第60話 ≪死の付加≫……冥王襲名バージョン




 勇者たちの冒険譚


 1人の少年が仲間を集め、勇者として成長していく話。


 そして、魔王を倒して終結した物語の1つにこんな話が存在している。




 『暗殺者の冥府魔道紀行』




 魔王シナトラとの最初の戦いは……完膚なきまでの敗北。


 魔王が持つ不死性を前に敗北を向かえた勇者たちが再び立ち上がり、それぞれが魔王打破を目指して旅だった話の1つだ。


 魔王に不死性を与えた存在――――冥王ハーデス。


 それを破るために生きたまま冥界に落ちた暗殺者は、激戦の末に冥王ハーデスを倒す。


 そして、冥王の力を取り込むために――――




 その心臓を食らった。




 それは事実だった。




 暗殺者 ベルト・グリムは冥王ハーデスの力を奪い去ったのだ。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 そして、現在。


 ベルトは、その力を解放させた。




 「≪死の付加≫……冥王襲名バージョン」




 その姿は黒かった。


 漆黒の外装。


 黒い長靴。


 黒い皮のズボンに黒のインナー。


 よく見えればベルト本人の顔色も薄っすらと黒く染まって見える。


 唯一、ベルトの体から黒以外の要素を抽出するならば、その体から立ち上っている瘴気だ。


 薄く立ち昇る瘴気は白から、ようようと紫だっていく。




 変わったのは外見だけではない。


 それに最初に気づいた観客は――――




 「回復しているのか?」




 そう言った。そして、その観客は正しい。


 ティラノサウルスに食べられ、尻尾をブチ当てられ……常人ならば何度となく即死クラスのダメージ。


 その痕跡がない。……いや、それだけではなく疲労感すら消え失せている。




 だが――――




 それだけではない。




 外見ではないく内面。


 冥王を取り込んだ事で性格や人格が変わっている可能性のあるだろう。


 だが、それ以上の何か起きている。……しかし、それが何か、誰もわからない。


 名状しがたき変化。


 そんな確信めいた何かを周囲の人間に振りまいている。




 そして、そんな変貌と遂げたベルトと対峙する恐竜。


 ティラノサウルスと言うと――――




 怯えていた。




 接近する敵を喰らう。


 小さき脳は、その全てが戦闘に最優化した脳である。


 怯え――――恐怖を感じる機能は存在していない。


 しかし、その恐竜が怯えているの事実だ。


 だが、旧支配者――――太古の王は戦う事に矜持を示す。




 慟哭のような声を上げ、雄雄しくベルトに向っていく。




 ティラノサウルスが急に背を向けた。


 当然ながら逃走……ではない。


 野太い風切り音と共に巨大な尻尾がベルトへ襲い掛かってくる。






 ≪二重断首刀≫




 そうベルトが呟くと、襲い掛かってきていたはずの尻尾が消滅している。


 ティラノザウルスの慟哭は、さらに大きさを増す。


 「切断した?」と半信半疑で観客は呟く。 


 確かにベルトは肉眼では捉えられぬ速度の手刀で切断したのだ。


 しかし……




 「……じゃ、尻尾はどこに?」




 これは後に分かる事だが、闘技場の天井。


 ベルトの妙技によって切断された尻尾は天井にめり込んでいたのだ。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 尻尾を切断されて大きくバランスを崩して倒れていくティラノサウルス。


 しかし、ただでは倒れない。


 まるでヘッドスライディングのように勢いよく地面を滑り、勢いのままベルトへ向っていく。


 大きな牙を見せ、再びベルトを捕食しようと――――

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