03 フィーア~第一村人発見


「ルキアノ、入るぞ」


 セレンに続いて一真は御者席に入る。

 今の時間はルキアノという男が御者を務めていた。


「おお、王子。それとカズマさん、こんにちわ」


 ルキアノは手綱を離さず、頭をセレンに向けて下げる。


「ああ順調のようだな。気にせず職務を続けてくれ。それで君は?」


 セレンが手を上げて御者に挨拶すると、水面を歩く男に声を掛けた。


 よく日に焼け、浅黒い男だ。

 ぎょろりとした目と、分厚い唇が特徴的だった。


 どうやって立っているのかと一真は不思議に思い、男の足下を見る。

 ブーツがほんの少し沈んで周りに波紋を生み出していた。

 どうやらブーツに魔法を使って水面に立てるようにしているらしい。


「おんおぉ。あんたがルキアノの言ってたお人かい。

 おいらはマハルの息子、サマクってんだ。よろしくなー」


 まんまるな目を少し細めてサマクが言う。

 顔のパーツが大きいので表情の移り変わりがよく分かる男だ。


「あ、あー……」


 セレンがサマクの顔をみて表情を固めていた。

 一真は訝しみ、声を掛けようとしたところでセレンはサマクに尋ねる。


「フィーアの奏者、サマク?」

「お、さすがに知ってたか」


 あっけらかんと言うサマクに、一真は慌てて顔を向けた。

 しかし、見覚えがない顔だ。


「え、会ってた……か?」

「そういうあんたももしかして奏者? いやあ奇遇だねぁ」


 けらけらと人の良さそうな顔でサマクは笑う。


「って、そういやよく見りゃ見た顔じゃんか。

 お互い話はしてないし、おいらあんまり出歩かなかったからな。

 こっちの顔知らなくて当然さ」

「そ、そうだったんだ」


 一真は全く覚えていない。

 そういえばトーナメント表が出たとき、浅黒い男がその場にいたような気はした。

 話も一切していない男だが、一真は少し申し訳ない気持ちになる。


「何故ここに?」


 注目を自分に見せるように、セレンは大きな声で言った。


「何故って、漁だよ。この先の村に住んでるからさ。近場に漁に出るなんて当然だろ?」


 サマクはなんてことないように前方を指さして言う。


 村、と聞いた一真は改めてキャリウスが進む先を見た。

 まだまだ水面が続いている。

 いや、何か島のようなモノが見える気が一真にはした。

 アレだろうかと、一真は推測する。


「そうか、全くの偶然か」


 セレンは安心したのか、張り詰めた気が和らぐのを一真は感じた。

 何か疑っていたのだろうかと、一真は考え、いや、と納得する。


 確かに偶然にしてはできすぎているのだ。

 セレンが何か悪い予測をして緊張するのも、無理はない。


「せっかくだしうちの村来るか? 歓迎するぞ」

「え、いいの?」


 一真は久々の揺れないベッドに期待が高まった。

 キャリウス車による旅は快適とはいえ、揺れたり襲撃があったりとイベントは多い。

 疲れはそれなりに溜まるのだ。


「いや、遠慮しておく」

「え」


 高まる期待感を抑えられた一真はセレンに顔を向ける。


「我々は水中で生活できないんだ」

「ああそっか。そうだったな。外人さんはそうだ」


 水中で生活。


「え? は? どういうこと?」


 二人が話す言葉の意味が分からず、一真は思わず疑問を口に出す。


「あれ? フィーアに来たのに知らないんか?」


 サマクが問いを返した。


「ああそうだ。納得はできないだろうが、そうだ」


 セレンがやれやれと御者席にある腰掛けに座る。


「水没しているのに滅んでない、その理由だよ。

 彼らは水中で生活できるようになった。彼らの村は少し先の水中にある」

「はぁ?」


 あまりにも予想外の事実に、一真は思考が止まる。


 確かに考えてみれば、水の中で暮らせれば水没しても滅びはない。

 その結論を出せたのは、深呼吸を3回してからだ。


「魔法かなにかで?」


 一真は目的語を短く聞いた。

 同じくセレンは短く答える。


「奇跡で、だ」


