12 食堂にて


 夜。

 目を覚ました一真は部屋を出る。


 部屋を出て初めて、運ばれたのが医務室だと分かった。

 場所は控え施設の二階。

 疲れも取れ、腹も減ったと、一真は食事を取ることにした。


 この施設において、食事の用意はほぼ出来ている。

 冷凍食品のような状態で保存されていて、設備を使って温めれば食事ができあがるのだ。


 減った分は何故か次の戦儀において補充されていると、アジャンから聞いた。


 今が何時かは分からないが、それなりに遅い時間なのだろう。

 廊下は人の気配がせず、一真の足音が響くだけだ。


 スーツのジャケットもスラックスも皺になっている。

 後で洗濯室で洗濯しないとな、と考えているうちに、一真は食堂に着いた。


 部屋の前に立つと、いつ見ても仕組みが分からない不思議なドアが開く。

 中は灯りが付いていた。

 誰かが居るのだろうかと、一真は部屋を見渡す。


 部屋の左奥。

 食事を温める機械の近くにいた者と目が合った。


 口いっぱいに何かをほおばって、顔を上げたティルドの奏者、らしき少女だ。


「あっ」


 一真は思わず声を出した。

 ティルドの少女は口元の動きを早めて、飲み込んで一真を指指す。


「お、おまんは!」

「うっ」


 互いに勝つと言い合った手前、顔を合わせるのがとても気まずい。

 一真は思わず脚を退いて扉の影に隠れてしまう。


「むぅ、隠れんずもよっきに。あだしはまま食ってるだっきさ」

「あ、あぁ。すまない」


 言われ、一真は食堂に入った。


 ティルドの少女は器に入った汁物を食べているようだ。

 器を抱え、忙しなく逆手に握ったスプーンで掬って口に運んでいる。


 見続けるのは失礼だなと、一真は顔を逸らして食品保存棚に向かった。

 棚の戸を注視すると、どういう食べ物が入っているか、見えるようになる。

 この不思議な現象にも慣れた。


 当然のことながら、この世界の食べ物は基本的に地球と名前が違う。

 何がどういう食べ物なのか、一真には分からない。


 結果、この世界では唯一食べ慣れているゼクセリアのスクスを今回も選んだ。

 味が3種類あるので今のところ飽きはない。

 近いうちにアジャンやゼランに聞いてチャレンジするべきだとは、一真は思っている。


 一真は少し迷って、茶色い袋の個包装を取り出した。

 バストワ、という鳥肉を煮込んで作ったスープと合わせて食べるスクスだ。


 ティルドの少女の後ろを通ってレンジのところまで歩く。

 レンジという名称ではないが、機能がほぼ電子レンジのため、一真はそう呼んでいた。


 箱のふたを開けて、袋毎いれて、閉じて、ボタンを押す。

 暫く待つと暖まった食品がでてくるという寸法である。電子レンジそのものだ。


 人によっては材料を持ち込んだり、保存してある材料を使って料理するらしい。

 一真は知らない材料を使って料理をするのは難しく、断念している。

 たまには日本の料理を食べたいとは一真は思うが、無理だと諦めていた。

 材料をどうするか、そして調味料も同じ物はないのだ。


 そんなとりとめのないことを考えていると、後ろから声を掛けられた。


「おぉい」

「ん?」


 後ろを振り向くと、少女はこちらを見ずに俯いているように見えた。

 まだ食べかけの器をテーブルに置き、スプーンを黄色い粥のような食べ物に刺している。


「おまん、いや。あなたの、名前、を。教えて」


 丁寧に言い直し、少し震える声で聞いてきた。


 温まるまでもう少し時間が掛かる。

 気まずい雰囲気を払拭するのにちょうど良いと、一真は質問に答えることにした。


「金城 一真。一真が名前だ」

「カズマ、か」


 少女は復唱し、息を大きく吸う。


「私はヘマ。枯れ木井戸近くのヘマ」


