第40話 闘技者の世界観
ベルトは瞳を閉じる。
かつての記憶を呼び覚まし体験する。
目に入った血液が視界を赤く染めている。
視界だけではない。 鼻は潰され、耳は鼓膜が破れ、錆付いた鉄のような味が口内に広がっている。
体中で痛みの感じない場所は皆無。 ほとんどの五感が機能を低下させている。
ぽた…… ぽた……
両腕の先端から流れ落ちる血液。
これで≪
血液から逆流する毒素を中和するので精一杯だ。
だが――――
≪
魔力を足に込めて放とうとする。
しかし、できない。
蹴りのモーションの最中、足を振りぬくよりも早く、間合いを詰めた
――――いや、抑えるだけではない。
掌底打ち。
打たれた足が爆ぜたと錯覚するような衝撃。
その直後の浮遊感。
どのような力が加わったの理解できない。ベルトの肉体は宙を舞った。
きりもみ状態。前後左右、上下がわからない。
ベルトは暗殺者になって初めて標的を見失った。
しかし、ベルトの初体験はこれで終わらない。
五感は低下しても気配感知能力は残っている。
(上だ!)
闘技者ソイツは吹き飛ばされている自分よりも高く飛び上がっている。
この日、ベルトは生まれて初めて神に祈った。
(どうか……この一撃だけは……決まれぇぇぇ!?)
≪
神に祈った一撃は――――
奇跡を起こすわけもなく――――
カウンター
腹部へ強打を受け、打撃によって加速した肉体は地面に衝突した。
これがベルト敗北の記録。
およそ5年前の記憶だ。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
「ふぅ……」とベルトは短いため息をついた。
場所は先ほどと同じ冒険者ギルドの仮テント。
メイル、マリア、ソルの3人は無言でベルトの言葉を待っている。
「闘技者って言うのは、暗殺者と世界観が違うんだ」
「……世界観?」とメイルは不思議そうな表情をみせた。
メイルだけではなく、マリアとソルも同じ表情だ。
「俺たち暗殺者はどこでも良いんだ」
「どこでも……ですか?」とソル。
「あぁ、俺が闘技者に勝たないといけない状態になったら不意打ちを狙う。試合が始まる前だ。……控え室。あるいは会場入りする瞬間を狙う」
「それは……」
「反則というレベルの話ではない。無論、犯罪になる。しかし、それが暗殺者だ。闇討ちでもなんでもして、相手を殺す方法に特化した存在」
「……」と3人はそれぞれ沈黙した。
ベルトは話を続ける。
「それに対して闘技者は正々堂々と戦う。事前に決められた場所、事前に決められた時間、事前に決められた相手、事前に決められた取り決めルール……それだけで完結している世界観だ」
「まして上半身裸」とおどけたように付け加えた。
「事前に暗器の有無も調べられる。まして、俺の素性が知れれば毒の使用を疑われる」
「つまり、闘技者の世界観ルールで戦えば、流石のベルトさんでも勝てない……と?」
ソルの言葉にベルトは――――
「言いにくい事をハッキリと言うな。だが……その通りだ」
「ふぅ……」とまたベルトはため息をついた。
「あいつ等は自分たちの世界観で勝つために技術が特化している。――――いや、技術だけじゃない。肉体も特化しているんだ」
「肉体も?」
「あぁ」と頷いたベルトは立ち上がる。
「たとえば、突きの間合い」と言って拳を伸ばした。
「この距離だ。この文字通り手を伸ばせば相手に届く距離。そこで拳を打ち合う。その反射神経、動体視力、洞察力の水準は説明するまでもない」
肉体が充実している10代から徹底的に鍛えられた運動能力。
超接近戦で編み出された対人特化の戦闘術。
巨大なモンスターと戦う必要もなく、膨大な魔力を持つ魔族と戦う必要もない。
ただ人を倒す事だけに無駄を淘汰して技術者。
――――それが闘技者なのだ。そうベルトは説明した。
それから――――
「相手を殺すならいざ知れず、相手を
それは強がりや負け惜しみではなく、事実であった。
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