 簡潔にして納得せざるを得ない答えだった。


「つまりだな。彼らは奇跡で水中に適応できるようになったのさ」

「出来るようなったっても、おいらは生まれたときから水中生活よ。

 前の暮らしなんて知らんさね」


 セレンの補足に、笑い飛ばすようにサマクが言う。

 まるで魚、たまに水上に出るからアシカか何かみたいだ、と一真は思った。


「人によっちゃ死ぬまで水ん中さ。俺は変わり者だがね」


 水の中で生活が完結するなら確かに水の上に出る必要はない。


「水に浮くのは楽しい。夜、水面に寝そべって星を見るのは大好きだ。

 昼、誰もいない水原に一人立つのも好きだ。な?

 変わりモンだろ?」


 な? と聞かれても一真には分かるわけもなく、曖昧な笑みを返した。


「へへ、それに喋るのだけは水んなかよりこっちでやった方がなんかいいんだ。

 理由はわかんねぇけどな」


 だからわざわざ水の上に出て、キャリウス車に話しかけたのか、と一真は思い至る。


「胸の下あたりと耳の下あたりをよく見てみろ」


 セレンに小声で言われ、一真はサマクの胸を見た。

 何か切れ目のような線が胸の下あたり、肋骨に沿ってある。

 耳の下は正面からでは見えない。


「あれが、えらだ」

「えら」


 水の中の生物が呼吸するのに使うやつだ。


「フィーア人が奇跡によって獲得した器官が、アレだ」

「お?」


 サマクが視線に気付いたのか、首を傾げた。


「おめ、どした?」

「い、いや、その、そうだ。漁に来たんだよな?」


 一真は慌ててごまかす。


「ああ、そうだけど?」

「魚なら村の近くを泳いでたりしないのか?

 このあたり、ここから村が見えない程度には遠いと思うのだけれど」


 上手くごまかせた、会心のごまかしだ、と一真は自分を褒めた。


「ああ、村の近くまでは泳いでこないんだ。来るのは鮫とか魔物くらいだ」


 鮫。

 一真のイメージにあるのは獰猛な人食い鮫だ。

 だがしかし、偏見は良くないと一真は自身を戒める。

 プランクトンを食べる鮫もいるのだ。


「鮫って、どういう?」

「肉食で牙がすごくて襲ってくるんだ」


 人食い鮫だった。


「ああ大丈夫大丈夫だって。

 ちょっと簡単な雷の魔法で追っ払えるし、大人なら誰でも狩ってその日の夕食さ」


 ファンタジー世界の住人って強い。一真はそう思った。


「道具がないのも魔法を使うのかな?」

「ああ、普通は銛とかターブとか使うな。おいらはいらねぇ。

 独り身だから獲るのも少ないしな」


 一真とサマクが話を続けていると、急にサマクが立ち止まる。

 つられたようにキャリウスも動きを止めた。


「えーっと、そういや名前聞いてなかったな」


 サマクが言う。ああ、と一真はそうだったと気付いた。


「俺は金城 一真。ゼクセリアの奏者だ」

「あんたは?」


 一真が名乗ると、サマクはセレンにも聞く。


「セレン。このキャリウス車の所有者みたいなものだ」


 セレンの名乗りは、一真には違和感があった。

 ゼクセリアの王子と名乗らないのが何故か、分からない。

 まだサマクを疑っているのかと、一真は訝しむ。


「そっか」


 サマクは一真とセレンの名乗りに、うんうんと頷いた。


 そして顔を上げると、手を広げる。


「さぁ! 二人とも下を見てくれ。水の中さ!」


 サマクの言葉に一真は手すりにつかまり、水中をのぞき見る。


 日の光が波できらめくその向こうはいつの間にか深かった。

 その深み、海の暗さは少しもなく、明るく底まで見える。

 石をレンガのように積み、何かで固めたドーム型の何かが並んでいた。

 石のドームには珊瑚や磨いた魚の骨、宝石などで色とりどりに装飾されている。

 一つとして同じ形、同じ装飾のものはなく、ある程度の余裕を持って並んでいた。


「ようこそおいらの父マハルが作りしバハル村へ! 歓迎するよ!」

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