 ヘマは訛りを殆ど出さずに名乗った。

 混じらない、どっちかの言葉で名乗ったのだろうと、一真は当たりを付ける。


「枯れ木井戸?」


 名乗りから聞こえた日本語らしい単語を、一真は変に感じて聞き返した。

 通常、名前のような単語はこちらの発音で聞こえる、はずだからだ。


「あだしは、スラムの出だ。

 家名なんちゅうのはなぃんと。

 だでよ住処ン特徴さ一緒に名乗ンさ」


 日本も庶民は苗字を持たなかったことを一真は思い出した。


「よろ」「それと」


 よろしく、と言おうとした一真の言葉にヘマは被せて言う。


「ヘマ・パダログ・セルース。売られよりこっちん名さ」

「売られ!?」


 思いがけない言葉に一真は思わず声を荒げた。

 ヘマはそんな一真に顔も向けず淡々と続ける。


「さっきン怒ってすまんと。

 あだし、褒められたのに。

 わかッとよ。

 たンだ、顔ん良かと、宝石なン名付けられ、売られっきに。

 あだしは、可愛くなっちが良かんよ」


 なんとか頭の中で平文に翻訳しながら、一真は返す言葉を考えた。

 思った以上に、ヘマを褒めたつもりが傷つけていたのかと悩む。


 チーンと、軽い音がした。


 温め完了の合図だ。

 こんなところまで電子レンジに似なくても、と一真は毎度思う。


 だが今回は、少し感謝した。

 重苦しい雰囲気になっていたのを中断できそうだ、考えたからだ。


「あー、ああ、温め終わったみたいだ」


 あまり気にしていない風に演技しながら、一真はレンジのふたを開ける。


 袋は熱くなってないし、中のトレイは片手で端を持っても大丈夫なくらい固めだ。

 一真はそれを左手で持ち、近くの食器入れからスプーンを取り出した。


「ここっちゃ座れ」


 離れようとした一真に先んじて、ヘマが言う。

 一真がヘマの方を見ると、ヘマは自分の正面を指で示していた。

 気まずさから逃げたい気持ちは強いが、怒ってすまないと謝られている手前だ。

 あまり無愛想にしても良くない。


 そう思って、一真はヘマの正面に座った。


 ヘマは俯いてテーブル上の器を見つめている。


「あの」


 一真は声を掛けた。

 返事はない。

 少し待って、一真は温めた袋をテーブルに置いて、袋の切れ込みから開ける。

 裂けた袋の端から湯気が出てきて、一真の手を撫でた。


 端まで開けると、中のトレイを傾けすぎないように、端を引っ張って袋から出す。

 茶色が買ったスープに、白い粒々が沢山沈んでいた。

 スクスの基本的な食べ方だ。


「カズマ」


 声を掛けられ、一真はスクスを軽くかき混ぜようとした手を止める。


「すまんと。ちぃと卑怯っちよ。気にせンで欲しかよ」


 相変わらず目を合わせないまま、ヘマは言った。


 気にしないで欲しいと言われても、気にしてしまう。

 一真は将軍と戦って分かった。

 自分は相手の不幸な身の上を聞くと、とても気になって戦いに身が入らない。


 将軍の時はハッパを将軍自身が掛けてくれた。

 ソーラの事を思い出して、ちゃんと自分が戦って奇跡をつかみ取ると決意した。


 だが、次も大丈夫だという保証はないのだ。

 だから、一真はあまりヘマの身の上を聞きたくなかった。


 だがもう遅い。

 一真は既に、彼女のことをとても気になっている。

 そしてヘマも何かを言いたがっているように一真には見えた。


「な、カズマ」

「何?」


 ヘマが呼び、一真は聞き返す。


「あだしをティルドんよさろぅてンか?」


 一真は少し考えて、ヘマの言葉を理解した。

 あたしをティルドから掠ってくれない?


「は? え? 何で!?」

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