01 フィベズ~街無き道を行く


 フィベズとの国境を越えて三日。

 キャリウス車は何事もなく進んでいた。


 国境ですら、ちょっとした手続きがあった程度で、魔物の襲撃すらない。

「フィベズは兵が多いからな。巡回も密だし範囲も広い」とはセレンの弁だ。

 セレンが目を逸らして忌々しげに言っていたのを一真は良く覚えている。


 確かに巡回の兵を一真は何度か見掛けていた。

 全て女性だったが。


「しかし、何もないな」


 と、一真はため息をして呟いた。


 木々が疎らな平原を貫く平坦な道。

 遠くに見える森と山。

 風景の移り変わりすら、何もないのだ。


「順調で良いことだ。まあ、退屈な気持ちは分かる。

 街や村の1つも寄れる距離にないからな」


 同じ部屋で本を読むセレンは、本に視線を落としたまま一真に答えた。


「退屈、なのもあるけど、少し焦れったいんだ」


 窓の木蓋をつっかえ棒をして半開きにし、一真はセレンに向き直る。


 一真が外を見るのに使ったのは、換気用の窓だ。

 明かり取りの硝子窓は、透明ではないので外の景色を見ることが出来ない。


「焦れったい?」


 セレンが視線だけを一真に向け、聞いた。


 一真は腕を組み、セレンから目を逸らして言う。


「叛逆するのは理解した。国々を巡る必要があるのも分かる。

 移動の時間が、その、思ったより掛かりそうで」


 自分の言葉が落ち着きのない子供のようだと、一真は少し恥ずかしくなった。


「まあ、国一つ一つは然程広くはない。

 だがそれでも日本で県をまたぐとか、そういうレベルじゃないんだ。

 日数も掛かると言うものだ」


 セレンは本を閉じ、テーブルに置く。


「とはいえ、気持ちは分からんでもない。そろそろだ。付いて来い」


 そう言ってセレンは歩き出した。

 向かう先は部屋のドアだ。

 一真はなんだろうとセレンの後ろをついて行く。


 ドアを出て、廊下を歩き、階段を登り、上の階へ。

 暗い通路を魔法で照らして二人は進んだ。


 到着したのは客車の最上階にある一室だった。


「あの窓は開けられるようになっている」


 木の戸で閉じられている窓に歩み寄ると、セレンは戸を引き開ける。

 そしてセレンは一真に指で窓の外を指し示した。


 一真が近寄って見下ろすと、窓からは輓獣ドラゴンであるキャリウスの背中が見えた。

 キャリウスの餌である干し草を摘んだ篭が並び、御者台に御者がいた。


「下じゃない。向こうだ。前の方。よく目を凝らしてみてみるんだ」


 言われたように、一真は前の方を見る。


 緑の平原を貫く茶色い道、その更に先。


「あれは」


 白い何かが見えた。

 一真は小さくてよく分からないそれが、少しずつ大きくなるのを待った。


「旅は順調だ。予定通り、だな」


 セレンが言う。


 然程時間を置かずに、一真は白い何かの形が分かるようになった。


「城、か?」

「そうだ。あれがフィベズの王城。目的地だ」


 一真はだんだんと大きくなる城をを見つめる。


「城、だな」


 一真は遠目に見るその城に、既視感を抱いた。

 そのものは見たことは当然、ない。

 だが、いかにも西洋の物語のような城に、一真には見えたのだ。


 白く輝く城壁が囲う向こうに、赤い円錐の屋根を持つ尖塔が幾本もそびええている。

 城の輝くような白さは、はためく色とりどりの旗に近づいてようやく気付くほど。

 大きな館と言った風情のゼクセリアの城とは違う、流麗な白亜の城だ。


 フィベズの威風堂々たる城に、ふと舞踏会に向かうシンデレラを一真は思い出す。


「シンデレラみたいだ」

「ん? ああ、千葉にある」


 一真自身も漏れ出ていることに気付かなかった呟きに、セレンが返した。


「城っていったらこう、みたいな城だな」


 セレンは軽く笑いながら頷く。


「まぁ、確かに似てといえば似ている、か。設備の目的や用途は違うにせよ」


 二人は暫く中身の薄い会話をしながらフィベズの城を眺めた。


「さて」


 いよいよフィベズ城の城門が確認できるほどの距離になり、セレンが話題を変える。


「何をするかの確認をしようか」

「分かっているけど、そうだな。確認は大事だ」


 一真は体ごと振り向いてセレンに向き直った。

 ゼクセリアを発ってから何度か話した内容だ。

