を有しているのだ」


 ベルトに見せ付けるように長剣を向ける。


 そこに、刃に流れ込んでいる物が見えた。


 「貴様は魔王さまの怨敵。圧倒的憎さが全てに勝るが、それでも敬意と言うものもある。戯れであろうが、最後に言葉を交わすのも俺の――――いや私の心情を計り知れ」


 その長剣に流れ込んでいる物。それは魔力だった。


 刀身は、水に浸すが如く魔力に潤っていた。


 「それは魔剣か!?」


 「気づくのが遅かったな。――――いや、言い直そう。気づくのが遅すぎたな!」


 その魔力は毒属性に変換され、暗殺者の最強魔法の準備に入っていた。


 「そう、これこそが魔剣。貴様等、人間が使う模造品とは別物よ。魔界から魔素を吸い込み、鉱物から取れた金属から生まれたのではなく、初めから魔剣という概念を持って生まれた物。ある意味では生物に等しい存在……魔王さまより頂戴した魔剣により滅ぶがいい」


 目を閉じるラインハルト。その表情は不思議と安堵のような物が浮かんでいる。


 「――――いくぞ、暗殺者。次に会うは冥府にて、存分に語り合おうぞ」


 『これより放つは不可視の刃――――』


 ラインハルトの口から詠唱が静かに結ばれ始めた。


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