04 業火の後に

 談話室と固有通路を区切る光の壁が消えた。

 フィルスタとフィベズの試合が終わったのだ。

 かなり長い時間を待った。

 腹も空いているし、ヘマの様子も見たい。

 と、流行る気持ちを抑えて一真は扉になる壁の前に立った。


 壁に切れ目が入り、開く。談話室の喧噪が飛び込んできた。


「すっごかったなぁ」「ああよくやったよ」「かぁああてぇぇたああああ!」


 戦儀の感想を言い合う声と、泣き声?


 一真が談話室に入る。

 と、ソファの向こうから特徴的な服そうの女性が、とても速い動きで一真を見つけた。


 特徴的な服装は、幽鬼のような陰鬱な表情と雰囲気でも分かる。

 ルアミだ。


「かじゅま……」


 おっと口調が覚束ないぞ。


「かぁぁぁじゅぅぅぅまああああああ!!!」


 ルアミがソファを乗り越えてやたら機敏な動きで迫ってきた。

 蜘蛛か悪く言えばゴキブリのような、地を這う動きだ。


「うわあああ!」


 一真はおぞましい動きに軽く悲鳴を上げて後ずさる。

 ルアミは速度そのままに迫り、一真の両肩を掴んで前後に振り始めた。


「かぁああてええええたああああ!! あれかてたあああああ!」

「や、あ、や、めっ」


 一真は頭を激しく揺さぶられ制止の声が出せない。


「あれかてたのおおお! あんなトロッ臭いやつだったらあたしのキロン・ベルスならちょちょいだったじゃあああああん!!!」

「やめっ、あっ、あっ」

「やめいっ!」

「ぐええ」


 ルアミの潰れたカエルの如き汚い悲鳴と共に揺さぶりは止まった。

 一真はルアミの腕を払って下がる。

 見ると、ルアミの頭にチョップを振り下ろしたアジャンがいた。

 ルアミは床に膝を突いて呻いている。


「よっ、おめでとう」

「アジャンさん。ありがとうございます」

「見てたよ。いい戦いだった」

「かーてーたー」

「そんな、なんとか勝てたぐらいで」

「謙遜だな。だが確かに相手も強かった。魔法そのまま使うのはズルいよな」

「かーてーたーのー」

「さっきからうるせぇ!」


 アジャンが一喝しながら再びチョップを振り下ろした。


「ぐふぅ! ぐぅううう! ぐぅうううう! がああああ!」


 声をわざと大きくして呻くルアミに、一真は少し呆れてしまった。

 呆れた後で、ふと気付く。


「あれ、ここでは危害を与えることはできないはずじゃ」

「ああ、コツがあるの。ある程度の水準があってな。

 それを超えないようにいい感じにやると、こうなる」


 なるほどと一真は頷いた。


「ま、こんなところじゃなんだ。中入って座ろうぜ」


 アジャンの提案に一真は乗り、牛みたいに呻くルアミを迂回して談話室に入る。


「やあ、さっきぶりだね」


 金髪の青年、ディマオが片手を上げて入ってきた。

 朗らかな表情は何の痛痒も抱いていないかのようだ。


「ディマオ」

「はは、油断は禁物だと兄には口うるさく言われていたのだがね。好奇心を抑えきれなかったよ。異界の魔術だなんて、グランサビオに乗っていなければ使えないものだからね。攻撃用のものしかないのは残念だが、それでもいろんなものを使うのは楽しいよ。しかしあれだね。無手を装って油断を誘っていたのに、いざ自分が無手を相手にすると侮って遊んでしまう。戦士ではなく研究者だから、とは言い訳だね。いやそれにしても見事だった。あんな風に使うだなんて私には思い着かないよ。グランサビオを降りてから自分で試して見たんだが出来なかった。やはり体を使うからか、普段運動していない自分にはあんなアクロバティックな動きはできなかったよ」


 ディマオが早口で捲し立てる。マシンガンか何かか。


「お、おぅ」


 アジャンが少し引いている。

 こんな性格だとは思っても居なかったのだろう。

 知っている一真も、どう反応したものかと困った。

 具体的な魔術と使い方を挙げていないあたり、彼なりの配慮が分かるのが余計に困る。

 思考を回し、何か変えそうとする間も、ディマオの早口は続いた。


 だから、一真は気付かなかった。


 後ろから迫るルアミに。


「のおおおおおおおお!!」

「わあわわわわわわわ!!」


 ルアミが一真の両肩を後ろから掴んで前後に思いっきり揺さぶる。


「なんでー! なんでなんでなんでなんであたしとこいつ対応ちがうのよおおおおお! こいつみたいにやってたらかてたのにぃいいいいいい!!」

「いや何を言っているんだ。同じ戦いかたをするわけがないだろう」


 迷惑に慟哭するルアミにディマオが冷静に一言言った。

 ルアミの動きが止まる。


「え」

「おぉぉ」


 体を大きく揺さぶられ、一真は少しふらつきながらもルアミの手を振り払った。

 ルアミから離れ、ソファに体を預ける。


「し、しんど」


 息を深くして、一真は呼吸を落ち着けた。


「おお、大丈夫かカズマよ。それはそれとしてイレベーナの奏者よ、相手に合わせて戦い方を変えるのは当然ではないか。第一彼の神機と君の大層な武器を抱えた神機、注意する度合いはどちらが大きいか、一目瞭然ではないか。それに私の戦法もあったとはいえ神機を上手く使えずその性能を引き出せなかったのは誰の責任か。言わずとも分かるだろうが敢えて言おう。君だよ。君の使い方がもう少し上手く、そして状況を判断して適切な行動を取ればもう少しは長く戦えただろうに。私も1つは異界の魔術を使いたかったのだが、使う余地もなく勝ってしまったのは本当に残念だよ。それなりに上手く動かして、良い性能の神機だったのだからもう少しその場にあった判断をすべきだったのでは?」

「う、う、うわあああああああ!」


 早口による情報の洪水に、ルアミは悲鳴を上げる。


「そうそう判断と言えば最初に変形して馬みたいな下半身になったろう。目の前でいきなり数秒とはいえ隙を晒すの減点だな。それに変形のせいで機動力があると分かったのだから、私が最初に魔術による飽和攻撃をするのは当然の選択だったと思うよ」

「や、やめてええええ! それ以上正論でなぐらないで!」


 更にディマオが追い打ちを掛け、ルアミは頭を抱えて苦しみだした。


 と、あっけにとられ見ている一真は、裾を引っ張られる。

 引っ張られた方をみると、ヘマが一真の服を掴んでいた。

 表情は俯いているため見えない。

 右手を抱え、一真にしがみつくようにしているヘマは、確かに震えている。

 騒がしいのと、人が多いので不安なのだろうと、一真は思った。


 周りの様子をうかがい見て、一真は言う。


「……メシ、食ってくるわ」


 予選落ちした6人と一真とディマオ、合わせた8人。

 数は少ないとは言え、戦儀のあとだからか、ルアミとディマオのせいか。

 どちらかは一真は考えないようにして、まだ談話室内は騒がしいなと思った。

 だから、食堂に連れ出せば人は少なくなるし、ヘマにも良いだろう。

 戦いの後でお腹が空いているのも、事実だ。


「おう、どうぞ」


 アジャンの返事に、一真は大きく頷いて、ヘマの手を引いて歩き出すのだった。

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