 だが、間違えて叛逆計画が破綻するのは一真も避けたい。


「確認、頼む」


 一真はセレンの確認に乗ることにした。


「良し分かった。と、言ってもお前がやることは少ない」


 なんてことないかのようにセレンが一本ずつ指を立てて言う。


「俺について、城に入り、王に面会し、奏者と神機の貸し出しをお願いする。

 それだけだ」


 セレンは一真の目を真っ直ぐ見ながら3本の指を立てると、左右に振った。


「ああ。大丈夫だ。質問されても丁寧に答える。そうだろう?」

「その通り」


 一真の確認に、セレンは大きく頷く。


「ただ、もうちょっと付け加えを忘れているな」

「何があっても失礼な態度はとらない」


 半目で顔を近づけるセレンに、一真は体を引きながら答えた。

 セレンは一真の回答に満足するように首を上下に振って一真に近づけた顔を戻す。


「いや、分かる。分かるよ。

 そんな悪い態度は当然、何があってもダメ。分かる。

 だけどそこまで確認するほどか?」

「するほどなんだよ」


 不満を漏らした一真に、セレンはドスをドスを利かせて言い切った。


「そうだな。念を押す理由は話した方が良いか。フィベズの呪いが何か、を」

「ああ、それなら知っている」


 目を逸らして口に出しながら考え込むセレンに、一真は言う。


「たしか、男が生まれにくいんだろう? フィベズの奏者に聞いたよ」

「ああ、そうだ」

「それで家を継ぎ、跡継ぎを作るために凄い一夫多妻だとか」

「む、フィベズの奏者は女か?」


 一真の話すことに頷いていたセレンが問いを投げかけた。


「ん? そうだけど、それが」

「大いに関係がある。それは女性側の視点だな」


 一真の回答にセレンは首を横に振る。


「実体は家を継ぐなど――」


 セレンが話を続けようとしたその時だ。


「キャリウスを止めろ!」


 外からキャリウスを制止する声が響いて車内まで届いた。

 女の声だ。

 怒鳴り声で一真は少し違うかと思ったが、記憶に似た声があった。


「婿探し舞踏会にキャリウス車で乗り付けるなど、どこの者だ!」


 怒気が滲む大音声に、一真とセレンは互いを見合わせる。

 二人は頷き合って窓に走った。


「御者! 御者は即刻――」


 声が小さく聞こえなくなる。


 一真は窓から声の主を探した。

 キャリウスの前方に人がいる。


「男? 男!? 男が御者と言うことは」


 戸惑う声は確かに一真の記憶にある声だ。

 一真は目を凝らして声の主をよくよく見る。

 見覚えのある顔だった。


「あれはフィベズ討伐戦士団の格好だな。巡回の手に負えない魔物に派遣される」


 セレンが右手を庇にして眺めながら言った言葉に、一真は確信する。


「リリィ! ブラフト谷のリリィじゃないか!」


 フィベズの奏者、ブラフト谷のリリィ。

 互いに名乗った夜からは服装も髪型も違う。

 だが、気が強うそうで冷たそうなあの顔は確かに、一真が知っているリリィだった。


「その声は、カズマ!?」


 一真の声に反応を返した女がいなくなった、ように一真には見えた。


「カズマ! 待ちわびたぞ我らが婿!!」


 声がした方向を一真は跳ねる様に見上げた。

 一真は空から自身に向けて突っ込んでくるリリィを見つける。


「のわっ!」

 セレンは既に退いていた。


「う、うわぁあああ!」


 一真はセレンに遅れ避けようとするが間に合わない。

 リリィが突っ込んできてぶつかった衝撃で、一真は床に倒れ込む。


「ぐあっ、つっぁ……」


 鎧を着けた女性だ。重さと衝撃による痛みに、一真は声を出せない。


「迎えに来てくれたんだな!!」


 リリィはそんな床に倒れ込む一真に覆い被さった。


「一真、手が早いな。妹への説明は手伝ってやる」


 セレンが宣うのを一真は止められない。

 痛みでそれどころではない。


「……うぇ、ぐ」


 呻きながらも一真は力を振り絞る。

 一真にはリリィが言ったことが理解出来ない。

 リリィの婿になるような予定や記憶はないのだ。


「はあ?」


 一真はなんとか一音だけでどういうことか分からないと示したのだった。

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